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CCXL 名探偵ロバート・ラドクリフ


なにやら盛り上がっているメアリー王女殿下とレディ・ブラウンからモーリスの注意を逸らすのには苦労した。モーリスはこの手の話題に関心がないが、たまに咎めるのに全力を傾けがちになる。


「モーリス、邪魔して悪いが、緊急で頼みがある。」


「ロバート、そもそもどうしてこちらに?アーサー様のところだと思っていましたが。」


モーリスは私の登場に少し驚いていたようだった。


「火事の顛末と、今後の日程について殿下へ説明に参上した。だが避難の過程で私はキャサリン王太子妃殿下周辺の不興を買ってしまい、私からの謝罪も説明も一切受け入れないとのことだった。アーサー様、マーガレット様に続いてメアリー様にご報告申し上げる今、キャサリン王太子妃殿下だけ飛ばすわけにはいかない。」


「ロバート、苦手なヘンリー王子も飛ばしていますね。昔から面倒な用事を後回しにしすぎですよ。もちろん僕も力の及ぶ限り手伝いますが、今しがた聖・・・リディントン君にこの場で待っていると言ってしまいましたので、しばらくは動けません。」


「そうか・・・」


モーリスは約束を破らないことを誇りにしていた。できれば早いうちに王太子妃殿下のところに向かってほしいのだが。


「ところで、何を待っている?今後の予定に関係があるのか?」


「治療です。リディントン君は医療の心得があり、腰を痛めたレディ・エリザベス・グレイを隣の部屋で治療しています。終わるまではここで待機するつもりです。この後に用事があるわけではありません。」


腰を痛めたのが王女ならともかく、一人の従者が一人の侍女を診察するのをなぜ待っている必要があるのだろうか。もちろんレディ・グレイはモーリスの親戚だったように思うが、それにしてもモーリスが待機する理由にはならない。


「そもそも医者でもない男がレディーを診察しているのか?」


「ええ、ですからリディントン君の腕と紳士たることを保証するために僕がいるのです。彼は僕の肩をよくしてくれたので。」


珍しく笑顔を振りまくモーリス。たしかに昔から恩義に忠実だった。それならば自分より下位のリディントンに付き添うこともあるかもしれない。直属の上司にあたるヘンリー王子とはうまくいっていないようだが。


だが、過去のモーリスの話と少し整合性がとれないことに気づいた。


「待て、モーリスの肩を治したのは聖女とやらではなかったのか。」


「それはもちろん、もちろん、最終的に治癒していただいたのは聖女様でしたが、ルイス・リディントン君も症状の軽減に大いに力になってくれました。僕としてはアーサー様にお勧めしたいのは聖女様ですが、もし僕の推薦だけでは聖女様に信用が置けないという場合は、次善の策としてリディントン君に診てもらうことも、非常に良い選択だと思いますよ。」


モーリスがはじめに一瞬たじろいだ気がしたのは気のせいだろうか。そもそも、そんな不特定多数に肩を晒すような性格をしていなかったはずだが。


「詳しくはわからないが、その待っている役目、私が代われないだろうか。この後の予定はなく、控えているだけで良いのだろう?モーリスがここを離れて王太子妃殿下のところにいくのが適材適所だとおもわないか。」


モーリスはメアリー王女殿下をあまり得意としていない。一方で既婚者である私は一定の敬意を持ってもらえる。なぜだかわからないが。


「確かにリディントン君の腕前をロバートが確認できれば、アーサー様の治療を見据えてもスムーズですね。ですが王女殿下達は、リディントン君が治療にかこつけてレディ・グレイに不埒なことをするのではないかと疑っておいでです。僕はその不当な疑惑からリディントン君を守らなければなりません。」


「弁護するのか?不埒なことをしないという保証があるなら、私がその役目を引き受けよう。女性を診察した実績があるのか?」


モーリスは困ったような顔をして首を振った。


「僕は存じません。ですが、とある事情により、僕にはリディントン君とレディ・エリザベス・グレイの間に間違いが起きようがないことを知っています。ただリディントン君のためにも、その事情についてはロバートには一切言えません。」


言えない事情・・・間違いが『起きようがない』・・・


そういえば、今日の昼にもこんな話がでなかっただろうか。


「そうか・・・そういうことか・・・モーリス、事情は分かった。私が弁護しよう。」


「本当ですか?本当に分かってしまったのですか?」


「ああ。だから言わなくとも構わない。そうすればモーリスが秘密を暴露したことにならないだろう。」


恋愛対象が男なのだろう。ヘンリー王子の従者なのだから別に意外ではない。リディントンを中庭で見たときは暗かったので影しか見えなかったが、ヘンリー王子好みの華奢で小柄な青年だったように思う。


考えてみれば、もしそれが採用基準であるなら、魔女に耐性のある人間はヘンリー王子以外にも東棟に一定数いることになる。これはいよいよ危険だ。フィッツジェラルド一人では当て馬にさえならないかもしれない。


「しかし、なぜ・・・わかるような要素も何も・・・」


モーリスは心底驚いていた。


「見た目と、急にこの時期にヘンリー王子の従者に任命された経緯から判断した。それに身近に同じような人間がいるものでな。そいつのことは好きではないが、そこまで偏見があるわけでもない。異様だとは思ってしまうが。」


フィッツジェラルドの性癖を、ゴシップに疎いモーリスが知っているかはわからない。言いふらす類の話でもないだろう。


「ロバートの洞察力にはいつも恐ろしいものを感じます・・・ですが、紳士なロバートならリディントン君と仲良くなれると思います。僕一人の推薦では限界があることも分かったので、いずれアーサー様に引き合わせるためにも、この場はロバートにおまかせしましょう。それと、リディントン君のことはくれぐれも秘密でお願いできますか。」


アーサー様に引き合わせるのは逆にまずいのではないだろうか。ヘンリー王子みたいな筋骨隆々とした男が好みであれば別にいいのだが・・・


ともかくキャサリン王太子妃の一件の方が優先課題だろう。彼女たちはちょっとしたミスを外交問題にしてくることさえある。


「恩に着る。リディントンの件は人に言いふらすような類のようなものではないだろう。心配することはない。ではモーリス、西棟へ向かってほしい。」


「わかりました。ヘンリー王子への報告も代わってあげますから、リディントン君のこと、よろしく頼みますね。ロバートの人柄と顔なら、仲良くなれることは間違いありませんから。」


「それはありがたい・・・?」


モーリスは謎の発言を残すと、メアリー王女に退出の挨拶に向かっていった、


顔と人柄?私のような男がリディントンの好みなのか?


部屋を退出するモーリスを見送りながら、私は背筋に寒いものを感じていた。仮に後ろから襲われて誤って斬り殺してしまったらどうする?正当防衛では済まないに違いない・・・


「(あっ・・・んっ・・・)」


「(失礼しました。ですがレディ・グレイ、コルセットは外さないといけません。)」


隣の部屋からまた怪しげな声が聞こえてきたが、コルセットを外すのか・・・


これは単にモーリスが騙されていたのではないだろうか。頭はいいが、たまに妄信的なところがあるからな。もちろん単に腰の治療のために外す必要があるのかもしれないが・・・


私はおかしな任務を受けてしまったことを、少し後悔し始めていた。


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