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CCXLI 義妹アン・スタッフォード


「ラドクリフ、こちらにいらして。リディントンがエリーのコルセットを外している間に、聞きたいことがありますの。」


メアリー王女は台座からおりて私に近づくと、いつものようにぺたぺたと私の胸や腹を触り始めた。


さすがに慣れたが、ここで余裕をみせられるかどうかが、メアリー王女とうまくいかないモーリスとなんとかいなせる私の差になっているのだろう。


「殿下、どうぞなんなりとお聞きください。」


「ラドクリフ、あなたはイケメンの一員なんですの?」


イケメン、とは?


聞いたことがないが、結社かなにかだろうか。とりあえず私は違う。


言い方からして知っていて当然のものだろうか。ひとまず知っていることにして様子をみることにする。


「いいえ、違いますが?」


「まあ!」


メアリー王女殿下は心底驚いたようで、隣のレディ・ブラウンに駆け寄った。


「おかしくはなくて、アニー?ウィンスロー男爵、モーリス、それにリディントンはイケメンだと聞いたのに、ラドクリフはイケメンではないというの?」


「そうですわね。チャールズ様はイケメンではないと言われて、たしかに一同納得しましたわ。でもラドクリフ様が違うとなると、私も誰がイケメンなのか、何がイケメンなのかわからなくなってきましたわ。」


どうやらメアリー王女やレディ・ブラウン自身もよく分かっていないようだ。二人の様子からみて、誰かがイケメンという結社を紹介をしたのだろう。


ウィンスロー男爵・・・モーリス・・・リディントン・・・


三人ともヘンリー王子の周りにいる、どちらかと言えば細い体格の文官、といった共通項はある。しかしさきほど一緒にいたモーリスとリディントンはともかく、モーリスとウィンスローの間に繋がりは薄い。


つい最近アーサー様のところから転勤になり、教会とつながりの強い、王族傍流のモーリスと、そもそも肩書が国王陛下の侍従長で、世俗的な地方貴族だったウィンスロー男爵。対象的なキャリアだ。


強いて言えばウィンスローの後見人だったダービー伯爵と、モーリスの大叔母であるマーガレット王太后が再婚しているから、接点があるとすればそこだろうか。


そういえばさっきダービー伯爵家の豪華な馬車が、ウィンスロー男爵の指示で消火に動員されていた。今でも繋がりがあるんだろう。そういえば伯爵の孫であるスタンリー卿と男爵は同世代で・・・


まさか・・・


「・・・魔女?」


「どうなさったの、ラドクリフ?」


魔女を護送したウィンスロー男爵、その友人で魔女にやられているスタンリー卿の義理のはとこに当たるモーリス、その同僚で、魔女が登場したのとほぼ同じ時期に宮殿に出仕し始めたリディントン。後の二人は魔女のいる東棟に勤務している。詳しくは知らないが、新人の任命や配置転換には侍従長ウィンスロー男爵が関わっていたはずだ。


イケメンとは、魔女に寝取られた、魔女の親衛隊達のことなのではないだろうか。だが、まさかモーリスに限ってそんなことは・・・そもそもリディントンは男好きだとさっき聞いたばかりだが、寝取らなくとも忠誠を誓えばイケメンと認定されているのだろうか。むしろブランドンはまっさきに引っかかるはずだと思ったが・・・


「いえ、失礼しました。メアリー王女殿下はルイーズ・レミントンという名前の女性をご存知ですか?」


「いいえ、聞いたことがなくってよ。」


駄目か。侍女レディ・ブラウンとアンも首を振っている。


しかし、得体のしれないリディントンはともかく、モーリスがそんなことになっているとは思えない。昨日は様子がおかしいと心配したが、今夜は別にいつもどおりだった。


もっとも、信心深いモーリスは魔女を警戒すると思うが。そういえば行進の直前、魔女の話がでたときに、モーリスは再逮捕になぜか反対していなかっただろうか。


もしや、モーリスが聖女と言っているのは・・・


「(もちろん、ホースとガーターはそのままで大丈夫ですからね。)」


「(え・・・ホースはそのままでも?)」


「(ええ、腰から離れているので。)」


私の考え事を遮るように隣の部屋から余計な声が聞こえてくる。


「まあ、アニー、そういうものですの?お尻から遠い服はそのままにする慣例ですの?」


「いいえメアリー様、さっきからリディントン様の嗜好はかなりマニアックですわ。これを参考にしないでくださいませ!」


腰の治療にホースとガーターが関係ないのはわかるが、だんだんメアリー王女たちの解釈にも違和感がない気がし始めていた。モーリスの弁護とやらには最初から無理があったのではないだろうか。


「(このタイミングでお尋ねするのは変ですが、その、食べてもいいですか?)」


「(え、ええ・・・)」


「(ではお言葉に甘えて・・・)」


とうとう不安が的中した。やはりそうだったのか。このままではレディ・グレイが襲われてしまう。


「メアリー王女殿下、今すぐ止めに入らなければ。レディ・グレイが傷ついてしまいます。」


明らかに有罪なリディントンの弁護は放棄するが、二人の逢瀬を防げれば、モーリスとの約束を破ったことにはならないだろう。


「あら。さっきからエリーは心から受け入れていてよ。むしろ幸せそうではなくて?」


「そういう問題では・・・」


本来は止めに入るのに12歳の少女の認可がいることがおかしい。しかしレディ・グレイが服を脱いでしまっている今、隣の部屋に私が踏み込むわけにはいかない。メアリー王女に侍女の一人を送ってもらわねばならない。


「そう、いいことを思いつきましたの!このままリディントンがエリーと結婚して、私やアニー、チャーリーと一緒に東の国に来ればよいのではなくて?」


「ご再考ください。」


一体何がいいことと言えるのだろうか。レディ・グレイは侯爵令嬢であって、庶民のリディントンとは身分違いも甚だしい。一夜の間違いがきっかけでは誰も祝福しないだろう。


「私は反対ですわ!リディントン様はさっきからチャールズ様への態度が悪すぎます。」


レディ・ブラウンの反対自体には賛同するが、論点はそこではないだろう。だが今は同床異夢で結構。


「ではレディ・ブラウン、止めに行ってもいただけますか。」


「今止めに入ったところで、あまり違いがないはずですわ?」


「大いに違うと思いますが!?」


首をかしげるレディ・ブラウンの貞操観念はよくわからない。ここまできてしまうと風評はごまかせないにしても、子供ができてしまったらどうするのだろうか。


「(柔らかい・・・)」


「(い、いかがですか?)」


「(・・・甘い蜜の味がします。)」


「(はあ・・・)」


背筋が寒くなった。こんなセリフを言う男が実在したのか。


「まあアニー、エリーの声が呆れたようではなくって。」


「メアリー様、甘い蜜はさすがにちょっと盛りすぎですが、感想を聞いてしまったエリーのミスでもありますわ。」


「あら、ロマンチックではございませんこと?リディントン様は先程からも丁寧で優しく、エリーが羨ましくなってまいりました。」


今まで黙っていたアンが会話に参加してきた。決して参加してほしくなかった会話ではあるが。


「アン、しっかりしてくれ。レディ・グレイは侯爵令嬢、いくら消火で獅子奮迅の活躍をしたとはいえ、ルイス・リディントンは明らかに不釣り合いだ。」


「あらロバートお義兄様、ご自身も無位無官の時代に、ベスお姉さまという公爵令嬢と結婚されていらっしゃいませんこと?」


そういえばアンは頭の回転が早かった。痛いところをついてくる。


「それは・・・しかしうちは本来は伯爵の家格で、私もこのように結婚前のベスの名誉を傷つけるようなことはしていない。こうして一夜の過ちで評判を貶めるとは、貴族にとっての世間体の大切さを理解しない、庶民のやり方だ。」


「評判ですか。エリーは乙女ですけれど、ジェラルド・フィッツジェラルドを追いかけていましたから、周りには婚約者が別にいる男と関係を持っていたと思われてしまっています。ですから、もともと守るほどの評判がないことは確かです。」


たしかに、フィッツジェラルドとレディ・グレイが密会しようとするのを、婚約者の従兄弟であるモーリスが制止しようとするのを何度か見かけたことがある。正直にいうと、私もレディ・グレイが乙女かどうかは疑問に思っていた。


「だがそれにしても・・・私のときは義兄上とベス、そして無官だった私の間で長い交渉を持った末、周りに祝福されつつ円満に結婚した。それに対して、こんな事態、侯爵家の方々が認めるはずがない。」


「ドーセット侯爵家は渋々承知するのではないかと思いませんこと?エリーは成人した兄や姉だけで10人おりました。今まで婚姻した家を除けば、ラドクリフ様のように結婚適齢期の国内貴族はほとんど残っていないのです。」


言われてみれば、内戦で貴族階級が疲弊したせいもあり、子弟の縁談に苦労する話はよく聞いた。ダービー伯爵家の女性がみな庶民に嫁いだのは、伯爵の裏切りの帰結とはいえ、婦人たちのせいではないのに気の毒だと思ったものだ。


だが適齢期の貴族男子が残っていないわけではない。


「アンソニー・ウィロビー・ド・ブロークはどうだ。末っ子で領地がないのはわかるが、アーサー様の覚えもめでたい。」


「子供っぽすぎませんこと?エリーのタイプではありません。」


「子供・・・」


ああ、アンソニー。なぜ皆あいつの純粋な良さを理解できないのか。私に言わせればフィッツジェラルドの方がはるかに子供だが。


「(どうですか?)」


「(・・・き・・・きもちいいです・・・)」


「(それなら良かったです。)」


「(ん、んんっ・・・)」


「だがドーセット侯爵家はこの国有数の地主だろう。そこまで必死にならなくとも侯爵家との縁談を望む家は多いはずだ。」


「それが、ドーセット侯爵のお母様、ハリントン女男爵がハンフリー兄様と急に再婚しましたから、財産の分与を巡って泥沼の裁判になっていて、お金や土地はあっても動かせないのです。持参金が期待できないとなると、どの家もあまり食指が動かないと思いません?。」


先代侯爵夫人は、バッキンガム公爵の次弟で私の義兄にあたるウィルトシャー伯爵と年の差のある再婚をした。もともと侯爵夫人の持参金が莫大で、それを用いて侯爵家が購入した土地が多かったので、夫人の再婚にあたり財産分与が問題になっていると聞く。そもそもいくら裕福でも子供が14人もいるのは確かに厳しいのかもしれない。


「(は・・・はい・・・その・・・こういうとき・・・どんな姿勢をするのが・・・)」


「(そうですね、四つん這いになるのが楽ですよ。ただし背中の筋肉を使わないようにしてください。でも今回はそのまま、楽にしていていただいて結構です。)」


「まあ、アニー、四つん這いが楽なんですってよ。」


「そんなことありませんわ!だまされてはいけません、メアリー様、リディントン様に都合がいいだけですわ!鬼畜、まさに鬼畜ですわ!」


隣の部屋の出来事はメアリー王女達にとっては娯楽のようだが、貴族としての誇りが踏みにじられる展開に私は焦っていた。


「アン、やはり鬼畜リディントンの手からレディ・グレイを救わねば。」


「もう手遅れですわ。四つん這いになっているところに踏み込まれる方がむしろ恥ずかしくはありませんこと?過去よりも二人の将来のことを考えるべきときです。」


「諦めるのが早すぎる。せめて望まない妊娠は避けるべきだ。止めに入るのが女性であればまだ・・・」


私とアンが言い争っている最中に後ろでドアが開く音がして、私達の注意がそらされた。


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