XXIII 婚約者パトリシア・プラムステッド
不覚を取った。
裁判官たちの前で私に恥を晒させるような真似は、ルイーズならしないと思っていて、油断していた。
「待てっ。」
私が抗議の声をあげる前に、ルイーズはすでに私の手のひらを押しにかかってきた。
「痛くしませんからね、弱いマッサージですから大丈夫ですよ〜。」
ルイーズは水を得た魚のように生き生きしている。
「くっ。」
手に少しずつ魔法がかかってくる。押し揉む、という動詞があるのか知らないが、ルイーズは手のひらや指の関節に圧力をかけてくる。
痛い訳ではないが、なんだか変な感覚だ。思わず手を引こうとしてしまう。
「手を握らないでくださいね。手のひらを広げるようにマッサージすると、疲れやコリが取れやすいんですよ〜。」
コリってなんのことだろうか。
よくわからないが、最初のむず痒いような感触が、だんだん変わっていくのがわかった。
手しか触られていないのに、全身に何かが巡っているのを感じる。これが魔法か。
体が暖かくなってくる。
これは、いい。
「気持ちいい・・・」
血は心臓から全身にはこばれるというが、ルイーズに触れられているところが第二の心臓になった感じだ。
「どこか鈍く痛むところはありませんか。」
いつも弁論調のルイーズが、やたらしおらしく声をかけてくる。
「手には反射区っていうそれぞれの体の部位と繋がった部分があるんです。手を揉むんで鈍く痛いところをほぐすと、そこと繋がっている器官の調子が良くなるんですよ。」
「ああ・・・」
ルイーズは私には分からない魔法用語を喋っているが、普段よりも優しい言葉遣いがなんだか身に沁みる。
心地いい。
魔法ってこんな使い方もできるのか。体がふわふわしてきそうだ。
「手だけじゃなくて、全身があったかくなってきた。」
「そうですか。手には神経が集まっていますからね、手をほぐすと全身の調子が良くなるんですよ。」
少し照れたように嬉しそうなルイーズをみる。
魔女は魔法をかけている時が一番綺麗なのかもしれない。
この子の純粋な笑顔を見るのは初めてだ。目が大きくて口の小さい人形みたいな顔は、改めて見ると類い稀な美しさだ。少女のような柔らかい雰囲気だが、まつ毛が少し長いのがアクセントになっていて、可愛いとも綺麗とも言える。
「顔はパトリシアよりも綺麗なんだよな。」
「えっ。」
ルイーズが戸惑ったような声をあげる。ありがたいことに手は止めない。
・・・今何を言ったんだ私は。
空いていた片手で口を塞いだ。
気づいたら口に出してはいけないことを言っていたのに気づく。婚約者になんて失礼なことを。あと今の関節伸ばされるやつ気持ちいい。
「そこまでにしましょうルイーズ様。」
モードリンが止めに入った。私の願いも虚しくルイーズは手を止めてしまった。
「モードリン、まだ途中ではないのか。」
「お気づきかわかりませんが、男爵自身が堕ちかけています。」
「それは違う。」
堕ちかけてなどいない。ただこんなにルイーズに顔を近づけたことはなかったし、任務上の必要性からくる関係しかなかった。改めて綺麗な顔だと思っただけで、魔法は関係ない。あと弁護士調の口調がなんだか母を思い出すものに変わっていたので、不意をつかれただけだ。
もちろん魔法をもう少しかけてほしいと思うが、私の心はいたって正常だ。
「これはすごいですね、大司教様。」
トマスが他人事だと思って興奮している。私を見世物にした罰は後で受けてもらわないといけない。
大司教様も感銘を受けたようだったが、心地が良かっただけで私は魔法に堕ちてなどいないし、夢中になっているなんてこともない。
「ルイーズ、反対側の手はしなくていいのか。」
「男爵、戻ってきてください。先ほどのウィロビーに近づいてしまっています。」
モードリンの必死の嘆願で、魔法テストは中止された。
まあいい。ルイーズの後見人になるのは私だし、まだチャンスはあるはずだ。
なんだかルイーズを王子に譲りたくなくなるような、不思議な感覚に私は包まれていた。




