表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/386

XX 宮廷付司祭トマス・ウォーズィー

チーズといちごも素敵な組み合わせだと思うけど、チーズと葡萄にはかなわないと私は思ってる。この世界は冷蔵庫も温室もないから、葡萄が旬になる時期まで待たないといけないのよね。小さい時は季節外れのフルーツが欲しいって言って家の人を困らせていたけど、今はその分季節感があっていいと思う時もある。


「いちごはどうかな。領地の農園で朝に採れたものを送ってもらったのだよ。」


裁判事務を担当した宮廷付司祭、ウォーズィー様がにこやかに話しかけてきた。他の裁判官に比べて若くて、30歳くらいかな。顎が出ているのが気になるけど、こういう鼻が高くて強そうなはっきりした顔つきは、こっちの世界でモテるタイプのはず。


「ええ、とてもみずみずしくて美味しいです。司祭様の優しい人柄がいちごからも感じられますね。」


ノリッジではパーティーにもたまに出ていたし、私は社交辞令は慣れている。言う方も受ける方も。


「ははは、もう無罪なのだから、すり寄ってもいいことはないよ?」


いたずらっぽく笑う司祭様。


そう、どういう訳か私は裁判のあった部屋で裁判を担当した方々と一緒に、いちごとチーズを食べている。仮にも魔女扱いされた身だから、最初はいちごを警戒していたけど、みんなランダムに食べているし大丈夫そう。いちごの季節は終盤だと思うけど、食べてみたらすごく甘くて美味しい。


誘拐未遂事件のせいで大幅に遅れて始まった非公開裁判は、本当に約束通り5分で終わった。男爵の表情が硬かったのは気になるけど、みなさん魔女候補を前にして終始和やかな雰囲気。


「さて、私はこれから修道院で慎ましく暮らす準備をしないといけないけど、その前に家族に無罪を知らせないといけませんね。」


男爵に目配せしてみる。


「すでにフランシスに手紙を送らせたよ。では、私は少しモードリンと話があるから。」


いつもより若干元気がない微笑を湛えて、男爵はロアノークさんじゃない方の護衛の方に近づいて行った。なんだか私から逃げているような感じがする。


「男爵、元気がありませんけど、司祭様は男爵がどうなさったのか知っていらっしゃいますか?」


「ああ、それね。ここだけの話だが、ちょっと耳を貸してもらってもいいかな。」


司祭様はまたいたずらっぽそうな笑いをする。私は彼の顎が当たらないように気をつけつつ耳を近づけた。司祭様が小声で囁く。


「いざ君の魔法を目の前にして、怖じけづいてしまったそうだよ。」


「私は魔法なんて使いませんってば!さっき証明されたでしょ!もう!」


裁判があったばかりなのに、もうちょっと注意して欲しい。


「お嬢さん、私たちが魔女でないといえば君はこの国で魔女でないとみなされる。君が魔女かどうか、私たちが魔女と思うかどうかはまた別問題なんだよ?」


楽しそうな司祭様の小声。


「もう、からかわないでください!」


男爵の知り合いはこういう、緊張感のないいたずらっぽいタイプが多いみたい。裁判長のウォーハム大司教も、真面目に見えてこのシュールな裁判を楽しんでいるみたいな感じがあった。


「正直なところ私たちもちょっと気になっていてね。せっかくだから元気のない男爵にちょっとだけ魔法をかけてあげたらどうだね。」


「だからマッサージですってば。」


裁判では私がノリッジでしていたマッサージは医学行為で、旅のお医者さんに伝授されたことになった。旅のお医者さんは捏造されているけど、あとは概ね正しいのよね。


でも、男爵はさっきのアンソニーの様子を見てびっくりしてしまっていた。


足をしびれさせたのはちょっとやりすぎだったのかな。でもそれを言ったらアンソニーは不逮捕特権のある誘拐犯だし、それぐらいのお仕置きはあって当然だと思う。中学生の分際で私の体型をからかってきたのももちろん重罪に相当する。


そういえばフランシス君もぐるぐる巻きにされていた気がする。あれはかわいそうだった。やっぱり正座の刑は妥当よね。


ただ男爵はあれを見て、ヘンリー王子があんな感じに痺れるところを想定してしまったんだと思う。自分が仕入れた商品がテストしたら不良品だったみたいな状況だろうし、それは確かに落ち込むよね。


軽くマッサージをしてあげて、マッサージへの警戒を解いてもらおうかな。無理やりしたら驚かれるかもしれないけど。


「そうね、悪くないかもしれませんね。」


「だろう、彼が怒ったら私の差し金だと言ってもいい。さあ、見守っているから行っておいで。」


司祭様は明らかにシチュエーションを楽しんでいるけど、友人に魔女をけしかける司祭って何なのかしら。まあ本物じゃないからいいってことにしよう。


「男爵、ちょっと隣に座ってもいいですか。」


男爵の目に躊躇いが見えた気がしたけど、レディの申し出を断るほど男爵は無粋な人じゃない。


「どうぞ。」


護衛のモードリンさんは少し驚いたみたいだったけど、席を外すことはしなかった。


さてと、男爵に自然な流れでマッサージをするにはどうしたらいいかな。手のひらかな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 大変面白いです。 笑いながら拝読しております。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ