CCLIII 弁護士補助員ルイーズ・レミントン
「ルイーズ様ですか!?鞭とは、これはまたどうなさったので!?」
セッジヒルさんの高い声は困惑を隠せていなかった。
「今は説明している暇がないの!後で説明するわ!念のため二本貸して!」
セッジヒルさんは渋々といった感じで、馬に繋がれていない予備の鞭を貸してくれた。一本は修理用の長いやつ。馬車はトラブルが多いから、遠出に使うやつは修理用具一式を持っている場合が多いのよね。
「セッジヒル、ロアノークはどこへ?」
私が歩きながら、持ちやすいように鞭を束ねているうちに、後ろで男爵はセッジヒルさんに話しかけていた。ゴードンさんも馬車にいたのかしら。
「先程の衛兵の方でしたら、叫び声のした方向に走っていかれましたよ。」
そうなると、現場にはゴードンさんが向かっていることになる。それならとっても心強い。
「男爵、数的有利よ!走りましょう!」
露出狂にはきっと仲間なんていないし、万が一凶暴であっても私とゴードンさんの連携プレイできっとなんとかなる。
男爵はゴードンさんほど腕っぷしが効かなさそうだし、最大の武器の顔は月の出ない今夜だと役に立たないから、後で責任だけとってくれればいいと思う。
私は馬車が入ってきたときから開いたままになっていた、東棟と北棟を繋ぐ門をくぐり抜けて、宮殿の東南の角へ向かって走った。
「しかしルイス、同じ変態でも脱ぎだしたウィロビーの前では固まり、露出狂は退治に駆け出すのはなんでかな?」
走りながら長文を話せる男爵は、思ったより肺活量があるのかもしれない。
言われてみれば、今回はなんだか心強かった。根拠はないけど露出狂に負ける気がしない。
「そうね、あのときは味方が全く役にたたなかったけど、私には鞭があるし、あとはきっとお酒のおかげで気が大きくなっているんだと思うの。ウェストモアランド伯爵の御加護もあるし、きっとだから大丈夫よ!」
「どの辺りが大丈夫なのかな!?」
男爵はまだ不安みたいだったけど、私は自信があった。
対ピーター・ジョーンズの戦いで私の鞭は驚異の命中率を上げたんだから。問題は戦後処理。
私は前方に見えた人らしいものの影を確認して、足を止めた。
「(声抑えて、男爵、あの影じゃない!?)」
走るのに邪魔だったから、私はランタンを持ってきていない。だから東棟から漏れる光だけが頼りになる。
それでも夜にぬっと浮かび上がる、大男のシルエットが見えた。顔はよく見えないけど、透けた材質のヴェールが時折、東棟の光を浴びて光っている。
「(なんてマニアックな露出狂なの!?)」
寒いからマント一枚くらい羽織っているかなと思っていたけど、わざわざスケスケのヴェールをかぶるなんて。挙動不審な様子だけど、まだ私達に気づいたようには見えない。なにか壁に向かって小声で喋っているみたい。
ゴードンさんは見当たらなかったから、変態への嫌悪感でいっぱいになった私は光のあたらない位置に移動して、距離をとって一人で鞭を構えながら、ふと思った。
これ、王子だったらどうしよう?
ぱっと見た感じで背丈が同じくらいだし、王子は裸族らしいし、可能性はゼロじゃない。古代オリンピックかなにかに思いを馳せて月夜を歩いているのかもしれない。ひょっとして、まさかとは思うけど、王子が女性を避けるのはヌーディストだからだったり・・・
とにかく、王子を鞭打ったら、たとえ過失であっても私が鞭で打たれるくらいじゃすまない気がする。
どうしよう・・・
「(男爵、あの露出狂、ヘンリー王子じゃないよね?)」
「(まさか・・・でもこの距離では、そうじゃないと断言はできないね。)」
とりあえず判定を仰ごうと、私はゴードンさんを探して辺りを見回した。
露出狂の影に隠れた位置に、座り込んで後ろに手をついている女性の影が見える。
「マージ!?そこをどいて!南側に逃げて!」
「ルイーズ、あなたなの!?助けて!!」
本名呼ばれちゃったし、そのせいで露出狂が私を探し始めたけど、それどころじゃない。マージを助けないと。
それに女性が近くにいて逃げようとしないってことは、きっとヘンリー王子じゃないはず。
「男爵!私は露出狂がマージに危害を加えようとし、かつその危機が差し迫っていると、合理的かつ客観的に信じるに足る十分な状況証拠があります!」
念のため宣言しておく。この条件が満たされた場合、後で誤想が発覚した場合も私(第三者)の私的制裁は違法にならないはず。
まず長い鞭一本を解いて、テニスのバックハンドの要領で、横に大きく円を描くようにターゲットに向けて投げかける。
「現行犯逮捕!!!」
鞭がぐるぐると露出狂をヴェールの上から巻いていく。
「ぬあっ!!」
鈍い叫び声が響いた。この方法はフランシスくんを逮捕したアンソニー達を参考にしてみました。
「くっ!おい、お前っ!」
ほどこうと身を捩っていた露出狂は、それでも、そろそろと逃げ始めていたマージを逃がそうとしないみたいだった。そこまでして見せつけたいのかしら。
許せない。情状酌量の余地なんてないわ。
「男爵、こっちの鞭を持って、私よりも斜め前に移動して?」
「・・・ノーとは言えなさそうだね。」
私は有無をいわさずに、巻いている方の長い鞭を男爵に預けると、露出狂に少し近づいた。マージが鞭の届く圏外まで出たのを確認する。
鞭の持ち手を右手で掴んで、左足に体重を乗せて、右足に体重移動する勢いで思いっきり振るう。手首のスナップを忘れずに。
「正当防衛!!!」
一応また宣言しておく。裁判を見越して。
「フゴアッ!!!グオッ!」
苦しそうな叫び声を上げた露出狂は、よろけながらも私の方に近づいてきた。しぶとい。
片手バックハンドの要領で、左腕を振り払う動きに乗せて鞭を振るった。顔に当たると後で陪審員の同情を誘ってしまうから、胴の辺りを狙う。
「自己防御!!!」
「ウグアアアアッ!!!」
恐竜みたいな声を上げた露出狂はバランスを崩した。
今なら上からスマッシュすれば完全に制圧できるはず。ボールの思いリアルテニスではめったにしない動きだけど、前世を思い出せばきっとできる。
「即応実力行使!!!」
怪我をしないように、力を入れすぎないで、右肩の後ろに構えた鞭を勢いで振り下ろす。
ピシッと、さっきよりも軽い、いい音がした。
「ウグオッ・・・」
露出狂は力尽きたようにドサッと倒れ込んだ。暗い中でも土煙が舞うのが分かる。
「男爵、女性に危害を加えようとし、さらに現行犯逮捕から逃れようとした犯人に対して、私は必要最低限かつ相応の暴力しか行使していない上に、事前に警告を発しました。覚えておいてね。」
「・・・警告って、あの呪文のことかな?」
呪文?そういえば男爵はあんまり法律に明るくないんだっけ。
「訴えられたらブリーフィングするから。じゃあ、後はお願いね。レディーは露出狂に近づけないし、私はマージのところにいかなきゃいけないから。」
「それは分かるが、『後』って、どこからどこまでだい?」
たしかに、運んだり取調べしたり色々面倒だと思うけど、まあ危険は去ったわけだから男爵が粛々と仕事してくれればいいと思う。
「ゴードンさんが現れたら連行してもらって。私からの伝言は『法廷で会いましょう』でお願い!」
まだ納得のいっていない様子の男爵を置いて、私はマージのところへ走った。




