CCL 契約者ルイス・リディントン
メアリー王女の客間は明るく照らされていたが、中央のテーブルにはまだ片付け終わっていない食器が並んでいた。火事の直後だというのに宴会でもしていた様子だ。
王女の側には侍女三人のうちエリザベス・グレイ嬢だけ不在で、家庭教師のギルドフォード夫人が代わりに控えていた。
「ウィンスロー、あなたはイケメンでいらっしゃるの?」
私が挨拶をする前に、メアリー王女がいつものようにとてとてと私に近づいてきた。
イケメン?そう言えば最近聞いたことがある言葉だ。たしか私とスタンリーがルイーズの前で対峙したときも、彼女は『男爵は不誠実な嘘つきだけど、それでもイケメンであることに変わりはないわ。』と言っていなかったか。文脈から言って良い意味だろう。
「そうですね、世間では私をイケメンというようです。申し遅れましたがご無事でなによりです、メアリー王女殿下。」
「基準に照らし合わせれば確かに納得いたしますの。でも筋肉の不足が減点対象にならないのはどうしても受け入れられなくってよ。」
私の体を触ろうとする王女を軽くいなす。イケメンとは結局何なのだろうか。
「肉といえばメアリー王女殿下、金曜日に肉は供されないことになっていますが。」
「あら、メアリー様は悪くありませんわ。」
私が皿に残っていた鳥の骨に感想を漏らすと、銀髪のブラウン嬢が王女を守るように立ちふさがった。
「火事でキッチンが混乱していたので、祝の席にふさわしい食材がチキンくらいしかなかったのです。仕方ないと思われませんこと?」
黒髪のスタッフォード嬢が引き継ぐ。ここの三人の侍女は息があっているので、私としても相手をするのはあまり得意ではない。
「祝の席ですか?無事に消火できたことを祝う集いでしょうか。」
「それもありますけれど、メインは婚約祝いでしてよ!」
メアリー王女が誇らしげに告げた。
「婚約?まだ東の国とは交渉中ときいていましたが?」
東の国の国王は、娘のクロード王女を従甥のアングレーム伯爵に嫁がせることを諦めてはいないようだった。つまりメアリー王女の縁談はまだ確定しておらず、この国の貴族にはいまだにメアリー王女を狙っている人間も多い。もっとも、影響力の強い東の王妃ははとこ同士の近親婚を嫌っているので、メアリー王女の縁談が有力な情勢だろう。
「いいえ、わたくしの婚約ではありませんの。」
「ではレディ・アン・スタッフォードとヘイスティングス男爵の婚約ですか?」
周りを見回す。魔女裁判に介入した手前、この場でヘイスティングス男爵には遭遇したくないのだが。
「違いますの。エリザベス・グレイとルイス・リディントンの婚約でしてよ!」
「ああ、そうでしたか。レディ・グレイがご婚約されるのですね、それは・・・いや・・・
・・・そんなはずは・・・
・・・すみません、空耳に違いないと思うのですが、男の名をもう一度おっしゃっていただけますか。」
世間話の流れで恐ろしい名前が登場した気がしたが、おそらく気のせいだろう。
「ヨーマスのルイス・リディントン。ヘンリーお兄様の従者と伺っておりますの。」
「御冗談を・・・」
女性同士・・・
よくわからないが、もしや消火に活躍しているのを見て将来有望だと思ったのだろうか。筋肉にこだわりのあるらしいメアリー王女周辺が男装したルイーズに惚れ込むとは思わないが。
「こちらを御覧ください。」
今まで静かに控えていたギルドフォード夫人が一枚の羊皮紙を広げた。
婚約の証書だった。しかも・・・
「ルイスの字だ・・・」
なにやら凝りに凝ったサインがしてあるが、筆跡鑑定にかければルイーズの字だとわかるだろう。
こんな書類にサインするとは、一体何をやっているのか。鏡を見なくとも自分の顔が蒼白になっているのが分かる。
「まあ、やっとリディントンの言っていた意味が分かりましてよ!いつもニヤニヤしているから良さがわかりませんでしたけど、ウィンスローは次元が違くていらっしゃるのね!」
「み、認めざるをえませんわ!これは本当に、すごいですわ!」
王女と侍女たちがなにやら盛り上がっていたが、私にとってはそれどころではなかった。とりあえず騒いでいないギルドフォード夫人に尋ねる。
「しかし、随分と簡略な証書ですね。斜めの線も入っているし、これは正式なものなのではないのでは?」
「サインを確認いただけましたでしょう?両者の同意がある時点で正式なものです。どのみち人事担当に回すだけですから、細かい内容には問題ございません。」
夫人は淡々と対応したが、人事に回すとはどういうことだろうか。
「人事にこれを見せてどうするというのですか?」
「メアリー様に同行して東の国に行く人員は、男の希望者が少なくて人選が難航しておりました。同行が決まっているエリーの婚約者で、かつこの国に相続する領地がないとなれば、派遣団に任命されることはほぼ確定でございましょう。」
「まさか・・・」
ヘンリー王子に子供ができる前にルイーズが東の国に送られてしまうとは、冗談にならない。
この宮殿内の人事は副家令のハーバート男爵に任せればいいが、派遣人事となると外交や政務にも関わり、こちらでコントロールできない部分がある。ドーセット侯爵やド・ウィアー卿と交渉せざるをえないだろう。
これはまさか、ルイーズを追放しようとしている者たちの陰謀だろうか。
「宴会は大きいものだったようですが、ルイスはこの場にいますか?」
「主催者のウェストモアランド伯爵はお休みになられて、リディントン様はエリーと隣の部屋で二回戦目に入っておられますわ!」
顔の赤いブラウン嬢がなぜか誇らしげに答えた。二回戦目とは?
取り急ぎ指さされた扉へと向かおうとすると、袖を誰かに引き止められた。
「二人の愛の巣に踏み込むなんて、無粋とはお思いになりませんこと?」」
振り返ると息が荒いスタッフォード嬢が立っていた。愛の巣?
混乱する私の耳に、隣の部屋からの物音が入ってきた。
「(んやっ・・・はげしっ・・・あふうんっ・・・すっ、すごいのっ・・・ああんっ)」
ルイーズが魔法をかけている。
魔法は同性にも有効なのか?
男性を女性に夢中にさせる魔法と、女性を男性に夢中にさせる魔法は原理的に一緒なのだろうか。だとすると興味深い。だがいまグレイ嬢が見ているであろうものは男のルイスか女のルイーズか、どちらなのだろうか。
しかし哲学論議は別として、王子に魔法をかけるのをあれだけ渋っていた彼女が、なぜほとんど接点のない王女の侍女に魔法をかけるのか。
ウィロビーやセントジョンのときのように、なにか追い込まれるようなことがあった可能性はある。まさかとは思うが婚約を提案したのはルイーズのほうだった、という可能性も捨てきれないが。
「(・・・きもちいいのっ・・・もうだめっ・・・リディントンさまっ・・・あっ、あああああんっ)」
ルイーズの魔法攻撃を無傷でしのいだ私には、グレイ嬢が限界に達したのが手にとるように分かった。
案の定、しばらくするとドアが開いて、セントジョンの緑のローブを着たルイーズが現れた。




