CCVI 番人ヘンリー・ギルドフォード
南棟の2階は構造がやたらと複雑で、ようやく東棟につながる塔にたどりついたときには、私はすっかり息が切れていた。
しばらく走ってなかったし、長いローブ姿だからあんまり快適に走れなかった。ブーツも決してランニング向きじゃない。
昼に白い人が立っていた場所には見張りがいないみたい。東棟に入って3階に上れば私の部屋までは一直線のはずだった。
呼吸を整えて駆け抜ける。
「ちょっとそこで止まってくれるかな!?」
螺旋階段を上ってくる足音と一緒に、後ろから声がした。聞いたことのない甘い声。
どうする?このまま逃げる?
だいぶ体力を消耗していたから、逃げ切れるかわからなかった。東棟の廊下は南棟よりも松明で明るく照らされていて、後ろから見られた格好を覚えられるかもしれない。今はモーリスくんのローブを着ているけど。
考えてみればそもそも私は悪いことをして逃げているわけではないし、トマスは逃げろと言ったけど、騒動が起きている中庭から逃げろという意味だったと思う。ここで衛兵に取り調べを受けても別に問題ないと思う。ルイス・リディントンが自分の部屋に逃げ帰るのに文句をつける人はいないよね。
「なんでしょうか、急いでいるのですが。」
振り返ると、そこに立っていた人は衛兵の制服を着ていなかった。琥珀色のインナーに茶色い毛皮のマントを羽織って、銃とランタンを持った大柄の男の人が立っていた。下はタイツみたい。
ブランドンや王子より一回り小さいけど、がっしりとした体格。肩幅は広いけど、ブランドンほど角ばっている感じはなくて、全体的に優しそうな感じがする。太っているわけではないけど。
顔に目を転じると、独特なタイプの甘いマスクだった。顎が少し割れていて、鼻が高い。前世の日本だとまず見かけなかったタイプの顔。目はやさしそうに丸っこいけど、スッと伸びた眉毛のせいかきりっとしているようにも見える。将来ダンディな感じになると思う。大柄だけど、私とあんまり歳は離れていないんじゃないかしら。
服装とフォルムのせいか、全体的な雰囲気が『森のくまさん』っていう感じがする。なんとなく私が前世で『くまさん』と呼んで大事にしていたテディベアを思い出す。
で、誰なのかしら?
「あなたは誰?」
「えっと、それは僕のセリフなんだけど・・・」
困ったように頭に手をやるくまさん。ブランドンもなんとなく熊みたいなイメージだったけど、筋骨隆々のブランドンを野生の獰猛な熊だとすると、目の前にいる人はぬいぐるみ的な愛嬌がある。私のテディベアの顎は割れていなかったけど。
割と庶民的な黒いキャスケット帽を被っていて、髪はすこし癖のある黒髪。明るいところで見たら違う色かもしれない。
「とりあえず、名乗ってもらえるかな?」
声はちょっと甘ったるい感じで、優しそうではあるけど、この部門では深みのあるブランドンに軍配があがると思う。全般的にもっとシャープなブランドンと比べるとゆったりした印象。
なぜさっきからブランドンと比べているのかしら?共通項が多いから?
広い肩幅、高い鼻、甘めのマスク、ピチピチのタイツ・・・
「あっ、わかった!あなたはヘンリー王子殿下の外の従者ですね。四人目の!」
外の従者で一人会えていなかった人がいた。この人は王子の『本当の』好みど真ん中だから、ほぼ間違いなく残りの従者だと思う。
「四人目?四人目じゃないと思うけど、歳だとそうなるのかな・・・まあ、そうだよ、僕はヘンリー・ギルドフォード。ハル王子にお仕えしているよ。」
ちょっと混乱したようだったけど、私とブランドンの初対面と比べたらすごく丁寧な回答が返ってきた。
それにしても、ヘンリー王子はブランドンに操を立てていると信じていたけど、ひょっとしたらこの人はブランドンのライバルかしら。何の根拠もないけどタイプが重なりすぎていて勝手に納得してしまいそうになる。性格はだいぶ違いそうだけど。
とりあえず、この人が王子の付き人なら話は早いはず。
「これは失礼しました。残りの3人とはお会いしたのですが、ギルドフォードさんとはご挨拶の機会がなかったものですから。私はルイス・リディントン。ヘンリー王子の新任の『中の従者』です。」
「え!?」
くまさんは動揺したようだった。話は聞いていると思うんだけど。
「昨日ヘンリー王子殿下に私の歓迎会を開いていただきまして、ギルドフォードさんはお母様とのご用事で欠席というふうに伺いましたが・・・」
「いや、違う、それは聞いていたんだけど・・・話が違うというか・・・」
少し首をかしげながら帽子をいじるくまさん。私が筋骨隆々だったとか、間違った情報を聞かされていたのかしら。
しばらくじっと佇んだ後、くまさんは私を見つめて言った。
「だって君は女の子だよね?」




