CCLVI 冤罪被害者チャールズ・ブランドン
警告1:この章は直接的な描写は一切ありませんが、露出狂に関して品位に欠ける表現表現があります。くれぐれもご留意ください。苦手な方は、章題から何があったか推察できると思うので、スキップしても問題ありません。なおこの小説は「小説家になろう」のガイドラインを遵守しています。
警告2:チャールズ・ブランドン視点です
おすすめ:『CCLIII 弁護士補助員ルイーズ・レミントン』を読み返していただけると、状況がつかみやすいと思います。
私はリディントンに食われてヘナヘナになってしまっていたハリーをどうにか立ち上がらせて、東棟内の点検に向かわせた。あいつの顔が緩んだままだったのは気にかかるが。
その後、ランタンを手に入れると、私は火事の後始末で混乱する宮廷を縦横無尽に駆け巡った。ハル王子達の無事を真っ先に確認するためだったが、レースの布から着替える暇がなかったので、走っている方が暖かかったのだ。しかし裸足に砂利道は辛いものがあるから、足元を照らすランタンはどうしても欠かせなかった。灯籠が火事を起こしたこともあって貸し出しに慎重な衛兵に、無言の圧力をかけてなんとか手に入れたのだ。
それにしても、ハリーをどうにかしなければ、リディントンら北の国の手先による王子周辺の花園化計画が進行してしまう。ゲイジやコンプトン、ノリスがリディントンの毒牙にかからないようにするにはどうすればよいだろうか。既にかかっているかどうか検証したいが、特に何も話しそうにないゲイジあたりはどうやって尋問すればいいのか見当がつかない。
そんなことを思いながら東棟に戻ろうとしていると、東棟の壁際にうごめく影が見えた。3、4人といったところか。明かりも持たずに何をしているのか。一人が何か壁をいじっているようにも見える。
なんの用だ?
周りに人がいないこともないが、火事の後でみんな東棟の影に気を留めていない。警備の衛兵は建物の入口に配置され、一階の窓が封鎖されているとはいえ、壁を警備している人間は見当たらない。
二階に登る気だろうか。
火事でてんやわんやがあった直後に壁の修繕を行うとは思えない。建物に入れずに外で会合をするとしても、普通なら明かりを持ってくるはずだ。いかにも怪しい。
だがこれらの影が怪しい人間だとしたら、私がランタンを持って近づくと、明かりで気づかれて対処する時間を与えてしまう。逃げるなり言い訳を考えるなりだ。そっと近づいて、可能であれば話し声を聞きたいところだが。
私はできるだけ近くまで悠然と歩くと、怪しい影に近づく前に、ランタンを着ている布の下に隠した。
「きゃあああああっ、露出狂!!!!」
急に耳をつんざくような、少女の悲鳴が上がった。振り返ると、東棟の南側の壁に、すくんだ様子の少女の影が見えた。
「露出狂だと!?一体どこだ!?」
「あなたよ!!!あなたに決まっているわよ!!!あなたしかいないわよ!!!」
なんだかやけにリズミカルな返事が高速で返ってきた。
「待て!多少露出はしているかもしれないが、狂ってはいない!第一、ちゃんと布を羽織っているではないか!訂正して謝れ!」
「ランタンの光で透けてるんです!!布があればいいってもんじゃないんです!!そんな破廉恥なマントを纏っておいて、逆に質が悪いんです!!」
両目を抑えた少女の影が嘆いている。
しかし、女性にこんなに嫌そうに両目を覆われるとは心外だ。恥ずかしげに両目を多いながらもちらと見ようとしてくるケースは今までにもあったが、今回は本気で気持ち悪そうにしている。
「待て、そんな見るに堪えない体だとは思わないが。」
「なんですか!?ナルシストなんですか!?そんな、ひ、人喰い虫みたいなものを見せておいて謝りもしないんですか!?」
人喰い虫だと・・・
ここまでひどい侮辱を受けたのは前例がない。
「無礼者!何たる侮辱!せめてヤムイモくらいにしておけないのか!」
「やめて!!!スイートポテト大好きなのに、連想させないで!!お願い、私のポテトを汚さないで!!」
私はヤムイモ以下か。
「やめろと言われても、私は何もしていないではないか!立っているだけだ!それに芋を独占するな!」
「まずランタンをどかすの!それで謝るの!!そしたら立ち去るの!!!」
なんだか興奮が冷めやらない様子の少女に困惑しながら周りを見回すと、怪しい影がこちら側の様子を伺っている様子があった。
「とりあえず黙ってもらえるか。望み通りランタンは地面に置こう。」
「それ以上近づかないでよ!嫌、嫌よ!見せつけないでよ!」
威勢のいい声とは裏腹に、少女は足がすくんだのかその場に座り込んでしまった。こういうヒステリックなタイプは少し苦手だ。
「ランタンは地面に置いた。私の肉体をどうしても見たい女だっているのだから、お前に無理して見せたいわけでもない。とりあえず静かにしてくれれば何もしない。」
ついさっき私の裸が見たいばかりに、自分も脱ぐことを同意したチューリングがいたではないか。結局私が脱いだだけで拝めなかったが。
「マージ!?そこをどいて!南側に逃げて!」
どこからか声がした。この声はリディントンか?振り返るが、相手はランタンを持っていないようで、姿が見えない。
「ルイーズ、あなたなの!?助けて!!」
どうやらこの少女は知り合いだったようだ。
ルイーズ?
ルイスの聞き間違いだろうか。それとも今の声はリディントンではないのか?
「男爵、私は露出狂がマージに危害を加えようとし、かつその危機が差し迫っていると、合理的かつ客観的に信じるに足る十分な状況証拠があります。」
いや、この嫌味ったらしい話し方はリディントンだ。私を露出狂に仕立て上げて処分しようという魂胆だろうか。
男爵というとウィンスロー男爵だろうが、そうなると北の国の一味が勢揃いに・・・
待て、リディントンの知り合いだという、この目の前の少女も北の国の間者だったという線はないか?ひょっとすると壁沿いに見かけた3、4人も含めて、私以外の皆が北の国の息のかかった者たちだとすると・・・
「イン・フラグランテ・デリクト!」
急にリディントンの声がして、急に体になにか蔦のようなものが当たる感覚があった。
「ぬあっ!!!」
小気味のいい音と鈍い痛みに驚く。感覚に覚えがあるが、馬の手綱だろうか。
何事かと困惑しているうちに、ぐるぐると体にまとわりつく感覚があり、気がつけば腕と体が巻かれていた。
「くっ!おい、お前っ!」
リディントンに文句を言っても無駄だろう。とりあえず、目の前の少女に解いてもらうほかあるまい。私はその場を立ち去ろうとした少女を追いかけてすごすごと動いた。
「ヴィム・ヴィー・レペレーレ・リセット!」
謎の声が響いたのとほぼ同時に、腹に鋭い痛みが走った。思わず息が止まる。
「フゴアアアアアッ!!!グオオオオオッ!」
思わず獣のような声が出た。痛みをかばうように前傾姿勢になるが、巻き付いた手綱のせいで動きが取れない。
鋭利ななにかで腹をかき切られたような感覚だ。
北の国は、私を亡き者にしようとするつもりか。
せめてウィンスローに抗議をしようと歩を進めようとしたが、足元がふらつく。しかし、今のも手綱だったのか。馬にこの酷い扱いをするやつさえ許せぬ。ましてやこのチャールズ・ブランドンに・・・
「スィーレ・ファーシ・セ・デフェンデンド!」
骨をえぐってくるような感覚が腰の下あたりを襲った。
「ウグアアアアアアアアアアアッ!!!」
目の前が点滅する。なにか巨大な歯車に巻き込まれたような痛み。
これは拷問器具か。
とっさに護られるべき場所はぎりぎり護ったはずだが、手の自由が効かない今、次に狙われたらもうどうしようもない。リディントンはブランドン家断絶を狙っているのか。
腹も腰も痛みで悲鳴をあげ、逃げようとする私の足取りは生まれたての子牛よりもおぼつかなかった。
どうせ助からないのなら、堂々と運命に向き合ってやろう。
私は最後の力を振り絞って、リディントンの方を向き直った。鞭が来た方向というだけで、どこにいるかはわからないが。
「ヴィス・インプレッサ!」
稲妻が私の頭を直撃した。
「ウグオオオオオッ・・・!」
気がつけばその場に崩れ落ちていた。
感覚が違ったので、さっきと同じ手綱が使われたことにしばらく気が付かなかった。本当に雷を落とされたかと思ったくらいだ。
もはや立つことができない。
どこが痛いのかさえよくわからなくなってきた。
ハル王子、すまない。私は北の国の陰謀を防げなかった。だが堂々とした散り際だったのではないか。布をまとっただけの格好も古代の英雄みたいな感じで雰囲気がでるはずだ。ヘンリー王子の応接室のダビデ像のように・・・
ヴィーナス像に取り替えようとしたダビデ像・・・
待て・・・
私は急に意識を取り戻した。意識を手放せば全身を蝕む痛みとガンガンする頭の痛さから解放されただろうが、それ以上に大事なことがある。
私はチャールズ・ブランドン、この宮殿で幾多の女性を虜にしてきた男だ。たとえ気を失おうとも、私のこの身体には誇りとプライドがある。
この格好で気を失えば、確実にリディントンに侵される。第一発見者はベタベタな私の体を見て何を思うか。後世の笑いものになってしまう。
それだけは、それだけは絶対に、絶対に避けねばならない。
視界はぼやけていたが、遠くでリディントンがウィンスローとなにか話しているのに気がついた。まだ襲いにくる様子はない。
だが、逃げようにも足が動かない。方向感覚さえ危うい。視界さえはっきりしないのだ。
「(チャールズ様・・・はっ・・・はっ・・・)」
ふと聞き慣れた声が聞こえた。
「・・・ア・・・アニー・・・アニー・・・か?・・・」
はっきりしない視界をなんとか声のほうに向けると、アニーとぼやっとした幽霊が立っていた。
「・・・死に・・・かけて・・・幽霊・・・見えるように・・・なったのか・・・」
「(こちら、ゲイジさんですわ。さきほど幽霊のようにさまよっているところを見つけて、お供をお願いしましたの。それよりどうなさったのですか?)」
アニーが耳元で囁いたが、ゲイジとコミュニケーションがとれるのか。幽霊が見えるよりも希少な能力だと思うが。
「・・・そう・・・か・・・」
「(わたくし、男物のマントを羽織っておりますけど、女なので東棟周辺で声を出せないのですわ。それよりチャールズ様、暗い中でも見るからにお具合が悪いですわ。)」
アニーは先程の騒動を見ていなかったようだ。愛想をつかされないと思えば幸いだが、なんと説明したらいいか。
「・・・怪我をした・・・助けてくれ・・・今は・・・俺の尻が・・・狙われて・・・」
「(まあ!南棟一階に、恋人たちが慰め合う場所がありますから、そこに参りますわ。)」
アニーは宮殿中の人目につかない場所に詳しい。しかし、ゲイジの力を持っても私が運べるとは思えないが。
「・・・運べる・・・か・・・?」
「丸太なら。」
ゲイジは謎の発言をすると、私の右半身に強い力をかけた。
「つっ!!!・・・痛・・・」
ただでさえ全身怪我をしているのだ、さっき鞭打たれた場所を触られると辛い。
うつ伏せになっていた私は仰向けに反転された。そのまま、またうつ伏せにされる。
なるほど、丸太というのは、転がすという意味か。
なるべく砂利でなく芝生の上で回そうとする気遣いは感じるが、傷ついた体がゴトンゴトンと回されるのはお世辞にも快適ではない。
「グッ・・・ウッ・・・」
うめき声が出るが、さきほどの大声で喉をやってしまったのか、空気が出入りするような音しかでなかった。
「(チャールズ様、お気の毒に・・・でもチラチラ見える感じが扇情的ですわ。)」
アニーの一言で、先程傷ついたプライドは少し癒えたが、芝生を転がりながらも体の痛みは引かなかった。




