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CCXXIV 教育係トマス・ウォーズィー

王子様と俺たちが中庭にはいったときにちょうど歓声があがった。水道管から水しぶきが火に向かって飛んでいて、その辺りは火が弱くなっている。でも火はおさまってはいなくて、なぜか中庭に転がっていた酒樽を燃やしていた。


「・・・斧の人はまだとどまって!体格のいい人も残って!」


リディントンが先頭で消火を指示している。


「斧の人が完全に水道管を切ってくれたら、すぐに水道管の切り口付近を持ち上げます!重いけど頑張ってください!」


水道管を運ぶのか?あんな重いものを無茶な。


「リディントンは切り口が斬新だな。そして私も体格には自信がある。」


王子様は切れている水道管の先っぽの方向に走っていった。


「待って。王子様!」


そんな大工みたいな仕事を王子様にさせちゃいけない。必死で後をおいかける。ウォーズィー司祭とハーバート男爵も俺の後に続いた。


「ブランドン、今こそその無駄な筋肉を役に立てるとき!水道管を持ち上げるのを手伝ってね!」


リディントンが王子様に向かって叫ぶ。


「王子様、ブランドンと間違えられていますけど。」


「構わない。そのほうがリディントンも指示しやすいだろう。」


王子様はリディントンにすごく甘い。


「でもでも、王子様の自慢の筋肉が無駄って言われて・・・」


「案ずるな。無駄ではないと見せてみようではないか。」


王子様はなぜかやる気に満ちていたけど、暗くて見えないまわりの衛兵も同じような雰囲気だった。悔しいけど、なんだかリディントンの指示には火を消し止めそうな勢いがあった。


「斧の人、管を完全に叩き割って!切り口のあるところを狙ってください!」


「ふん、人使いの荒い・・・」


斧の人って誰だかわからなかったけど、大男が水しぶきのでているところに斧を落とした。水しぶきがおさまって、ジョロジョロと水が流れる音がする。


「さあ、斧の人も手伝って、みんなで『せーの』の合図で持ち上げますよ!特に体格のいい人は前の方に陣取って!」


王子様は一番前の、いちばん大変なところに陣取った。俺は王子様の後ろで、水道管を抱える。王子様の右後ろにはまた体格のよさそうな騎士がいて、そのうしろにウォーズィー司祭が入った。


「せーの!!!」


リディントンの合図で水道管を持ち上げる。


重い。それに痛い。


「グッ」


俺が泣きそうになっていると、前の王子様も苦しそうな声を上げた。


「頑張って!」


呼びかけるリディントン本人は参加していないけど、でもなぜかそれが自然な気がした。


「いいですか、つづいて私の合図で右に動いていきます!まずは右足から、私のカニ歩きを真似してみてください。」


カニ?


リディントンの後ろ姿が、なんだか格好悪い動き方を実演した。でもわかりやすい。


「ではいきます、せーのっ、右!左!右!左!右!そこでストップ!」


「うぐう・・・」


一度動かし始めると勢いがついたけど、とめるときに痛かった。たぶん丸太より重いんじゃないかと思う。

「次は左行きますよ。左足からカニ歩きです。」


俺は息が上がってきたけど、また変な動きをするリディントンをぼおっと見つめた。


「ではいきます、せーのっ!!左!右!左!右!左!右!左!そこまで!」


さっきよりも移動が多かった。足をとられそうになる。王子様も肩で息をしているみたいだ。


「最後は中央奥です。せーの右!左!右!・・・止まって!」


今度は数歩ですんだ。よかった。これで終わりか?これで・・・


「後ろの人、腰を曲げないで、姿勢をすこし低くできますか?前の人、目一杯高い位置に!」


そんな無茶な!ここでカラダをさげるのも大変だし、背が高くて先頭にいる王子様には特に負担がかかる。


「うっ・・・」


苦しいうめき声を上げながら、それでも王子様は水道管の先を上へ上へと上げていった。


「王子様!」


俺はもう汗と涙でぐちゃぐちゃになっていたけど、すこしでも王子様のカラダへの負担が少なくなるように、必死で水道管を持ち上げる。


「オッケー!みんないっしょに、ゆっくりおろしていきましょう!急に下ろすと他の人に負担がかかります。最後まで気を抜かずに!腰を曲げすぎないようにね。そう、ゆっくり、ゆっくり!」


水道管がゆっくり、ゆっくり降ろされていく。腰を曲げないようにと急にいわれたって、王子様みたいに器用にはできなくて、やっぱり水道管が降ろされたときには俺の腰は痛くなってしまっていた。


「うう・・・痛い・・・」


「大丈夫かコンプトン。すまない、私のせいで負担をかけてしまった。だが火は鎮火した。皆助かったのだ。」


王子様はその場にうずくまった俺の肩を抱いて慰めてくれた。


「水桶の人!もう川に行かないで!馬車から降ろされたお風呂の桶から水を汲んでください!熱い地面に気をつけてね!」


リディントンは水道管以外も全体を指揮しているみたいで、次々に指示を飛ばしている。


「素晴らしい働きだな・・・」


「はい・・・」


悔しいけど、王子の独り言に思わず俺は同意してしまった。今日だけだけど。


「みんなありがとう!まだくすぶっているところは水桶部隊に頑張ってもらいましょう!燃えた土でやけどをしないように気をつけて!腰が痛くなった人は私かお医者さんに診てもらってください!私はけが人を見てきます!」


医者の息子だとか孫だとかいう話はあったけど、リディントンに診られるのは嫌だ。医者にかかろうと思う。


「ルイス・リディントン、万歳!」


「ルイス・リディントン万歳!」


「万歳!!」


「緑の騎士、万歳!」


「水道管の英雄、万歳!」


いろいろな場所から衛兵の歓声があがった。


「ええっと、ありがとう?ありがとう!せめて水の英雄でお願いします、マーケティング的に。でもありがとう!」


またリディントンがわけのわからないことをいっていた。


俺を気遣って腰をおろしていた王子様は、立ち上がって前に出ると拍手を始めた。つられて、その場にいたみんなも拍手を始める。


「スタンリー卿は最初から最後までありがとう!ブランドンも見直したわ・・・見直したよ。火に近い先頭を担当してくれてありがとう。やっぱり筋肉は伊達じゃないんだね。王子との仲も応援してあげる。今日はやけに静かだね?」


王子様へのお礼がブランドンにむけられているのと、筋肉をバカにしているのはひどいとおもうけど、俺がどんな文句をいっても卿の英雄の評判は落ちなさそうだった。


でも、王子様とブランドンとの仲ってどういうことだろう?


王子様は少し首をかしげたけど、結局は文句を言わずに拍手を続けた。大人だ。


「えっと、それじゃあ、私は向こう側のけが人を確認してきます。みんな地面に気をつけてね!」


トテトテと走っていくリディントンを見送ると、ハーバート男爵が前に出て水道管のまわりにいる衛兵たちに向き直った。暗かったからこの人が水道管を手伝っていたかはわからない。


「ここにいるのはチャールズ・ブランドンではなく、ヘンリー第二王子殿下である。ルイス・リディントンとともに、最前線で消火活動にあたった。その栄誉を讃えよ!」


「ヘンリー王子万歳!」


「頑健な王子、万歳!」


「未来の王、万歳!」


なんだか少し怪しい万歳がまじっている気がする。アーサー様にお子様が生まれたら、王子様は王様にならないはずだけど・・・それはないという感じなのかな。


「私は終盤に手伝っただけだ。最初から指揮したリディントンの功績をたたえ、またここにいる全員の健闘を確認しよう!」


王子様が堂々と言い放った。


俺としては、王子様が王様になりたい様子でない今のうちは、アーサー様に長生きしてほしいと思っている。だから今日の行進騒ぎは、アーサー様が生きているって確認できてよかった。


「ルイス・リディントンとヘンリー王子、万歳!」


「ヘンリー王子とリディントン、万歳!」


「最強のカップル、万歳!」


最後のやつはウォーズィー司祭だと思う。ちょっとどよめきがあった。カップルって・・・


「ところで殿下、東棟が燃えなかったため、今晩はこちらでお休みいただこうと思いますが、その後は中庭で修復工事や火事の検証などが行われます。明後日にも違う御所に移っていたこうと考えておりますが。」


ハーバート男爵は仕事が早かった。


「わかった。候補を並べてほしい。」


「それについてですが、殿下、腰や肩のお具合はいかがですが。」


痛いにきまっている。たぶんハーバート男爵は水道管運びに参加しなかったんだと思う。


「痛くないと言えば嘘になるが、ここにいるコンプトンのほうが大変だろう。」


王子様はいつも優しい。


「そうですよね。そこでの提案です。ここから100マイル近くも西になりますが、近頃再開発が進んでいる古代からの湯治場がエイヴォンにございます。そちらでゆっくり体を癒やされてはいかがでしょう。」


「悪くない案だ。コンプトンの体にもいいだろう。今日体を痛めた衛兵たちもつれていきたい。」


鉱泉で体を癒やすのか。今まで経験がないからよくわからないけど、ちょっと気になる。


「承りました。そして医療に造詣の深いリディントンを温泉係に指定するのはいかがでしょう。素人が鉱泉に浸かるだけでは効果が望めません。ここは手取り足取り、湯治のいろはを教えて頂いてはどうでしょう。リディントンに鉱泉を体の各所にすり込んでもらえると尚良いでしょう。」


「そうだな、私に医術の心得はないし、それは心強い。すりこむものだとは知らなかった。それに湯治は心地よいと聞く。リディントンには今回の活躍の褒美としてもいいだろう。」


リディントンも来るのか。なんだか楽しみな気分が半減した。


「ハル王子、温泉は最高の案だと思いますよ。でももっと即効性のある治療をリディントンがして差し上げられるでしょう。リディントンは祖父の腰痛や大叔父の肩の痛みを治した実績の持ち主で、ノリッジの有力者の全幅の信頼を得ています。」


今まで横で控えていたウォーズィー司祭が口を挟んだ。


「リディントンは腰や肩の痛みも治療できるのか。それは頼もしい。そういえばモーリスが何かわめいていたが。だがノリッジ?ヨーマスの出身ではなかったか?」


「失礼、ヨーマスでした。ただしその治療では全裸にならなければなりませんよ。」


「全く構わない。どの道温泉でお互い全裸になるだろう?そういえば、リディントンは屈強な男たちに襲われそうになった嫌な思い出があるらしく、水浴びを嫌がっていたな。温泉も同じ理由で断るのではないだろうか。」


そんなことがあったのか。可愛そうではあるけど、俺が裸でリディントンの前に現れたらいいイタズラになるかも。


リディントンのトラウマが想定外だったのか、ウォーズィー司祭とハーバート男爵は顔を見合わせた。ハーバート男爵が口を開く。


「それは狡猾、いえ気の毒なことです・・・今回は殿下とリディントン二人だけ、二人だけの風呂をご用意します。それなら、殿下にやましいところがない限り、リディントンが断る理由もないでしょう。」


そんなの許せない!


「嫌だ、俺も王子様のお側でお仕えする!王子様とお風呂に入る!」


「コンプトン、リディントンが一緒に入らなければハル王子は完治しないかもしれない。コンプトンがいるとリディントンは嫌がるだろう。大事なハル王子の治療をじゃましていいのか。」


ウォーズィー司祭が畳み掛けてくる。それはそうだけど・・・


「許せ、コンプトン。リディントンにあまり負担をかけたくない。治療が終わったらいっしょに温泉に入ろうな。」


「王子様・・・」


悔しいけど、王子様がそう言うなら仕方がないんだと思う。


「さてハル王子、温泉ではなく治療の話題に戻りますが、その治療では具体的には全裸になって目隠しをされ、仰向けに寝っ転がっている必要があります。腰の治療のためにも、下半身にどんな違和感を抱いてもじっとしていないといけません。」


ウォーズィー司祭の説明が色々あやしい。


「違和感は我慢するが・・・仰向け?うつぶせではなく?」


「王子様、目隠しのほうがおかしいですよ。」


このまま言いくるめられたら王子様が怪しい治療を受け入れてしまいそうで怖い。


「リディントン流の腰の治療では仰向けがよいそうです。不安があればコンプトンで先に試すのはいかがでしょう。」


俺が裸で目隠しをしているところを想像する。さっきはイタズラを考えていたけど、後でリディントンにからかわれたりしないかな。俺は王子様ほど自信がない。ノリスよりはましだと思うけど。


「司祭様、その、大事なところは布とかかけられるんですか。」


「リディントン流の治療では目隠し以外は体を覆わないようですね。」


そんな・・・


「おかしいと思います!なんで目だけ!?」


「そういえばリディントンは私に目隠しをしていた気がする。昼でもよく眠れるようにとの配慮だったようだが。」


殿下はなぜか目隠しに違和感がないみたいで、俺は混乱してきた。


「殿下、コンプトンで試すにせよ、試さないにせよ、リディントンの治療の腕は折り紙付きです。どうせなら鉱泉に滞在中も毎晩していただいたらよいかとおもいます。」


「ハーバート、それはいいアイデアだが、リディントンが疲れるのではないだろうか。」


さっきから心配する対象が間違っていると思うんだけど。


「さすがの気配りですハル王子。リディントンにしても、毎回用意を整えてお部屋に出勤するのも大変でしょうから、治療場と寝台を兼ねるご一緒の部屋で過ごされるのはいかがでしょう。」


「そうです。殿下とリヴィングストン・・・失礼、リディントン、そのお二人のベッドをご用意します。」


ふざけるな!


「反対!反対です!それはおかしいです!」


「ウォーズィー、ハーバート、気持ちはわかるが、寝室係はノリスときまっているし、リディントンも四六時中私といると気を遣って落ち着けないだろう。」


「そうだそうだ!!」


王子様はつっこむ対象がずれている気がするけど、でも今は王子様に全力で同調する。


「ハル王子、この活躍をしたルイー・・・ス・リディントンを、もっとよく知りたいと思いませんか。イメージしてみてください。眠りに落ちるまで二人で語らい、温泉で背中を流しあい、交流を深めていく。これは学びのプロセスです。リディントンから今までなかったものを学び取り、殿下が人間として一皮むけるきっかけになるのです。」


「学び・・・」


やばい。ウィーズィー司祭は王子様の琴線に触れる言葉を熟知してる。


「そうです殿下、殿下の教養についてこられる従者は、ルイス・リディントンかモーリス・セントジョンだけです。一緒に生産的な夜をすごしたいのはどちらですか?」


「当然リディントンだな。教養を深めるという意味では、枢機卿がいれば私は満足なのだが。」


選んでほしい案と選ばれるはずのない案を提示して、相手に選んだ気にさせるのはハーバート男爵のいつものやり方だ。


「枢機卿・・・確かに教養の深い方ではありましたがドン・ペドロはしばらくリッチモンドに立ち寄られておりません。同行をお願いするのは難しいでしょう。それにリディントンは殿下や枢機卿にないものをもっています。でもそれは朝晩のふれあいを通じてしかわからないでしょう。」


「そうです、全ては学び。理論に通じたハル王子は、実践知にたけるリディントンと、明かりを消した後の語らいを通じて、はじめて一人前の大人の男になるのです。王子の教育はこれがないと完成しないのです。」


「一人前か・・・」


ちょっとまって、治療はどこへいったんだ?


「王子様、さっきから腰とかどうでもよくなって・・・」


「殿下、ご決断を!」


「ウォーズィー、ハーバート、私の滞在先および腰と肩の治療、そしてリディントンとの学びについては、すべて二人に任せる。」


暗くてわからないけど、なんだか王子様の目が輝いている気がする。また大人にやられちゃった。


「ありとうございます。それにしても、優秀なリディントンから多くを学ぶのはもっと早く始めてもよかったというのに、いままでレジナルドは何をやっていたのか・・・」


「レミントンが難関なのだよ、ウォーズィー・・・それでは殿下、東棟の安全確認が終わり次第、順次お部屋にお戻りいただけますので、リディントンをお部屋までお送りします。先程申し上げた治療の準備をしてお待ち下さい。」


なんだかよくわからないことを言った後、二人は礼をした。


「二人ともありがとう。これから面白くなりそうだ。」


真っ暗でも分かる笑顔で王子様が返事をする。




おもしろくない。




温泉、治療、学び、全部リディントンが主役だ。下手したら俺の出番がなくなっちゃう。


それにしても、なんで東棟所属じゃないこの二人は、ここまで新任のリディントンをひいきするんだろう。ただの従者じゃなくて、何か秘密がるのかも。


俺はリディントンの身の回りを調べてみようと思い立った。


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