CCXLVII ウェストモアランド伯爵ラルフ・ネヴィル
「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ、我が名は六代目ウェストモアランド伯爵ラルフ・ネヴィル、北方三伯爵の一にして、国境の地で三城と千二百騎を統べる、この国の守護者だ!」
完全には開いていないドアの隙間から、ウェストモアランド伯爵は時代劇のような、堂々とした登場の仕方をした。私はおもわず姿勢を正して礼をする。
衛兵はいないみたいで、伯爵一人。伯爵を信用しているのか、侍女たちは私を追いかけてこなかった。
この人を突破すれば私はフリー。簡単だと思う。
「ウェストモアランド伯爵、私はヘンリー王子殿下の従者、ルイス・リディントンです。非礼を承知で伯爵にひとつお伺いしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」
「構わぬ。」
「おいくつでいらっしゃいますか。」
私の質問に、伯爵は笑顔を見せた。
「ここのつだ。」
「ありがとうございます。ウェストモアランド伯爵、不躾ながらもうひとつお願いがあります。」
「叶える保証はできぬが、申してみよ。」
伯爵は堂々と私を見上げた。
「なでなでしてもよろしいですか?」
「なんと?・・・なっ・・・こらっ・・・勝手になでなでするでない!」
「かあわあいいいいっ!」
伯爵は凶悪な可愛さの持ち主だった。アンソニーをロープで縛ったときとちがって、高位貴族をなでなでしてさしあげても刑事罰はないから、思いっきりなでなでする。
現世の子供は前世に比べておませな印象のときが多いけど、小さいときの可愛さはほんとにびっくりする。うちのパーシーも可愛かったけど、サラサラの金髪にグレーの目の伯爵は、ほんとうに絵にして飾りたいくらい。
ほっぺたをつねりたくなる天使体型なノリス君とくらべると、この子は少し儚いイメージで、ぬいぐるみとか抱きしめて柱からちょっと顔を出していてほしい。他人なのに守ってあげたい気持ちになる。私はマージと違って年下の美少年を追いかけるような趣味はないけど、初めてちょっと共感した。
どさくさにまぎれて、私はドアの隙間を広げることに成功した。外に衛兵は見当たらない。
「申し訳ありませんが、残念ながらおままごとに付き合ってはいられませんので、またお会いしましょう、伯爵!」
私がスルッと隙間から脱出しようとすると、腰のあたりに抱きつかれる感覚があった。でも頑張れば振り切れる。
「失礼!急いでいるので!」
「んっ!・・・ウェストモアランド伯爵家の誇りにかけて、ここは通さない!・・・むぐっ!・・・」
後ろを振り返ると、上目遣いで少し上気している伯爵の、つぶらなひとみが私を見据えた。
「かわいすぎいいいいいっ!」
私は思わずよろっとバランスを崩した。
いつのまにか近くにきていた夫人とレディ・ブラウンに両脇を掴まれる。そのまま部屋の中央のテーブルまで引きずっていかれた。夫人のホールドは強力で、空腹の私では歯が立たない。
「メアリー様、伯爵が身柄確保に成功しましたわ!」
「よくやってくれましてよ、ウェストモアランド!」
「これも代々王家に仕えし我が伯爵家の当主として、当然のことでありますれば。」
私は椅子に座らされると、呆然としたまま論功行賞が行われるのを聞いていた。ちなみに伯爵はヘンリー王子がスポンサーしているらしい少年合唱団にスカウトされそうな、すごくいい声をしている。後ろでがっしり夫人が私の肩を抑えていて、逃げられそうにない。
「王太子妃殿下を筆頭に老若男女に道を誤らせてきた伯爵の手にかかれば、リディントン様も簡単に陥落すると思いましたわ!」
レディ・ブラウンが興奮しているけど、姫様もこれをやられたのね。
まさかヘンリー王子もこの子を当てられて美少年に走ったの?でも王子のタイプはブランドンだから、王子が目覚めるきっかけが伯爵だったとしたら、飛躍が大きすぎる気もする。
とりあえず逃げられそうにないなら助けにきてもらわないと。
「とにかく、拘束されようと私はサインをしません。私の後見人のウィンスロー男爵をよんでください。」
話は通じそうにないし、すこし投げやりな気分になってきたから、もう全部男爵に丸投げしようと思う。別にいいよね。だって男爵は消火責任者だったのに部屋で寝ていたんだし、頑張った私にこれくらいの見返りがあっても。
「殿下、この者にサインをさせることが殿下のお望みであらせられるか。」
9歳なのに文法がしっかりしている伯爵が、メアリー王女に語りかけた。
「ええ、ウェストモアランドならやってくれると信じていてよ。」
9歳児に無理な注文をする12歳児のメアリー王女。
「御意。ではアグネス、今こそ『あれ』をだすときである。」
「伯爵、『あれ』はまだ早いかと・・・」
伯爵に指名された女中が躊躇しているようだった。一体なんなのかしら。
「いや、今しかない。『あれ』にかける。」
「・・・わかりました。」
女中は、奥にさがると、なにかを押しながら部屋に入ってきた。
「あ・・・あれは・・・」
目に入ったものに、私は思わず震えた。




