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CCXXVI メアリー王女付警護責任者サー・アンドリュー・ウィンザー

私はまだ暗い中庭をぐるりと見回した。


「ふう、一段落したかしら。」


火傷をしていた人たちを切れた水道管の近くににあつめて、服の上から患部に水を流してもらった。重症な人はいないみたい。私はほっとしてすごくお腹がすきはじめていた。


「火傷を負った人はこれで全部ですか、サー・アンドリュー?」


サー・アンドリューらしい影にむかって話しかける。あたりが暗くて相手の顔が見えないと少し不安になるけど、油を警戒しているのかみんな松明やランタンを中庭に持ち込んでいないみたいだったからしょうがない。


「私が把握した限りでは。ただし、噴水で剣を振るっていたあの剣士が数に入っていない。まだ噴水の近くにいるかと思う。それと、火傷ではないものの腰を痛めたメアリー王女殿下の侍女がいる。本来彼女たちの警護は私の任務だったが。」


サー・アンドリューはさっきから私に誠実だった。ルイス・リディントンという身元不明の若者が突然現れて、しかもライバルの副官と言われたらあまりいい気はしないと思うけど。


そして剣士ね・・・あの火事を広げた元凶を思い出して私はちょっと複雑な気分になったけど、多分良かれと思ってやったんだろうし、様子を見てあげようと思う。侍女さんのマッサージはその次ね。


「わかりました。さすがに何も見えないとどうしようもないから、ランタンを持っていってもいいでしょうか。」


「・・・焼けていた場所には水を撒かれたが、その上に油がまだ浮いている。安全なところに移動させてからがよいかと。」


確かに、灯籠が倒れて起きた火事を、ランタンで再現したくない。


「わかりました。では担架を用意して噴水まで衛兵を二人送ってください。火傷の患部は30分くらい水に晒したら、さっきのやり方で縛るといいと思います。よろしくおねがいします。」


「承った。」


国王陛下の筆頭侍従さんは、一介の従者なはずの私にうやうやしく返事をして、担架を準備しにいった。イケメンではないけど言動からして誠実そうな人だった。南棟での初対面のときに『ネスミっぽい』なんて思ってごめんなさい。


さてと、明かりがないと火傷の処置なんてできないけど、とりあえず具合を聞くだけでもしてみようと思う。一応患部をしばるための布をもっていく。あの剣士は火が消える直前まで剣舞をしていたし、あんまり心配はしていないけど。


噴水が止まって水位も下がっていた丸池に、私は小走りで向かう。地面で炭みたいになった木片を踏まないようする。


足元に気をつけながら前を見ると、噴水の縁に男の人の影が横たわっているのが見えた。たぶんあの剣士だと思うけど、あんまり元気そうには見えない。疲れただけだといいのだけど、まさか煙を吸ってしまったかしら・・・


「きゃっ」


気がそれたときに油と水で濡れた土に足をとられて、私は危うく倒れ込みそうになってしまった。


このまま倒れたらモーリスくんの素敵なローブをどろどろにしちゃう。土埃でけっこうひどい状態になっているかもしれないけど、泥水は次元が違うよね。


私のバランス感覚を最大限駆使して、私はよろよろと前進して、男の人の影のお腹に手をついた。セーフ。


「ぐあっ・・・」


すごく苦しそうな声がした。でもちゃんと生きているのが確認できたし、モーリスくんのローブも無事だし、いいことばかり。でもお腹についたはずの私の手が濡れたのに驚いた。


「ずぶぬれですね・・・すみません、私はウィンスロー男爵の副官のルイス・リディントンです。お具合はいかがですか?」


「・・・り・・・ぐ・・・?」


剣士さんは息が苦しそうだった。声もかすれて聞こえて、本当はどんな声をしているのかはわからない。顔もよくわからないし、なんだか手がかりがなさすぎて困る。


「煙を吸っていませんよね。それが心配なのですが。ヒューさん!ヒューさん!」


ヒューさんが見えたわけではないけど、ヒューさんがいそうな方角に向かって私は叫んだ。


「なんでしょうか?」


私のターゲットから馬車一台分くらいずれたところから返事がした。


「噴水までビールをもってきてください!大きめのカップで!」


「わかりました!」


ヒューさんはビール樽部隊を率いていたから、中庭に転がっているビールを調達してくれると思う。うがいをしてもらおう。水を川まで汲みに行ったくらいだから、近場では飲料水は手に入らないだろうし。


「・・・う・・・るさ・・・」


剣士さんがうめいた。


「今飲み物を持ってきてもらいますね。それよりも、このまま濡れていたら風邪をひきます。これは患部を覆うための麻布で、木綿より肌触りがよくないかもしれませんけど、失礼します。」


「・・・ん・・・」


私ははだけていた服の中に手を入れて、上半身を軽くぬぐった。やっぱり剣士だけあってかなりいい筋肉の付き方をしていると思う。もちろん、モーリス君みたいな感じで『もうお婿にいけない!』なんて言われたら困るから、際どい箇所は放置する。濡れた後で夜風にあたっていたにしては、思ったより体が冷たくなかった。


「次に足の方も・・・あれ、やけどしましたか?」


ズボンは水を吸っていたけど、触った感じだとあきらかに焼けたような痕跡があった。この人はかなりの間踊っていたから、まさか火傷していたなんて思わなかったけど。


「この足であの剣舞をしていたなんて、ほんとに余・・・頑張りましたね。今のところは、足を水に付けておきましょう。担架で運ばれたら、足の火傷を診てもらってください。」


余計なことをしてくれたわね、と言いたくもなったけど、本人が弱っているのにひどいことをいってもいいことがないよね。


足をゆっくりと噴水側におろす。水はぬるくてちょうどいいくらいだと思う。


「・・・う・・・」


「剣舞、かっこよかったですよ。髪も拭いていきますね。」


私は池の縁石の、触った感じだとあまり濡れていない箇所に腰掛けた。モーリスくんも外のベンチに座るくらいなら許してくれると思う。


火にさらされていたせいか石は温かくて、剣士さんの体があんまり冷えていないのはこのおかげなんだと思った。


「毛先が火の粉を拾ったみたいですね、髪先がすこし縮れています。」


「・・・んんっ・・・」


剣士さんの髪はモーリスくんほどサラサラではないけど、スムーズで手触りは良かった。頭皮が焼けたりした感じはないから、火傷は足だけだと思う。


「気になるところはありますか?」


「かゆ・・・い・・・」


息が整ってきたのか、まだかすれ声だったけど、剣士さんははじめて私にも分かる単語を口にした。


「かゆいのは・・・後頭部ですか?ここは?」


「・・・ほあっ・・・」


よくわからないけど、『ほあっ』はイエスってことなのかな。


髪を拭き終わるくらいのタイミングで、ヒューさんらしき人影が駆け寄ってきた。


「ルイー・・・ス様、エールをお持ちしました。」


樽に入っていたビールは苦いやつだったみたい。


「ありがとうヒューさん。剣士さん、うがいできますか?」


「・・・ウガイ・・・・?」


そう言えば、現世でうがいをしている人にあったことないのよね。レミントン家では頑張って広めたんだけど。


「ガラガラッ、ペッって・・・」


「・・・ガラガラ?・・・」


うがいを説明するのって難しい。


「ビールを口に含んで、口をゆすいで、はき出してください。」


暗くて顔の見えない剣士さんは混乱していた様子だったけど、私が差し出したビールを言われたとおりに口に含むと、飲まずに噴水の外側に出した。飲みやすいように頭を私の膝の上に乗せて角度をつけていたけど、剣士さんはモーリスくんの服にかからないようにちゃんと気を遣ってくれた。


「よくできましたね、お口をふきましょうね。」


なんだか赤ちゃんをお世話しているような気分になってきた。


「担架がきました。」


ヒューさんの声で振り返ると、担架を持った衛兵が二人、近くについたところだった。


「よかった。剣士さんは足に火傷があるようなので、搬送先でさっきのように治療してもらってください。私は腰を痛めた侍女さんのところに向かいますね。」


私が剣士さんを衛兵に預けると、剣士さんが私の方を向いた気がした。もちろん顔も表情もわからないけど。


「名を・・・」


名前ね、最初に名乗ったけど、混乱していてそれどころじゃなかったのかもしれない。


「私はヨーマスのルイス・リディントン。ヘンリー王子殿下の従者で、ウィンスロー男爵の副官を務めさせて頂いております。以後お見知りおきを。」


「・・・り・・・る・・・」


剣士さんはまだ苦しそうだった。


「無理して自己紹介しないで大丈夫ですよ。それでは失礼します。お体にお気をつけて。ヒューさん、メアリー王女一行の避難先はわかりますか。」


「はい、北棟までご案内します。」


担架で運ばれる剣士さんを見送りながら、私はヒューさんの影の後をついていった。




でも私には少しだけ引っかかるところがあった。




思い出してみる。火の中で剣舞していたシルエット、手で触れた感覚、コップを差し出したときの口元・・・




ひょっとして・・・






イケメン?




* サー・アンドリューの口調を修正しました。(2021.1.9)

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