CCXXX 王女メアリー
私達が通されたメアリー王女の局はクリーム色で内装が統一されていて、火事のあとだっていうのに小さなキャンドルがたくさん並べられて、ふんわり暖かい印象だった。
クリーム色のドレスを着た少女が一人、奥の台座から立ち上がって私達の方に駆けてきた。
「まあ!あなたがルイス・リディントンですのね!?先程の活躍には感動いたしましたの!カニ歩き、見ていましてよ!」
口調はおっとりしているけど、高い声も話し方も嬉しそうで元気がある。この人が、メアリー王女殿下だよね。
王族に対する礼儀ってどうするんだっけ。ヘンリー王子も姫様もいい加減な人たちだったから大事にならなかったけど、一応手順があったと思う。とりあえず膝をついて礼をしておけばいいのよね?顔を上げろと言ったら目を合わせるのよね?
「お褒めに預かり、この上なき光栄で・・・殿下!?」
ほっぺたに温かい感触があって、私はびっくりした。
「火事を鎮めてくれたお礼のキッスをしてさしあげましてよ!ほんとうに肌がきれいでいらっしゃるのね!」
思わず顔をあげると、いたずらっぽそうに笑う少女の顔が目の前にある。
メアリー王女は、いたずら好きの妖精みたいな、楽しそうな感じの美少女だった。ヘンリー王子と比べると髪の色は少しだけ暗めで、すごくツヤツヤした光沢のある薄赤茶色。カチューシャみたいな可愛い髪留めが似合っている。パッチリした目はまぶたが二重で、眉毛はスッと薄め。12歳なのに口紅がぬられた唇が妙に艶っぽくて、さっきキスされたことを思い出すと同性でもドキッとする。
「・・・お褒めに預かり、光栄です。」
びっくりしてしまった私は、とりあえずさっきいったセリフを繰り返した。私にキスするためにかがんでいた王女は、台座に戻らずにくるくる私の周りを動き回り始めた。
「あらあら、かしこまらなくともよくてよ。ほんとうに、声も見た目も可愛らしくていらっしゃるのね!これでもっと筋肉がお有りで、お髭がお似合いだったら、わたくしに付き添って東の国にきてもらうところでしたのに!」
え?
12歳にしては好みがませていませんか、王女様?前世の中学生向け少女漫画のヒーローには髭の似合う筋肉男なんていなかったと思うけど・・・
私が混乱していると、モーリス君が挨拶を代わってくれた。
「メアリー王女殿下に置かれましては、この度の困難をものともせず、なおすこやかでいらっしゃること、心よりお喜びを申し上げます。」
「まあモーリス!いつもいつもそんな堅苦しいことを言っているから女の子に人気がないのではなくて?」
王女の後ろで控えていた二人の侍女がクスクスと笑った。
メアリー王女殿下、その見立てはあっているかもしれないけど、言っちゃうのはマナー違反でしょう?私はモーリス君、けっこういいと思うけど。
「我が身は神に捧げておりますゆえ、若いうちの他人の評価に一喜一憂せず・・・」
「あらあら、さっきからのお話、フィッシャー司教の説教よりもさらにつまらなくってよ!神様しかモーリスと両想いになってくれないのではなくて?」
くるくると部屋を動き回りながら、妖精みたいな笑顔でモーリス君をグサグサにするメアリー王女殿下。後ろの侍女二人が囃している。
モーリス君の言っていたとおり、この二人あわないわ。
「さあふたりとも、せっかく訪れてくれたリディントンを宴でもてなしてさしあげなさいな。特別に私もリュートを披露してさしあげてよ。ギルドフォードお母様も呼んでこられないかしら。」
メアリー王女は私の祝勝会(?)をしてくれるつもりらしく、お腹が空いている私としては大歓迎なのだけど、でもその前に侍女の二人をチェックする。
一人は少しくせのあるシルバーブロンドの、すこし挑戦的な目付きをした女性。スザンナや姫様ほどではないけど丸みを帯びた体つきで、でも二人よりも姿勢がいい。露出の多い黒のドレスを着ていて、全体的に艶っぽい感じがする。
もう一人はエキゾチックな黒眼をした黒髪の女性ので、メアリー王女よりもはっきりとした二重はお化粧の結果かしら。目鼻立ちのはっきりしたグラマラスな感じで、体の曲線が強調されるダークレッドのドレスを着ている。
12歳の王女がこんなセクシー美女を従えていていいのかしら?モーリス君はさっき『あけすけ』って言っていたし・・・
「(モーリス君、どっちがどっち?)」
王女様がパーティーの準備で気が散っていそうな隙に、モーリス君に小声で話しかける。
「(シルバーブロンドの方がレディ・アン・ブラウン、黒髪のほうがレディ・アン・スタッフォードです。)」
「(ありがとう。アンが二人ってややこしいわね。トマスじゃないけど覚えられる気がしないわ。)」
とりあえずふたりのアンは腰が痛そうにはみえないし、この場にエリーがいないということは消去法で腰を痛めたのはエリーだと思う。
「王女殿下、格段のお心遣い、痛み入ります。宴には喜んで参加させていただきます。ですがその前に、侍女のかたが一人腰を痛めたと伺いました。気がかりなのですが、その方はレディ・エリザベス・グレイでしょうか。」
メアリー王女は妖精みたいな目をキラキラ輝かせた。
「まあ、エリーを知っていらっしゃるのね!ええ、あの子は私がいいと言うのに無理におぶろうとして、そうしたら腰が痛いと言い始めて、サー・アンドリューがすっかり慌ててしまいましたの。エリーはいい子だけれど、すこし大げさなところがありますのよ。」
ここでも愛称はエリーなのね!ちょっとうれしい。
「そうでしたか。幸い私は医療の心得がございまして、ここにいるモーリス・セントジョン君の肩を治療した実績がございます。もしよろしければ、私にレディ・グレイを診察させていただけないでしょうか。」
「よくってよ。エリーは隣の局で横になっていますから、どうぞ診察なさって。」
心配していたのに、あっさりOKが出た。
「・・・ありがとうございます。それで、診察のためにレディ・グレイの腰を触れる必要がありますが、私は男とは言えあくまで医者でして、レディ・グレイの評判に傷がつくようなことは一切ないようにと・・・」
「まあ!まあ!まあ!」
さっきからじっとしていなかった王女様が立ち止まって、興奮したように両手を動かしてはしゃいだ。目を輝かせていて、本当に一挙一動が妖精みたい。
「下心でいっぱいでいらっしゃるのね!」
「「いいえ!!」」
私とモーリス君の声が同時に響いた。