CCXXXIV 侍女アン・スタッフォード
王女様の局に、今度はスッキリした感じの美人さんが入ってきた。侍女二人のエレガントな格好とくらべると、あきらかに女中さんという感じの黒い地味な服を着ている。キャップのせいで髪の色はあんまりわからない。
「アン様、さきほどの火事で北棟の厨房が混乱していまして、準備には時間がかかってしまうということです。またビールが何者かに盗まれていたようでして、厨房では食材の点検が行っています。」
「ありがとうアグネス。どうなさいますか、メアリー様。」
シルバーブロンドのアンさんが応対をした。どうやらこのメイドさんはレディ・ブラウンについているみたい。
ビール樽はちゃんと許可をとって調達したと思っていたけど、考えてみれば現場に誰も残っていなかったのかもしれない。
「それは困りますの。でもビール樽が消えるだなんて、とても恐ろしくてよ。」
王女様も少し不安そうだった。私もお腹が不安で仕方がないけど、今はエリーの様子をみたい。
「メアリー王女殿下、ビールは消火に使われていました。時間がかかるようでしたら、諸般の事情により先延ばしになってしまっていたレディ・グレイの診察をさせてください。」
「どうぞ診察なさって。でもモーリスは部屋に入ってはいけませんのよ。」
当然のようにモーリス君についてきてもらうつもりだった私は虚をつかれた。
「なぜですか?モーリス君が不埒なことを考えないのはご存知のはずです。」
「いいえ。モーリスが入るとロマンチックな雰囲気が理屈っぽくなってしまいましてよ。」
なんだかよくわからない理由だった。
「王女殿下、心配ご無用です。ロマンチックな雰囲気にはいたしませんし、このルイス・リディントン、理屈っぽさには定評があります。モーリス君がいても状況は変わりません。」
「リディントン様、それでも殿方二人で部屋に入られるのは、レディを怖がらせますわ。あの子は恋多き乙女ですけれど、根は純情ですから、そういうことを怖がりかねません。愛のある一対一がよろしいかと。」
今度は黒髪のアンさんが割とまともなことを言い始めた、と思ったら結局勘違いしているみたいだった。
「治療なので、愛はありませんしロマンチックにはなりませんので、では、えっと、レディ・アン・スタッフォード、一緒にいらしていただけませんか。」
さっきの私がブランドン批判をしてから、シルバーブロンドのレディ・ブラウンが私を見る目は少しきつかった。黒髪のレディ・スタッフォードにお願いする。
「遠慮させてくださいまし。フィッツジェラルドは筋肉はあれども不器用でしたから、
エリーは殿方に優しくされた経験があまりないのです。これはいい機会ではございませんこと?もしエリーが嫌がって助けを呼べば駆けつけられる距離ですから、大丈夫でしょう。」
レディ・スタッフォードは淡々と断った。何のいい機会なのかしら。そもそも私女なんだけど。
「レディ・スタッフォード、レディ・グレイが安心することを考えて、そこをなんとか・・・」
「リディントン様、私がいてもあの子は恥ずかしがって遠慮するだけですわ。」
たしかに、マッサージされているところを見られるのも気が進まないかもしれない。
「リディントン、往生際が悪いのではなくて?一人でいってらっしゃいな。」
王女様が笑顔で命令を下したけど、なんで私が追い込まれていることになっているんだろう。
「では、間違いが起きないよう、ドアをあけておきますね。改めて申し上げますが、私は医者なので、レディ・グレイの体に触れても『もうあなたはお嫁にいけないわ』なんてナンセンスな展開にしないようにお願いします。またレディ・グレイが異変を訴えた場合は、侍女の方がお部屋にお越しいただける体制でお願いいたします。」
「よくってよ。わたくし達、一切邪魔をいたしませんから、こころゆくまで『診察』なさって。」
妖精さんは楽しそうにゴーサインをだした。ちょっと怪しいけど。
「じゃあ、いってくるね、モーリス君。」
「お待ちしています。」
モーリス君は緊張した笑顔を見せた後、私に囁いた。
「(聖女様、レディ・グレイは他の二人に比べればまともな感覚の持ち主です。おそらく問題はないかと。)」
「(そうね、前回会ったときもまともだったわ。)」
さっきアグネスと呼ばれていたメイドが隣の部屋のドアをあけて、促されるままに、私は少し薄暗い部屋に入った。