CCLIX 親友マージョリー・ヘイドン
背中に回ると、くまさんがフル装備だったことに気がついた。
「とりあえず銃を外して、マントを脱いでもらえる?」
「うん、すぐ脱ぐよ。これをちょっと遠くへやってくれない?」
くまさんは肩にかけていたマスケット銃を取り外すと、床に丁寧に置いた。私がじゃまにならない位置に押し出そうとしたけど、思ったより重くてあんまり動かなかった。
「マスケットって思ったより重いのね。」
「僕は慣れちゃったけどね。脱ぐのはマントだけ?ベルトは?」
「マントだけでいいわ。今回は肩だけだから。」
くまさんはぶわっと勢いよくマントをはぎとった。
「ひっ・・・」
マージの声がして、前を見るとマージがカタカタ震えている。自慢の亜麻色の縦ロールがふるふると揺れる。
さっきの露出狂がトラウマになってしまったかしら。
「大丈夫よマージ、これ以上脱がないし、それによく見て。くまさんは大男だけど、中身はともかく外見は無害そうでしょう?」
「僕、今いじめられてる?」
マージは返事をしなくて、あまり気分がよさそうには見えなかった。あの子の好みは年下美少年だから、いくら甘いマスクと声でもくまさんは対象範囲外だと思う。ノリスくんがいればよかったんだけど。
「ねえマージ、これからくまさんがますます人畜無害な感じになるから、これを見て男の人って思ったより怖くないって思ってほしいわ。ついでにマッサージがそんな不気味でないって分かってもらえると思うから、一石二鳥よ。」
「やっぱり僕いじめられてるよね。」
くまさんの抗議をスルーしていざ肩をもんでいこうとすると、思ったより肩の位置が高かった。モーリス君なら椅子に座った状態で肩を揉めたけど、この人はけっこう難しい。
「くまさんの身長なら膝立ちで丁度いい高さだと思ったけど、思ったより胴長なのね。」
「それ以上いじめるとママに言いつけるよ?」
「やめて、それだけはやめて!あの人怖いし、何より婚約破棄の承認をお願いしないといけないのに。」
肩もみの前にストレッチか温めをするといいのだけど、くまさんにはさっき背中のマッサージをしたばかりだし、マントの豪快な脱ぎ方を見てもそんなに血行が悪そうには見えないから省略することにする。
「じゃあ始めるわね。」
「うん、楽しみ。」
「ルイ・・・ねえ、あなたの婚約破棄ってどういうことなの?」
マージは話ができるほどに回復してきたみたいで、ちょっと安心する。私を本名で呼ばないくらいには状況も理解できているみたい。
「ちょうどいいから、肩をさすりながら説明するわね。」
手全体を使って、肩から首の付根にかけて優しくさすっていく。
「思ったより凝っているわ。重い銃をいつもさげているからかしらね。」
「んんっ・・・背中のほうが気持ちよかったけど・・・これもけっこう・・・ふひい・・・」
お客様からも及第点はもらえているみたい。
「たしかに怖くないわね・・・ねえ、状況はわからないけど、あなたは誰と婚約させられたの?どこかの老人かしら?」
ご機嫌なくまさんを見てマージもすこし落ち着いたみたいだった。そういえば老貴族の後妻っていうプランもあったんだっけ。
「いいえ。同年代なんだけど・・・」
「どこかの山賊とか?借金まみれだったりするの?極貧生活?」
マージの口調がちょっと戻ってきていて嬉しい。
「んふう・・・もっと強くさすって・・・」
「裕福な侯爵家のご出身よ。でも跡取りじゃないわ。」
「そっちの方がいいじゃない!跡取りだったらいろいろと大変だわ!でも王宮で玉の輿なんて素敵じゃない!どうしてだめなのかしら?浮気性だったり?」
本調子に戻ってきたみたいね。
「ひふ・・・じらさないでよ・・・んふっ・・・いまのくすぐったい・・・」
「それが、全然そういう経験のない人で、とっても誠実だわ。」
「分かったわ。ルイーズのことだから、また顔がいまひとつだからってすごくいい条件の相手を振るんでしょう?」
マージは『ルイーズのことなら私が一番わかっているんだから』という態度をとりがちなのよね。そして本名でちゃっているけど。
さするのは十分だと思ったから、首筋の部分をゆっくり押し始める。頭を押さえるようにして、親指を押し込んでいく。
「・・・あ、そこ・・・そこいい・・・はうんっ・・・」
「例の既婚者がいい条件だったとは全く思わないけど。それにその方の顔立ちは整っているわ。いつもはしゃきっとしているけど、笑顔はふわっとして可愛らしいの。」
「もうそれ完璧じゃない!何が不満なの!?」
マージは男の子を条件で選ぶ方ではないと思っていたけど?でも露出狂のトラウマがそこまででもなさそうで、私は心から安心した。
「んはあ・・・ひふっ・・・きもちっ・・・はあう・・・」
「くまさん、ちょっと首を右に向けてくれる?左の首の付根を押していきますね。マージ、不満っていったら失礼だけど、その方女性なのよ。」
「ああ、女の方なのね。それなら・・・」
肩甲骨の内側を、じっくり押していく。
「えええええええええっ!!?」
「んふあああああああっ!!!」
二人分の叫び声が廊下に響いた。