CCLI 不適合者ウィンスロー男爵
照明のせいかもしれないが、ドアから出てきたルイーズはいつもより少し顔が赤いように思った。
「ミセス・ギルドフォード、レディ・グレイがおやすみになったので・・・あっ、男爵、来てくれたの?」
私を見つけた大きな目が、いつもより素直に嬉しそうな輝きを見せる。
「・・・酔っているね、ルイス?」
「えへ、顔に出てた?うん、そこそこ酔ってる。ごめんね、でも宴会のときみたいなひどさじゃないから大丈夫。」
すこし赤く上気していたずらっぽそうに笑うルイーズの顔に、思わず息を呑む。
愛らしい。
いつもならルイーズの大きな目には『男爵ったらほんと何も分かっていないのね』と言いたげな光が宿っていて、挑戦的に私を見上げてくるのだが、今は私に会えて嬉しいと言わんばかりの幸せそうな瞳が私を見ている。
平時であればキリッとして、いまにも私の怠惰を糾弾してきそうな口元も、すこし緩んでいて柔らかい笑みを湛えている。表情がやわらかいせいか、男装しているにも関わらず女性的な雰囲気をだしていた。いつも全身から漂ってくる『私の胸に言及したら、ただじゃおかないから!』とでも言いたそうな刺々しいオーラがない。
思い出せば、昨晩の宴会で酔っ払っていたルイーズも幸福そうで、見ていて楽しかったので救出が遅れてしまった。もともと喜怒哀楽の激しい少女で表情も豊かだが、慌てていたり怒っていたり呆れていたりしていても、素面でこの無垢な笑顔をみせたことはほとんどなかったように思う。やはり実質的に誘拐された身だということをいつも気にしているのだろうか。
もしいつもこんなに柔らかい表情をしてくれたら、という考えが頭をよぎった途端、ルイーズが私ににやつかないよう頼んできたのを思い出した。私達は案外、似た者同士なのかもしれない。
愛くるしさに思わず撫でたい衝動にかられて、ふと気づく。
私も魔法にかかってしまったのでは?
考えてみれば、魔法をかけられているときもルイーズは綺麗に、そして可愛らしく見えた。火事騒ぎの前に私は、アーサー王太子に近づくことへの強力を要求するルイーズに、私は執拗な魔法攻撃を受けていた。あのときは部屋が暗くてルイーズの姿はよく見えなかったこともあり、正気を保ったと思っていたが、結局頭をやられていたのかもしれない。
「まずいことになったね・・・」
「どうしたの男爵?」
キョトンと首をかしげる仕草まで愛くるしく見えてくる。どうやら重症のようだ。
私もスタンリーのようになってしまうのか?恥ずかしい詩を発表したり、婚約者の家と騒動を起こしたりするのだろうか。
婚約・・・
「・・・まず婚約ってどういうことか説明してくれるかな?」
「男爵、耳かして。」
私に腰を落とすようにという手でサインするルイーズが妙に愛おしく見える。スタンリーにかかった魔法は少なくとも今まで数ヶ月は効力があったはずで、そうなると私はしばらくこのままなのか。
だが私でさえこうなってしまうのだ。ヘンリー王子など、本気のルイーズの魔法にかかれば我慢できなくなってしまうだろう。そうしてゆくゆくはエドワード王子が・・・
魔法のせいか、二人の成婚を素直に祝えない自分の姿をイメージしてしまった。最初に魔法にかかったときも似たような気分になったが、まさかここまで業務に差し支えるとは。
「(大丈夫、婚約はちゃんと破棄できるから。万が一裁判になっても絶対に勝てるわ。)」
ルイーズが耳元でささやく。東の国に送られる前に、裁判をしている時間があるかどうかが気がかりだが。
だが、耳元で鳴る声は、いままで耳鳴りを起こしてきた大声とは思えないほど美しく上品に響いた。
「(そもそもなんで魔法をつかったんだい?)」
「(マッサージです!エリーは腰を痛めていたから、よくなるようにと思って。)」
ルイーズの魔法にはどうやら副作用があり、堕とされた男は体の具合がよくなるらしい。女性も同じなのだろう。私はもとから五体満足だったのであまり実感はないが、言われてみれば体が軽いだろうか。この作用はセントジョンを彼女の信者にするには功を奏していたが、親切心で腰の悪い侍女を堕とすことには疑問がある。
結婚適齢期の侍女を自分に夢中にさせてしまうとは、腰の痛みよりもダメージが大きいのではないだろうか。しかも後遺症で本物の男に惹かれなくなる可能性だってあるだろう。
「どうなさったの?ウィンスロー、リディントン?」
「火事の顛末を確認しているのです、メアリー王女殿下。機密情報を含みますので、すこし離れた場所で失礼いたします。」
それらしい理由を探すと私は立ち上がって移動した。かがんでいると顔が近いせいか、魔法の効果で頭がおかしくなりそうだった。
ルイーズは私が急に立ち上がったのが不服だったらしく、歩きながらぴょんぴょんと隣で跳ねて、私になにか言おうとしている。見ていると無性にウサギが飼いたくなったが、実家の猟犬が狩ってしまうだろう。
「そうだ、火事のときに私、もし何かあったら全部ウィンスロー男爵が責任を取るっていいまわってたの。」
「おいおい・・・」
この調子の良さはいつものルイーズなのだが、これさえ憎めなくなってきている自分が怖くなる。これではスタンリーと変わらない。
ヘンリー王子にルイーズをけしかけておいて、直前になって止めに入る自分が見えた気がした。いや、肝心なところはスザンナに頑張ってもらえばいい。しかし悔しいことにルイーズはヘンリー王子の王妃として最高の素材だという片鱗を見せつつあった。
『悔しいことに』?
「だから今回の手柄は全部男爵が持っていっていいわ。責任を取るはずだった人が栄誉ももらうべきだと思うし、私もいきなり有名人になりたくないから。全部は男爵の考案で、実行部隊が私。どう?いいアイデアだと思わない?」
ルイーズはニコリと笑って、いたずらっぽそうに片目をつぶった。
私の心臓が変な動きをしたのに気がつく。片目をつぶるのは魔女の合図で、私の体内の魔法の要素と共鳴でもしたのだろうか。魔法でやられるのは頭や神経系統だけだと思っていたが、臓器も駄目なのか。自分の限界を顧みずに長時間粘りすぎたかもしれない。
私は任を外れて、ヘンリー王子の件は魔法に侵されていないウォーズィーやハーバート男爵に任せるべきだろうか。このままでは無意識に邪魔をし始めかねない。どこか気候の良い場所で静養したほうが良い気さえしはじめていた。
「(きゃああああっ、露出狂!!!)」
遠くで甲高い叫び声がした。
「マージの声だわ!」
今までふわっとした笑みを湛えていたルイーズが真剣な顔に戻る。
「男爵、この場を適当に収めておいて。私はマージを助けに行かなきゃ!」
「少し落ち着こうか、ルイス。」
酔った少女が露出狂相手にできることなどあまりないと思うが、せいぜいショックを受けた被害者の心のケアといったところだろうか。
「なにを慌てていらっしゃるの?」
のんびりとしたメアリー王女の声がした。
「メアリー王女殿下、今の叫び声はルイスの知人のものだったらしく、本人がすぐにでも露出狂から助けに向かいたいと言っておりまして。」
「まあ、素敵ではなくって?宴も終わりましたし、婚約も成ったのですから、どうぞいってらっしゃいな!」
メアリー王女は型破りな少女だが、私達が型破りなことをするのにも寛容で助かった。ルイスの婚約の件はどうにかしないといけないが。
「わたくしも露出狂を見に・・・いえ倒しに行きますわ!」
「失礼ですが、レディ・ブラウンはメアリー様を警護されるのがよろしいかと。露出狂がこちらに来るといけませんから。ではメアリー王女殿下、お暇申し上げます。」
血気盛んな侍女を諌めると、すでに中庭にでていたルイーズを追いかけて部屋を走り出る。この少女は意外と足が速い。
「しかし酔っている上に腕力もないのに、どう人助けをするつもりなんだい、ルイス?」
「男爵、露出狂ってことは、武器は持っていないでしょう?」
遭遇したことがないので正直わからない。とりあえず走りながら返事をするのが辛い。
「どこをどの程度露出したかによるんじゃないかな。でも男が相手なら、丸腰でも勝てないだろう?」
「素手の変態だったら一度誅したことがあるわ。二度目の今回は事後処理もうまくいくと思うの。」
一度経験がある?魔法はともかく、ルイーズの経歴は暴力とはほど遠いものだったが、人を一人闇に葬っていたのか?
「一体何をする気だい?ルイス?どこに向かって走っている?」
「声は東棟の南の方から聞こえたわ!途中でスタンリー卿の馬が立ち往生しているのは知っているんだから!男爵は、マージが危害を受けそうになっていたと後で証言して!」
証言、二度目、馬・・・
乗馬が好きではないルイーズの経歴で馬が登場するのは・・・
「まさか・・・」
ルイーズはダービー伯爵家の瀟洒な馬車に駆け寄って叫んだ。
「セッジヒルさん、鞭を貸して!」




