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CCIII 相棒ジェラルド・フィッツジェラルド

俺は必死に叫んだが、アンソニーは俺の前をどかなかった。


「魔女様に何をする気だ、ジェラルド。」


「斬る気だ。さあどいてくれアンソニー。」


このセリフを言ってしまえば魔女に操られているアンソニーがどくはずもないか。だが、なぜか騙す気になれなかった。


アンソニーを今操っている主人を殺めるのだ。アンソニーの精神は一体どうなるのか。とりあえず段階を踏んで覚悟させれば受け止められるのではないか。


「やめろ、やめるんだ!」


アンソニーがいつになく強い声で叫ぶ。剣を肩に置いたさっきよりも戦闘的な構えを見せた。


もちろん、俺だってアンソニーの体を傷つけたくはない。だが、アンソニーは震える体を抑えるように、俺の顔の方に剣先を向けてきている。


「目を覚ませアンソニー!」


「ここは通せない・・・」


俺とアンソニーが試合形式で戦ったら俺が勝つはずだ。だが魔女のせいでアンソニーが本当に俺の命を狙ってきた場合、俺はアンソニーに怪我をさせずにすむだろうか。アンソニーはすばしっこいから、俺の剣先が間違った場所に降ろされる可能性だってある。


せめてお互い甲冑を着ていれば・・・


「頼むから目を覚ましてくれアンソニー、このまま魔女の犬のままでいいのか!」


「い、犬っ・・・」


アンソニーが見るからに動揺した。




どうしたのだろう。




考えてみれば、アンソニーは誇り高き武の名門、ウィロビー家の嫡男だ。体のどこかに眠っているプライドが、魔女の性奴隷になっている現状に拒否反応を示しているのかもしれない。


「そうだ、今のお前は魔女にへつらう犬だ。誇り高き騎士だった自分を思い出すんだ、アンソニー!」


「く、ジェラルドもそう思うのか・・・」


俺『も』そう思う、とは?




そうか、アンソニーは魔女に操られつつも、薄々違和感に気づいていたのだ。




光明が見えた。


「アンソニー、俺が助けてやる。お前は誇り高い騎士に戻れる。」


「でっ、でも、犬っぽいって、俺の力じゃどうしようも・・・」


大丈夫だ、この調子ならアンソニーは絶対に更生できる。


「大丈夫だ。自覚は抜け出すための第一歩だ。さあ、武器を置くんだ、アンソニー。俺も一旦は武器を捨てる。俺はお前を傷つけるつもりなんてない。わかっているだろう。」


「ジェラルド・・・」


ちらと横目で確認したが、ニーヴェットはラドクリフに対して防戦一方だった。こちらに切りかかってくる様子はない。


俺はゆっくりと足元に剣を置いた。アンソニーもつられるようにたどたどしく剣を置く。


アンソニーは今、魔女の意向に反したことをしているはずだ。この置かれた剣は、アンソニーの自由と独立の象徴なのだ。


芝生を踏みしめるように、まだ不安そうなアンソニーに向かって一歩ずつ歩いていく。


「俺・・・頑張れば犬じゃなくなれるのか。」


「ああ、俺が保証する。」


そのまま細かく震えるアンソニーを抱きしめる。


「怖かったな、辛かったよな、もう大丈夫だ、アンソニー。」


「ジェラルド・・・」


そうだ、これが俺の知っているアンソニーだ。


今のアンソニーは死神みたいに冷たいかと思ったが、ちゃんと人間の体温をしていた。


「よかった・・・体、あったかいな・・・」


「ジェラルド?」


「何をやっている!ふざけるな、今じゃないだろう!ぐっ!」


後ろでラドクリフが魔女を追うように俺に指示をだそうとしていたが、気がそれたせいかニーヴェットにやり込められたようだ。俺に魔女を追わせるために代わったのだから気持ちはわかる。だが、今はアンソニーが優先だ。


俺はアンソニーが更生するまで面倒を見るのだ。


「怖がることはない、俺達は一心同体だ。ずっと一緒だぞ。」


「そうか?せっかくだから魔女様も一緒に・・・」


やはりまだ魂の損傷が治りきっていないか。魔女を気にするとは。道のりは長く険しい。


だが、道標がないわけではない、それははっきりした。魔女の命を狙う俺をこうして受け入れているのだから。どうにかして、魔女からなんとか気を外らせられればいいのだ。


「あいつの犬になんてなるな!俺だけを見ていろ、アンソニー!」


「ジェラルドだけを?」


「そんな場合かっ!せめて部屋でやれっ!!つっ・・・」


後ろで死闘を繰り広げているラドクリフとニーヴェットの方から意味のわからない叫びが聞こえたが、ラドクリフは余裕を示したいのだろうか。その割には余裕がなさそうだったが。


ランゴバルドはさすがにもう逃げおおせただろう。だがアンソニーが味方に戻れば百人力だ。予定とは違うが、今はアンソニーの更生に軸足を置くべきだ。ラドクリフは後で説明するとしよう。


あのアンソニーが戻ってくるのだ。魔女よりも重要じゃないか。


「今、俺はアンソニーがいればいい・・・」


「・・・ジェラルド、そろそろ離し・・・あれ、息があがってないか?」


さっき走っていたのがここにきて肺にきたか、俺の息が荒くなっていたようだった。ほっとすると疲れが出るようなものだろう。


そんなことより、アンソニーにはまずはゆっくり騎士の自覚を取り戻させないといけない。魔女への依存は、魔女の葬儀でもしたらましになるだろうか。魔女の成敗にはアンソニーも加勢できるよう、急ピッチで進めなければ。


「必死だったからな。それより、アンソニーにどんなことをしようかと考えたんだが、今夜は夜通しで・・・」


「衛兵の大勢いる場所で、この恥晒しがあっ!黙れえっ!」


まだ戦っているラドクリフが訳の分からないことを言っているが、魔女には逃げられたにしろ、アンソニーが正気に戻る一歩を踏み出したのだ。当初の目標にこだわるラドクリフの気に障るのはわかるが、これだってそれなりに誇っていい戦果だと思う。


「なんの恥でもないというのに、ラドクリフは何を言っているのだ。むしろ多くの人に知ってもらうべきじゃないのか。」


「ジェラルド、なんだかロバートが変だけど・・・あれ、ジェラルド、体熱くないか?」


そういえば、なんだかさっきから体感温度が熱くなっていた。すこし熱っぽいだろうか。だがここで止まってはいけない。アンソニー更生計画は今からフルスピードでスタートするのだ。


「熱くもなるさ。俺とアンソニーの未来がかかっているんだからな。」


「え?よくわかんないんだけど・・・」


俺とアンソニーが普通に会話できている、それだけで俺は涙が出そうなくらい幸せだった。もう熱でもなんでも出てしまえ、と思った。


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