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CCLV 従者ウィリアム・フィッツウィリアム



「ウィリアム・フィッツウィリアムっす。その声はウィンスロー男爵っすよね?」


植え込みから聞こえてきたのは、聞き覚えのある陽気な声だった。顔は見えないが、病人とは思えない元気な答えだ。


「フィッツウィリアムかい、具合が悪くて臥せっていたとヘンリー王子から聞いていたけど、もう大丈夫なのかな?」


「それが、もう治ってたんすけど、よく寝ないと王子様が心配するんで寝てたんすよ。それに自分の具合のせいで狩りを切り上げてきたから、すぐ治ったって言うのもなんだか気まずかったっす。」


いかにもありそうだ。他人に甘く自分に厳しいヘンリー王子らしい。


だが、こうした優しさの結果として従者集団が軟弱になっているのも事実だった。ぬるま湯の環境では人材が育たない。それこそ、王子は自分に甘く他人に厳しいルイーズとぴったりなのだが。


「それで、こんなところで何をしているんだい?」


「東棟をまだ点検しているらしくて部屋に帰れないし、夜の庭園で真っ白なゲイジと待っているとなんだか薄気味悪いんで逃げてきたっす。」


確かに夜に外でゲイジを見かけたら幽霊に見えかねない。ぼそぼそとした話し方も含めて。


「そうなんだね。気持ちは分かるよ。」


「それより男爵、自分、さっきの魔法使いの方に弟子入りしたいっす!俺と同い年くらいなのに、なんかすごかったっす。」


さて、厄介なことになった。目撃者がいるとは。ルイーズに魔法をかけさせるべきだろうか。


「彼は魔法なんて使っていないよ。単に鞭の達人でね。それにルイス・リディントンはああ見えて16歳で、フィッツウィリアムより年上だよ。」


自分で言っていて説得力に欠けるのは否めない。誰が好き好んで鞭の鍛錬をするというのか。


「へえ、リディントンさんっていうんすね。新任の従者の人が入ったって聞いたんで会うの楽しみにしてたんすけど、ゲイジに聞いたら『隙を見せると馬乗りにされる』と言うだけで後は教えてくれないし、一体どんな怖い人なんだと思ってたけど、なんか納得っす。」


感心した様子のフィッツウィリアムは魔法云々はあまり気にしていないようだった。


ゲイジがルイーズを警戒するようなことがあっただろうか。宴会で多少の痴態を晒してしまったにせよ、魔法を使う場面には居合わせていなかったはずだ。ルイーズが魔法をかける際にも、誰かに馬乗りになった場面はないと思うが。


「というわけで、ともかく、鞭なんて極めてもいいことないから、弟子入りは諦めた方がいいね。ギルドフォードあたりにマスケット銃でも習うといいよ。」


「鞭を振るう影もキリッとしてよかったっすけど、やっぱり呪文がかっこよすぎたっす。しびれるっす。」


やっぱり魔法の線を諦めていないのか。たしかに彼の年頃の少年はああいう必殺技に憧れるのかもしれない。暗いので表情はわからないが、目を輝かせる少年の姿が容易に想像できた。


「彼が使ったのは魔法じゃないよ。話は変わるけど、魔法を目撃した人間は、そのことを口外すると全身が痒くなる呪いにかかるらしいね。もしどこかで本当に魔法を目にしてしまったら、くれぐれもそれを他人に話してはいけないよ?」


「そうなんすか?ひいっ!今のでもう、自分、呪われたっすよね?」


フィッツウィリアムの影がわなわなと震える。基本的に素朴な善人揃いのヘンリー王子周辺は嘘を見抜ける人間が少ない。ルイーズが曲がりなりにも嘘を通せているのは周りがぼうっとしているせいもある。


将来の国王に有能な譜代の家臣がいないのは心もとない。王妃以外もなんとかしなければと思っているのだが。


「大丈夫だよフィッツウィリアム、今のは魔法じゃないからね。」


「・・・自分、リディントンさんを追いかけて、呪いを解いてもらいにいってくるっす!」


少年の思考回路は予想外の方向に飛んでいくので、操縦するのは案外難しいものだ。


「彼は魔法使いじゃないから呪いは解けないし、今は機嫌が悪くていつ鞭が飛んでくるかわからないから、やめたほうがいいと思うけどな。」


フィッツウィリアム少年をなだめようとしていると、遠くからランタンを持って走り寄ってくる影があった。


「男爵!」


私達より一足先に露出狂を退治に向かったはずのロアノークだった。


「ロアノーク!ちょうどよかったよ、そこのフィッツウィリアムが早まらないように、とりあえず抑えてくれないかな。」


「はあ・・・」


ロアノークは困惑した様子ながら、素早くフィッツウィリアムの後ろにまわり、片手で動きを制した。


「なにするんすか!ええい、インプレッサ!・・・あれ、何も起きない・・・インプレッサ!」


魔力がないのに呪文を唱えてどうするというのか。じたばたする少年を眺めながら、ふと感じた疑問を口にした。


「しかしロアノーク、今までどこにいたんだい?」


「東棟の壁沿いに3人ほどの怪しい影を見かけまして、私の存在に気づくと逃走しました。露出狂騒ぎは陽動ではないかと思い、その数名を追っていたのです。しかし、彼らは南棟付近で突然姿を消し、残念ながら見失ってしまいました。南棟に入った形跡はなかったので、あまりにも不自然でしたが。」


怪しい影か。避難した人間が東棟の復旧を待っているとしたら、衛兵が近づいたところで逃げる理由がない。騒動に乗じて何かを企んでいる人間がいたとみて間違いないだろう。東棟は今点検中で、窓から入れるような隙はないはずだが。ランタンを持っていたとはいえロアノークが全員を見失ってしまうとは、おそらく相手は素人ではない。


「それは気にかかるね。ハーバート男爵とトマスにも連絡を取ろう。陛下とウォーラム大司教、シュールズベリー伯爵には私から明日報告をあげておくよ。でも露出狂ならルイスが倒したから心配ないけどね。そこに転がっているだろう?フィッツウィリアムが落ち着いたら、取り調べできる場所に運ぶのをを手伝って欲しいな。」


「そこというと、どちらですか?」


「壁のすぐ近くの・・・」


私は先程まで唸り声を上げていた巨体に目を転じようとして、声を失った。



露出狂が、いない。



露出狂にまとわりついていた鞭がほどかれて地面に落ちている。周りを見回しても、逃げる大男の姿は見つからなかった。東棟の側の地面には芝が生えていて、その外は砂利になっているから足跡を追うことも難しい。


魔法にやられた人間はしばらく動けないと思っていたが、鞭を通した術では効力が薄いのだろうか。それとも私達を油断させていただけで、ロアノークが目撃した一味と通じたプロなのだろうか。


「男爵・・・周りにも人の気配はありませんが。」


「すまない、フィッツウィリアムの方に意識をやっていたよ。このままいくと露出狂がルイスに復讐しかねないね。ロアノークの見た数人と一味だったらなおさら厄介だけど、とりあえずはルイスを探そう。」


我ながらなかなかの失態だ。どうも魔法を目撃したり体験した後は呆気にとられて対応が後手に回ってしまう。


「ルイー・・・ス様はどちらへ?」


「おそらくは南棟だろうね。ルイスは客人に付き添っていたし、南棟は避難がスムーズで復旧も早かったと聞くよ。人のいる明るい場所なら露出狂も完全には露出できないだろうしね。いや、もはやそれは問題ではないけども・・・」


露出狂とルイーズの戦いが人のいる場所で再発したとき、このフィッツウィリアム少年のように魔法を認識してしまうケースが多発する恐れがあった。ただでさえ、鎮火を指揮した『ルイス・リディントン』は目立ってしまう。どれだけ容姿が認識されているかは未知数だが。


しかし露出狂は定義上目立つはずだ。もし彼がロアノークの発見した数人と通じていたとしたら、彼を追えば一網打尽にできる可能性もある。いずれにせよ鍵は南棟になるだろう。


「フィッツウィリアム様はどういたしますか。」


「連れて行こうか。どうしてもルイスに会いたいのなら、私達の立ち会いのもと会ってもらったほうがいいだろうしね。」


状況によってはルイーズに魔法をかけてもらって、信者にしてしまえばいい。


「分かったっす!とりあえず離してほしいっす!」


「ロアノーク、放してやって構わないよ。」


じたばたしている少年を自由にさせると、私は地面に落ちていた鞭を拾い、二人を伴って南棟に向かった。





「LXI 指導者スザンナ・チューリング」から名前と役職だけは出ていたヘンリー王子の従者が、ようやく全員登場しました。改めておさらいさせてください。



外の従者 4名


チャールズ・ブランドン

兵科:騎馬  

職務:狩猟・馬車の準備、女性の応対及び検査


ヘンリー・ギルドフォード

兵科:銃・砲

職務:銃・火薬の管理、祭事・催し物の開催


ジョン・ゲイジ

兵科:弓・弩

職務:物資の調達と貯蔵


トマス・ニーヴェット    

兵科:槍・剣

職務:船舶の管理・準備



中の従者 5名+出向者2名


ヘンリー・ノリス

寝室係、鍵番


ウィリアム・コンプトン

御手洗係、散髪係


ウィリアム・フィッツウィリアム

給仕係、毒見役


フランシス・ウッドワード

伝令係、記録係、休業中の従者の代理


ルイス・リディントン

保健・衛生係、耳掃除係


モーリス・セントジョン 

出納係、財務・経理担当、風紀係(非公認)

アーサー王太子の侍従;ケルノウ公爵領の財政建て直しのため出向


スティーブン・ヒューズ     

給仕係代理

国王の小姓:病気休業中のフィッツウィリアムの代行



*中の従者は基本的に東棟3階に居住していて、2階がヘンリー王子の居住・執務・食事・応接のフロア、1階には洗面所や厨房など水回りの設備や、ウィンスロー男爵の執務室などがある。いずれの階も中庭に面した廊下に接して部屋が並んでいる。


*3階の従者それぞれに従僕1〜2名(フランク・アームストロング他)と女中1名(スザンナ・チューリング、クララ・リンゴット他)が付く。1、2階は女人禁制で、女中は南棟3階を通って東棟3階に通勤する。炊事・洗濯・掃除の担当者は王子と顔を合わせないが、例外なく男性。


*警備は外の従者4名が持ち回りで担当。またゴードン・ロアノーク、ヒュー・モードリンらの衛兵が東棟に配置されるが、彼らの所属は近衛連隊長バウチャー子爵および侍従長ウィンスロー男爵の配下。


*新任者の推薦は侍従長ウィンスロー男爵と副家令ハーバート男爵が握っているが、ヘンリー王子が最終決定権を持っている。そのため王子の幼馴染であるブランドン、ギルドフォード、ノリス、コンプトンはまず解雇の心配がない。



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[良い点] あのマッサージの威力は魔法としか思えない…W 各キャラクターが魅力的で、まわりの勘違いに納得できるがいいなと思います! 更新のペース早くて嬉しい! [気になる点] 登場人物が多いので一度キ…
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