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CCXXXVII 再従姉妹ブリジット・レミントン

コルセット、ベルト、ヒップレスト、靴を脱いでもらったので、エリーを触診できる体制は整っていた。ただ、聞いたところによればぎっくり腰のはずなのに、さっきからエリーはもじもじしているし、あんまり痛そうな様子がないのよね。


ぎっくり腰の炎症がひどい場合、痛いような刺激を与えるのは良くないから、その意味ではマッサージ向きだけど、とりあえず私は現状を確認する必要があった。


「それでは軽く指で触れていきますので、少しでも痛かったら言ってくださいね。」


「は・・・はい・・・リディントン様・・・その、先程も申し上げましたが・・・私、本当に何の心得もありませんので・・・ですから、その・・・」


もじもじと躊躇するエリーを見て、はとこのブリジットに初めてマッサージしたときのことを思い出した。今ではノリッジ・マッサージ協会隠れメンバーのあの子も、はじめはこんな感じで怯えていたと思う。マッサージのない環境でいきなり背中を触られるのも確かに不安を呼び起こすかもしれない。


「大丈夫ですよ。誰でもはじめては不慣れですから、私に任せてください。」


思わず当たり前のことをいってしまったけど、私は楽観的になってきた。症状はあきらかにぎっくり腰にしては軽症だと思うし、多少不慣れな感覚があっても今のエリーは暴れそうにも見えない。


ぎっくり腰は急性の腰痛のことだけど、急性と言っても大抵の場合は慢性的な腰痛のポテンシャルがある人がなる。エリーは猫背ではなかったから、たぶん腹筋が弱くて反り腰になっていて、背筋が固まってそまっていると思う。


とりあえず、背骨の左右、腰椎のきわの部分を、肋骨の下から指でチェックしていく。


「どうですか?」


多少は背筋が張っている感じがあるけど、異常なほどではないと思う。


「・・・き・・・きもちいいです・・・」


エリーは恥ずかしそうに答える。痛いかどうかを聞いたんだけど。


「それなら良かったです。」


「ん、んんっ・・・」


まだ痛いようなことをしていないと思うけど、エリーは体をかるくよじって苦しそうな声を出した。


「どうしました?痛いですか?」


「いえ・・・でも・・・は、はしたない声が・・・でてしまいますわ。」


確かにレディとしては気になるかもしれない。隣の部屋には男性もいるし。でもモーリス君は事情を分かっている上に聖人君子だから問題ないはず。


ヒューさんは挨拶のときにいなかった気がしたけど、部屋には入ったのかしら。外で待機しているかもしれない。でもヒューさんだって紳士で既婚者だし、なんとかなると思う。


「大丈夫ですよ。声は我慢しないでください。」


マッサージのときはリラックスするのが一番だよね。


「は・・・はい・・・その・・・こういうとき・・・どんな姿勢をするのが・・・」


腰痛の程度に酔ってはこうしてうつ伏せに寝ているだけでもつらいと思うけど、エリーは特に不満そうにはしていなかった。


「そうですね、四つん這いになるのが楽ですよ。ただし背中の筋肉を使わないようにしてください。でも今回はそのまま、楽にしていていただいて結構です。」


腕で体を支えるのが辛かったら、例えば椅子とか台になるものに腕を乗せてもいいけど、この暗い部屋には見当たらない。どのみちマッサージをするんだから四つん這いになられても困るけど。


「んんあっ・・・」


私が尾骨の上、仙骨の部分を触ると、エリーはビクリと体を動かした。


「痛いですか?」


「すこし・・・」


確かに、背中の下の部分と比べてヒップ部分、骨盤周辺の筋肉がすごく張っていると思う。触ってみてもかなり硬くなっていた。ストレッチしたほうがいいかもしれない。


「一旦仰向けにゴロンと転がってもらえますか。まず足の可動域をチェックしていきます。」


エリーは割とスムーズに反転してくれた。


「それでは足を上げていきますね。」


「ひゃああっ!」


私が右足を持ち上げて軽く膝を曲げてもらうと、エリーは高い声をあげた。これが痛いとなると思ったより症状が思いことになるけど・・・


「痛みますか?」


「そんな・・・こんなカエルみたいな・・・はしたない格好を・・・」


暗い部屋でも分かるくらいにエリーの顔は真っ赤だった。たしかにスカートでこの体勢は恥ずかしいかもしれないけど、痛いのかと思ったから私としては拍子抜けだった。


「大丈夫です、全くはしたなくなんてありません。」


普通にストレッチでとるような姿勢だし、エリーは足が綺麗だった。少し羨ましくなる。


「・・・・でも・・・見えちゃ・・・」


「暗くて何も見えませんから、安心してください。綺麗なお足で・・・いえ、よく見えません。」


見えないと言っている側からセクハラ発言をしそうになって、私は慌てた。今の私は一応ルイス・リディントンなのが厄介ね。ペチコートは上から手で抑えて、ひらりとならないようにしておく。


エリーはしっかりしているし、正体をばらしてもいいんじゃないかと一瞬思った。でもドアはあいているし、そもそもエリーの周辺人物が信用できない。


「んっ・・・あっ・・・」


足を動かしてみたときのエリーの反応を見る限り、よくある軽度の腰痛だった。


反り腰が強すぎて腹筋があまりない人の場合、脊柱起立筋、いわゆる背筋が固まってしまって、それが股関節の硬さにつながってしまうことがある。さっき触った感じだと、腸腰筋はそこまで悪い状態じゃないかわりに、骨盤の横にある中殿筋・小殿筋あたりの張りがひどかった。でもあのあたりは指が入りづらいのが難点になる


「ゆっくり上体を起こしてみてください。私も手伝いますね。そうです、そうしたら、ゆっくり前に・・・」


「ひゃんっ!」


私が仙骨の部分を持ち上げながら、エリーに上体を倒してもらおうとすると、エリーはまた声を上げた。痛そうな声ではないと思う。


「・・・そんなところを・・・さわっては・・・」


エリーは恥ずかしそうだったけど、意外と体は柔軟みたいで、前屈の姿勢は綺麗だった。前にあったときには姿勢も綺麗だったし、とても腰痛持ちには見えない。


「大丈夫ですよ。とてもやわらかいですね。」


「え・・・」


エリーはそんなことを言われたことがなかったのか戸惑っていたけど、すこしは体がほぐれた感触もあったので、そろそろマッサージに入ろうと思う。


「それではうつ伏せにもどってください。もう一度指を入れていきます。」


「リ・・・リディントンさま・・・あの・・・できればその・・・いちいち宣言しないでいただけると・・・」


「えっ?」


エリーは私の顔を見て恥ずかしそうに嘆願した。私としてはマッサージが何を意図していて、どういうメカニズムで効くのかを解説するのは大事だと思っているのだけど、でもそういうことを好まない人もいるのかもしれない。


「わかりました。痛かったら言ってくださいね。」


うつ伏せになってもらうと、私はマッサージに入った。さっき触った肋骨の下、腰椎のキワの部分から始める。


「・・・あっ・・・んっ・・・」


エリーは気持ちが良さそうだった。背骨のキワのマッサージは気持ちよく感じることが多いけど、この後の中殿筋・小殿筋のマッサージは痛いかもしれない。痛くしないと約束したけど、どうしよう。


それにしても、エリーは腰痛を持っている人には珍しい、あんまりゆがみがない背骨をしていた。


「綺麗な体・・・失礼しました。」


黙っていると言っていたのに発言してしまいそうになって反省する。


「ん・・・んんっ・・・」


エリーはさっきから声を我慢している様子で、ときどき苦しそうに声を上げた。


「我慢しないでくださいね。」


筋肉が固まってしまっている上体をほぐそうとしているのに、力が入ってしまうとよくない。


「・・・あ・・・我慢・・・できませ・・・あっ、ああんっ・・・」


とりあえずエリーは気持ち良さそうにしてくれているし、背筋・腸腰筋の状態も良くなってきていると思う。さすがに腰痛はそんなすぐに治るものではないけど。


「まだつらいですか?」


「・・・ほんと・・・きっ・・・きもちいいのっ・・・やあんっ・・・リディントンさまあっ・・・」


次第に背骨から離れた位置をに手を移していったから痛いか心配だったけど、今の所そこまで痛そうな様子はなかった。


「・・・あんっ・・・やあっ・・・そこだめえっ・・・」


「わかりました。止めますね。」


腸骨のすぐ上のあたりをマッサージしているときにエリーが辛そうな声をあげたので、私は手を止めた。


エリーは私を少し恨めしげにみている。


「やっぱり痛かったですか?」


「や・・・やめないで・・・素直じゃなくてごめんなさい・・・」


エリーが顔をふいとそらすようにして私から反対側を向いた。ひょっとすると、ビリっとしびれがあってびっくりしてしまったのかもしらない。


「気にしませんよ。遠慮しないでくださいね。」


私はさっきの作業を再開した。


「・・・あ・・・これ、きもちいいですっ・・・やあっ・・・もうすごいのっ・・・」


エリーはすっかりご満悦みたいだった。触る前だったらマッサージなんか必要なさそうな、綺麗な背筋なんだけど。


「素敵な体をお持ちですね。では、次はすこし横向きに寝転んでもらますか。」


「ふあ・・・は・・・はい・・・」


エリーはぼうっとした顔をして、横向きになってくれた。大腿骨の付け根周辺のマッサージ。いよいよ痛いフェーズになってしまいそうだけど、慎重に作業すれば大丈夫だと思う。


「ちょっと痛いかもしれませんが、すぐ楽になると思います・・・あれ・・・」


エリーの中臀筋は想像以上に硬かった。思うように親指が入らない。そもそもこの簡易ベッドは決してベストの高さじゃないから、もともとそこまで力のない私にはすこしやりづらかった。


「この体勢では・・・失礼します。」


「ひゃん!」


私はベッドに乗ると、エリーの上の足を支えるように私の膝を入れた。こうすると腰より下の筋肉が張りすぎなくてマッサージしやすい。


そうは言いつつ、簡易ベッドは二人には狭かったし、私はベストの位置には陣取れなくて、あんまり指に力が入らなかった。


男性のお客さん相手だと、この部位のマッサージには肘を使うことがある。女性にするとは思わなかったけど、力を入れすぎないようにすれば大丈夫だと思う。


「なるべく痛くないようにしますね・・・」


割と平行に近い斜めの角度を心がけながら、肘で圧力をかけていく。


「やっ・・・んっ・・・い・・・いたいです・・・リディントンさま・・・」


やっぱり痛かったみたい。


「やめますか?」


「・・・や、やめないで・・・やあっ・・・戻って・・・あっ・・・指よりすごいのっ!」


どうやらエリーはそこまでいたがってもいないみたいだった。ほっとして、さっきよりちょっとリズミカルに圧力をかけていく。


「・・・あっ・・・だめっ・・・ぐりぐりしすぎですっ・・・」


「すみません、少しずつ押す場所を変えていきますね。」


少し調子に乗ってしまっていたみたい。当初のターゲットの周辺を、さっきより優しく力をいれていくと、エリーがまたひくっと体を動かした。


「・・・あっ、あん・・・こんなことをされたら、・・・んっ・・・わ、わたし・・・」


また『もうお嫁にいけない』パターンかしら?


「大丈夫です、私を医者だと思って・・・」


「・・・赤ちゃんできちゃう・・・」







「できるわけないでしょおおおおおおおおおっ!!」




私の叫びが部屋にこだました。


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