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CCXLII 家庭教師ジョーン・ヴォー・ギルドフォード


警告: この章には直接的な描写は一切ないものの、やや性的に示唆的な表現が含まれます。苦手な方はご留意ください。なおこの小説は「小説家になろう」のガイドラインを守っています。




扉の前に立っていたのは、メアリー王女の家庭教師、ギルドフォード夫人だった。夢見がちな侍女の二人よりもリアリストの彼女なら、この状況を打開してくれるに違いない。


「ミセス・ギルドフォード!ご挨拶もそこそこに失礼しますが、レディ・エリザベス・グレイが隣の部屋でルイス・リディントンに襲われています。今すぐに止めに入らねばなりません。」


「ごきげんよう、ラドクリフ様。聞こえてきた会話から状況は概ね理解いたしました。止めに入る必要はございません。」


夫人は今までの混沌とした会話から一体何を理解したというのだろうか。


「なぜですか?」


「わたくし、この度の縁談、うまくまとまると思っておりますわ。」


なぜ縁談になっているのだろうか。彼女が何を考えているのか、私の理解が追いつかない。


「ギルドフォードお母様!」


台座から駆け下りたメアリー王女が夫人に駆け寄った。性格は正反対だと思うのだが、王女は夫人によくなついている。


「メアリー王女殿下、ようございました。これでエリーも一緒に東の国に行くことができましょう。」


「ええ!それにリディントンは顔も良くってよ!それに『イケメン』なんですって!」


「『イケメン』、でございますか?」


夫人もイケメンという結社を知らない様子だった。魔女が現れたのがつい最近だから無理もないのだろうか。


「(んんあっ・・・)」


「(痛いですか?)」


「(すこし・・・)」


もたもたしているうちに、隣の部屋の二人は後戻りできないところまで行ってしまったようだった。


レディ・グレイが積極的に嫌がっていない以上、男の私にできたことは少ないが、それでも罪悪感に襲われる。モーリスは本当にこのリディントンを弁護するつもりだったのだろうか。モーリスを騙しこんだとしたらよほどの悪漢なのだろう。


やるせない気分だ。しかしレディ・グレイが言い寄ったのが男好きのフィッツジェラルドでなければ、レディ・グレイの純潔はとうに失われていただろうから、本人がそれほど大切にしていたかはわからない。私が結果的に傍観したことの言い訳にはならないが。


そもそも14歳前後から王族の侍女になるというシステムは、淑女教育の一貫とされているが、こういう悲劇を避けるためにも情緒がもう少し育ってからの方が良いのではないだろうか。もしベスとの間に娘が生まれたら、できるだけ手元で育てたい。


「ミセス・ギルドフォード、たしかにリディントンは手を出してしまいましたが、しかし、この二人は身分が違いすぎます。結婚として不釣り合いではありませんか。レディ・グレイが子供を授かるようなことさえなければ、今回の件があったとしてもなお結婚にと考える家もあるでしょう。」


内戦は未亡人や婚約者に先立たれた高位女性を数多く生んだ。内戦前に比べ純潔にこだわる家は減り、昨今のダドリー議長による増税もあってか、財産のある未亡人はむしろ魅力的にみられることが多い。


「いいえ、ドーセット侯爵はエリーが東の国に同伴することに合意されておりました。それを踏まえると、伯爵家を継ぐフィッツジェラルドのような領地貴族が結婚相手ではむしろ都合が悪かったのでございます。領地がなく、今回の火事で名を上げたリディントンはうってつけと申しあげることができましょう。」


確かに領地のある貴族と結婚すると、レディ・グレイがメアリー王女殿下に同行することは難しくなるだろう。だからこそアンソニーは適任だと思うが。


「(ひゃああっ!)」


「(痛みますか?)」


「(そんな・・・こんなカエルみたいな・・・はしたない格好を・・・)」


「(大丈夫です、全くはしたなくなんてありません。)」


さすがにメアリー王女殿下の耳を塞ぐべき段階ではないだろうか。


「アニー、カエルってどういうことですの?」


「そうですわね、例の人形を持って参りますわ。」


例の人形ってなんだろうか。ここの教育方針に疑問を感じたことは一度や二度ではないが、あの国王陛下の人選だ。何か深謀遠慮があるのだろう。


「およしなさい、アニー、それは後にして、今は作戦会議をいたしましょう。ドーセット侯爵家を説得し、リディントン家にそれなりの圧力をかける必要がございます。」


人形とやらは後ならばいいのだろうか。とりあえずギルドフォード夫人は当事者がどんなに嫌がっても縁談をまとめる実力の持ち主と言われている。どういった圧力をどう行使するのかは知らないが、リディントンが逃げる術はなさそうだった。


だがそれがレディ・グレイのためになるだろうか。


「(・・・・でも・・・見えちゃ・・・)」


「(暗くて何も見えませんから、安心してください。綺麗なお足で・・・いえ、よく見えません。)」


「綺麗な足とおっしゃるけど、ギルドフォードお母様、結局見えていますの?それとも見えていませんの?」


「メアリー様、殿方の『見てない』『見えてない』は九割九分真っ赤な嘘でございます。」


そうかもしれないが、12歳の王女殿下がこういう話を聞いて育っていくことに疑問を感じないのだろうか。やはり、まだ見ぬ娘は手元で育てたい。


そして、この場のおかしな空気に飲み込まれてはいけない。


「ミセス・ギルドフォード、結果的にメアリー王女殿下の側にメリットがあることは分かりますが、侯爵家は本当にこのプロセスに納得するでしょうか。」


「わたくしは楽観視しております。お母様のハリントン女男爵はフィッツジェラルドに連れられてエリーが島に行くことを嫌っていらっしゃいましたが、東の国は悪く思っておられません。」


確かに、島に嫁ぐとなるとそう簡単に里帰りもできないだろう。南東の海岸沿いにあり海運にも手を出している侯爵領からみれば、交易路の整った東の国のほうが往来も盛んでアクセスがいいことは確かだ。


「ですが、侯爵は初心な妹が勢いに流されてしまったからといって、そうですかと首を立てに振るような、そんな軽薄な人物ではありません。」


「それにつきましても問題ないかと存じます。エリーは恋愛に関してはお花畑でございましたが、本来は頭の回転の早い子であることを侯爵自身が見抜いていらっしゃいました。今まで縁の薄かった東の国の宮廷に信頼できる女性がいるのは、外交を司る侯爵にとってもメリットでございます。一方でエリーが東の国の貴族と婚姻した場合、接する情報は増えても行動の自由は制限されるでしょう。」


なるほど、レディ・グレイが東の国の首都にいるのは、侯爵にとっても有益な投資ということだろうか。理屈としてはわからないわけでもないが・・・


「(ひゃんっ!・・・そんなところを・・・さわっては・・・)」


「(大丈夫ですよ。とてもやわらかいですね。)」


「アニー、リディントンはエリーのどこを触っていらっしゃるの?」


「メアリー様、いくつか候補がございますが、おそらくは・・・」


「レディ・ブラウン、さすがにそこまで殿下に解説する必要はないでしょう!」


思わずモーリスがいいそうな台詞を言ってしまった。私もこの異様な空間に次第にペースが乱されているのを感じていた。


「それよりもミセス・ギルドフォード、確かにレディ・グレイが東の国に行くことで、あなたと侯爵家の利害が一致することは分かりました。しかし何もリディントンのような無名の男でなくとも、華やかな東の国の宮廷に出仕したがる名門の子弟はいるでしょう。」


「いいえ、ルイス・リディントンは今回の火事で大きく名を上げていらっしゃいました。もはや無名の侍従ではありません。それに、彼には名門の次男三男にはない強みがございます。本来は公爵家の家格だったサリー伯爵家が、同じ立場のトマス・ニーヴェットに娘を嫁がせたのはご存知でしょう。それと同じことですよ。」


子連れだったとは言え、サリー伯爵の娘が海軍士官の次男に嫁いだことには驚いたのを覚えている。レディ・グレイのように宮廷仕えをするなら従者と結婚するのもわかるが、ニーヴェット夫人が宮廷に上がっているという話を聞かない。


先程チェックした際に名簿に名前があったので、アーサー様の行進は見に来たようだったが。


「あれは疑問に思っていましたが、再婚先が他の貴族の家ではお子さんであるライル女子爵の立ち位置が微妙なものになってしまうという、特殊な例ではありませんか?」


「いいえ、それだけではありません。ヘンリー王子とのコネクションになるのでございますよ。王子の周辺は彼の好みのせいで身分を問わず美男子ばかりでいらっしゃいます。うちの息子が最も美しいですけれども。」


そういえばさっき空砲を鳴らしてもらったヘンリー・ギルドフォードは、夫人の末っ子だったはずだ。婚約者探しが趣味の夫人がなぜか婚約者をあてがっていないことを考えると、まさか親公認でヘンリー王子と関係を持っているのだろうか。ヘンリー王子の好みには巨体すぎると思うが。


「しかし、美少年を使ってヘンリー王子に取り入っても、大した意味がないでしょう?」


ヘンリー王子の身内びいきが激しいのは確かだが、領地のケルノウは貧しい辺境の地だ。教会と距離が近い王子周辺には、貴族にとってあまり旨味のあるポストもない。


「いいえ、女性が一切近づけないこともあって、貴族たちの間ではヘンリー王子は未知の存在でいらっしゃいます。ヘンリー王子のお気に入りになったリディントンは、ドーセット侯爵家にとっても有望な保険となりましょう。うちの息子ほどではございませんけども。」


「保険?まさかとは思いますが、アーサー様にとって失礼なことは考えていらっしゃいませんよね。」


私の拳が一瞬、怒りで震えるのを自分で感じた。だが夫人は表情を変えなかった。


「ラドクリフ様のことです、お怒りになるでしょうから先に謝らせていただききますが、仮にも軍隊にいられたら方なら、万が一の事態に備えておくのは当然のこととお考えでしょう。ヘンリー王子はこのままアーサー王太子殿下が即位した際には、王位継承者となるのでございますから。」


夫人は不気味なほど淡々としていた。なぜこの人に教育されたメアリー王女やヘンリー・ギルドフォードがああいう柔らかい感じなるのだろうか。


「それでは、わたくしは少しメアリー様とアニーに相談したいことがございます。失礼いたします。」


相談といいつつ実質指示をだすのだと思うが、私に返答する間を与えないまま、有無をいわせぬ調子で夫人は台座の方に立ち去ってしまった。


置いていかれた私と、なぜか相談相手に含まれていないアンが、部屋の入口付近に残された。


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