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CCLVII 州知事サー・ジョン・シェルトン


よろよろと歩くマージを支えながら、私は南棟の階段を上がっていた。


お酒が入った状態で走ったからか、緊張が溶けた私も少し気持ちが悪くなっていて、二人とも足元が怪しいままふらふらともたれあっている。なんとか一段ずつ上っているけど


「ルイーズ、昔からそうじゃないかと思ったときもあったけれど、もしそうであっても私達の友情に変わりはないけれど、だけどやっぱりあなたは魔女だったのね・・・」


「一人で早合点しないで、マージ。やっぱりって何よ。」


青ざめたマージがしみじみとした感じで話しているのを、私は遮った。


「だってさっき魔法で露出狂を倒したじゃない。」


「明かりのあるところで実演してもいいけど、鞭にリアルテニスの動きを応用しただけよ?魔法なんて使ってないし、コツを掴めばトマス・ニーヴェットでもロジャー・ウッドハウスでもできるわ。マッサージだってそうなのよ?」


マージはあんまり運動が好きな方ではなかったから、鞭なんか振るったら腰をいためそうだけど。


「そうは言うけど、ルイーズは『誰でもマッサージはできる』って昔から言っていたのに、レミントン家の使用人で会得した人は結局いないんでしょう?」


「実験台になってくれる人が少なすぎたのよ。アメリアは私をマッサージしてくれようとして、ある程度いい線いっていたけれど、玉の輿狙いを警戒したお母様が兄さんやパーシーをブロックしてしまったから、私が見ながら指導するわけにもいかなかったの。」


女中のアメリアと違って従者のエグバートは才能がなかったけど、そもそも私のマッサージを経験した人にとってはアメリア達の施術だと手応えがないみたいで、かといって未経験の人はそもそも素人にそんな変なことをさせてくれない、という経験値が積めないジレンマがあった。


「そう言われれば分かる気もするだけど、でもルイーズは昔から妙にできすぎた言い訳が多いのよ。小さいときに『衛生的だから』水道を引くって言い出したときも、どこでそんなこと覚えてきたのかしらって思ったわ。バーグさんが南西の国からプランテーンを初めて輸入したときに、『これはバナナと言うのよ!古代の伝説にあったの!』って言って、食べ方まで知っていたじゃない。魔女だって言われたらなんとなくすっきりするのよ。」


「すっきりって・・・弁護士のお手伝いをしているんだから、できすぎた言い訳の一つや二つは思いつくわよ。でもその程度の疑いで友達を火炙りにするなんて、なんてひどいのかしら。」


前世の記憶を隠すのはあんまり上手にできていない自信があったけど、誰も『前世の記憶がある』なんて発想をしないから、『本好きでちょっと想像力豊かな子』くらいにとどめられていたと思っていた。でも話しているうちに、マージがいつものマシンガントークを回復しつつあったから、少し安心する。


ちなみに現世のバナナはあんまり甘くなくて美味しくない。


「火炙り!?それは違うわ!そんな見捨てるような真似なんて、私は絶対にしないわ!たとえルイーズが悪い魔女で地球を滅ぼそうとしても私はルイーズに味方するわ!」


私が地球を滅ぼそうとしていたらさすがに倒してほしいんだけど、でもちょっとうれしい。


「それはありがたがっていいのかしら?できれば私がそんなになる前に更生してほしいけど。」


「どういたしまして!それに私ね、パパはもともとクリスおじさんと選挙の用事があったんだけど、ルイーズの名誉回復についての嘆願書をもってきたのよ。大法官のウォーラム大司教に渡すんですって。ルイーズが見たがると思ったから写しを持ってきたわ。」


大司教様は私の計画をご存知だったから、渡してもあまり違いはないかもしれないけど、でも嬉しい。スタンリー卿の暗躍で『私』は修道院に入っていないみたいだし、無罪だけじゃなくてちゃんと名誉を回復されてほしい。


「見たい!見せて!」


南棟の夜は薄暗いけど、火事の後真っ暗になっていた西棟に比べると、それなりに明かりが戻っているみたいだった。


「さすがに今は持ち歩いていないわ。パパと合流したときに見せてあげる。代表者はサー・ジョン・シェルトンよ。もちろん呼びかけたのはサー・ロバート・クレアだけど、ルイーズのおじいさまが書くよりも公平な感じがするかと思って。」


「シェルトンのおじさんが!?嬉しいわ!」


シェルトンのおじさんは、おじいさまが州知事を引退したときに後任に選ばれた、おじいさまの甥にあたる人で、頭のマッサージが好きな変わり種だった。お父様が王都で議員をしていたときにはノリッジで何かとお世話になった。


「もちろん、ほかにもクラーク市長、カルソープ治安判事、議員だとノリッジからはうちのパパとバーグさん、それにほかの選挙区のべディングフィールドさんとコットンさん、それにペイトンさんもサインをしているわ。それにニック司教もよ。」


「ニック司教様まで?私はあまり仲が良くはなかったけど。」


バーグさんとマージのお父さんのほかの名前はだいたい私の親戚でマッサージ経験者だから、そのマッサージで訴えられた私の嘆願書にサインするのはそこまで意外ではなかった。このスピードには驚いたけど。でもすこしお固い感じの司教様は特に仲良くもないし、私がレミントン家関係者の男性に触れるのをよく思ってなかったと思うけど。


「なんでも、魔女裁判でノリッジ司教区関係者までシャットアウトされたのに怒ったらしいわ。ルイーズの味方というより、強引な魔女裁判に反発したみたいね。」


「確かに、ノリッジの法曹関係者は私やお父様の知り合いだから席を外すのも分かるけど、レミントン家と特に縁のない地元の教会の人たちまで追い出されていたのね。本当にやらせだったんだわ。」


考えてみれば、男爵とスタンリー卿の言い争いのときに分かったことだけど、私の裁判は判事から聴衆まで用意されていたんだっけ。


「そうよ、素人の私達から見ても変な裁判だったのよ。私がどんなにコネを使っても傍聴できなかったんだから。でも一番変なのはルイーズがやけに従順に護送されちゃったことだけど。」


「魔女裁判の被告をやっていると心身ともに疲れるのよ。見落とすこともあるわ。でもありがとう、マージ。私はいい友達を持ったわね。」


「なんだか肩透かしみたいな返事ね。ねえルイーズ、あなたが地元に堂々と帰る準備は整っているのよ?ノーフォークの有力者はだいたいマッサージ協会の会員なんだから、無罪判決があるなら怖いものなんてないでしょう?何を迷っているの?」


スタンリー卿に続いてマージも私をここから逃げさせたいみたいだった。ちなみにマッサージ協会はマッサージを受けたいレミントン家関係者のリストで、別に活発に活動しているわけじゃない。


「うーん、確かに強引に連れてこられたし、地元の家族も友達も早く安心させたいけど、私、今の仕事が結構楽しいのよ。」


「仕事って、具体的に何をしているの?消火のときはすごかったみたいだけど、一年中火事に備えているわけでもないんでしょう?」


「何って、いろいろよ?今日はお休みをもらっていたけど、昨日はね、例えば・・・」


昨日の私の活躍を思い出す。王子に挨拶をして、王子とブランドンとリアルテニスをして、必死で水浴びを断って、帰ってきた王子を巡ってコンプトン先輩と謎の耳かき勝負をして、宴会の前にブランドンを倒して、宴会でウォッカを飲んで、記憶がなくなって・・・


「待って!!ひょっとして私、耳掃除しか仕事らしい仕事してないの!?」


「・・・耳掃除って『仕事らしい仕事』なのかしら?」


呆れているマージの隣で呆然とした私は、それでもマージをどうなだめようか考えながら東棟への通路に向かった。


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