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CXCIX 貴公子アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク

列の前後の人達が心配そうに見守る中、私は必死でアンソニーをなだめていた。


「アンソニー、先のことは分からないけど、今はアーサー様の晴れ舞台が見られるってことを喜びましょう?」


「・・・ひぐ・・・えぐっ・・・」


アンソニーはうずくまっているけど、列が進むときは律儀に前に歩いてまた座り込む。傍若無人なイメージだったから意外だった。


「泣いちゃだめよ、アンソニー。立派な騎士になるんでしょう?まだ15歳なんだし、きっと挽回のチャンスはあるわ。私もできる限りのことはするから。」


私のせいでこの子が謹慎になったとしたら後味が悪い。アンソニーはただ私を逮捕して縛り上げようとして、あとは部屋に勝手に侵入して脱ぎだしただけなのに・・・




あれ、謹慎って妥当じゃないかしら。そういえば前にも思ったけど。




「・・・とにかく大丈夫よ、ほら、たまには謹慎してみるのも人生を見つめ直すのにいいと思うし。」


「・・・うぅ・・・実は俺、ぐすっ・・・もうすぐアーサー様のお側から離れる・・・予定だったんだ。」


ぱっちりした目を涙でうるうるさせたアンソニーが、不安な子犬みたいに私を見上げる。ああ、この子はクビになっちゃうのね。私の逮捕に失敗したせいで。


でもアンソニーのキャリアのために逮捕されてあげる気はさらさらないけど。


「心配しないで、アンソニーには力のある親戚と、家柄の良さと、由緒正しい血統があるじゃない!左遷先でも頑張ろう!」


とりあえず思いつく限りのアンソニーの良さを列挙してみる。


「・・・でも俺のせいで・・・ウィロビー・ド・ブローク家の伝統に傷が・・・」


「それはもうしょうがないわ。くよくよしてないで、ウィロビー家のイメージアップをこれからの長い人生でしていけばいいのよ。イメージと言えば、アンソニーの金髪はすごく鮮やかで思わずさわりたくなっちゃうし、瞳だってブルーというかグレーというか、なんだか高貴な感じがするわ!だから大丈夫よ!」


「レミントン、なぜ大丈夫なのか分からないが、うちの犬にも同じことを言っていなかったか。」


黙っていたトマスが口を開いたと思ったら余計なことを言ってきた。私が必死で慰めてえいるのを、横で面白がっているわね。


「トマスは黙っていて!」


「・・・俺が・・・犬・・・」


アンソニーがぽかんとしている。今まで言われたことはなかったのかしら。


「違うのよ、アンソニー。もちろん、髪がふわふわしているなとか、目がパッチリして可愛いところなんかは、確かにワンちゃんっぽいなと思ったことはあるわ。あと色のせいかもしれないけど眉毛が目立たないわよね。それに鼻筋が通っていて、小鼻が丸い感じだから、パブロフが『ふんっ!』って鼻を鳴らしているときは、ほんとにもう子犬にしか見えないっていうか、でも・・・」


「レミントン、そこまでにしておけ。列が前に進んでいる。」


「・・・犬・・・」


犬っぽいと言われたのがショックだったのか、アンソニーはぽかんとして泣くのをやめた。気がついたら列はだいぶ進んでいて、中庭がもう見えてきた。


アンソニーをなだめるもう一つのストーリーを思いついたけど、トマスにプライバシーを暴露しても可愛そうだから、耳元で小声でつぶやく。


「(それに、ほら、アンソニーと相思相愛のジェラルド・フィッツジェラルドがなんとかしてくれるんじゃないかしら。彼はまだアーサー様のところにいるんでしょう?弁護してもらえるかもしらないわ。)」


私に警告の花束を贈ってきたジェラルド・フィッツジェラルドはまだ私のことを狙っているみたいだったけど、逆に言えば任務続行中ってことだと思う。私にとっては天敵だけど、恋仲のアンソニーは応援してもらえるんじゃないかしら。


「・・・相愛?・・・確かにジェラルドは俺のことが心配みたいで、たまに後ろについてきたり、あと、おとといいきなり抱いてきたけど・・・」

「抱く!?ちょっと!!声小さくして!!」


相思相愛というより、どちらかというとジェラルド・フィッツジェラルドの方がご執心なのかしら。それにしても、そんな大人な『慰め方』をしているだなんて・・・


もっと可愛い感じのじゃれ合いを想定していたのに、私では対応できないアダルトな世界にアンソニーは入ってしまっているみたい。


「どうしたんだ、レミントン?そんな大声を上げて?」


「・・・心配しないで。内輪の話よ、トマス。」


トマスが不審そうに関心をそらしたのを確認してから小声に戻す。


「(ほら、アンソニー、男の人同士で、とか、そういうことに理解のない人もいるから、おおっぴらにしない方がいいわ。あと、恋人同士でもストーカー行為はいけないのよ?)」


泣き止んだアンソニーは、困惑した様子で首をこてんと傾ける。


「・・・ストーカー?・・・・別におおっぴらっていうか、廊下だったし・・・」


「廊下で!?上流階級のモラルは一体どうなっているの!?」


「レミントン、声を抑えろ!」


トマスに叫ばれて正気に戻ったけど、結構アンソニーは深みにはまっているみたいで、私は慌ててしまった。


考えてみればアンソニーは私の部屋でも躊躇なく脱ぎ始めていたし、あまりTPOを気にする方ではないと思う。


「(あのねアンソニー、私は二人の仲を応援するわ。でもね、世の中には心無い人達がいるの。人のいる場所では友人として振る舞って、愛は二人だけの秘密にしておくといいわ。特にその、体の、えっと、その、最も親密なシーンは、誰もいないところで、ね。)」


王子とブランドンの泉を紹介してあげようかしら。でも彼らは女払いをしていたから、アンソニーとジェラルド・フィッツジェラルドは二人きりになれるかは分からない。


「・・・愛?・・・」


アンソニ−が愛について悩み始めたタイミングで、私達の順番がきた。


衛兵二人は私が見たことのない人で、あんまり高官にはみえなかったけど、字がかけるということはある程度のランクの近衛兵だと思う。松明が逆光になってあまり顔が見えないのが少し不気味。


彼らは私達の前に立っていたアンソニーに驚いたようだった。


「これは、アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク閣下、南棟にお越しだとは存じ上げませんでした。王太子殿下御一行の警備の一環でしょうか。」


うやうやしく礼を取る二人の衛兵。これだけ身分が高いんだから、アンソニーは左遷先でもいい暮らしができると思うんだけど。


衛兵たちにはアンソニーの謹慎は知られていないのね。


「うん、まあ。」


アンソニーは最小限しか口を動かさずに返事をした。


「我々のご視察にいらしたことと推察いたします。お忍びでいらしているとしたら多くは語れないかもしれませんが、我々の警備体制にご満足いただけていますか。」


「うん。」


「素晴らしい!どうもありがとうございます、閣下。今回のご観覧は南棟側からでよろしいですか。」


「ああ。」


「それは素晴らしい!どうぞ、見晴らしのいい場所をご用意いたします。せっかくなので蜂蜜酒など用意させましょうか。」


「ああ。」


衛兵とのやり取りに、アンソニーが打たれ弱い原因を垣間見た気がした。


「トマス、アンソニーってどこにいってもこんな感じなのかしら。『ああ』とか『うん』とかしか言っていないけど。」


「俺にも衝撃だが、王太子殿下の従者っていうことは、日頃は違うんじゃないか。」


アンソニーは顔パスというかVIP待遇で検査を抜けて、中庭に入っていったけど、入り口のところでじっと私達を待ってくれているみたいだった。やっぱりある愛玩動物を想像したけど口に出さないことにする。


アンソニー一行だったら簡単だったんだけど、私達の順番が来た。


「ヘンリー王子殿下付き武官トマス・ニーヴェット、それと・・・ああ・・・」


トマスが威勢よく二人分名乗ろうとして私の偽名を忘れた。肝心なタイミングで・・・


「なんだニーヴェットか、ランタンがないから顔がわからなかった。」


どうやら衛兵の一人はトマスの知り合いらしい。


「ああ、暗いからな、ええと・・・」


そして衛兵の名前はわからないらしい。衛兵は気にしないようで、トマスの名前を名簿に書き連ねた。


「しかし非番とはいえこういう機会に奥方を連れ出すとは、なかなかやるな。キルデーン伯爵のご令息が明かりを配置して、中庭は夢想的な感じになっているぞ。夫婦愛を深めるにはいいんじゃないか、」


衛兵二人がクックッと肩を震わせる。


「え?」


私はトマスの奥様だと思われているみたい。


「違うんです、トマスはその・・・」


「いいんですよ、奥様。すこしレディをいじめすぎてしまいましたね、気にしないでください。どうぞ中庭へ。」


名簿にミセス・ニーヴェットが書き足される。


トマスが慌てて二人を止めようと前に出た。頑張れ。


「私は帯刀したままで構わないだろうか。」


あれ、私のアイデンティティの件ではなくて?


「ははは、奥様を酔っ払いから守るってやつか。美人の奥様に手を出されても、頼むから刃傷沙汰にはしないでくれよ。」


審美眼がちゃんとしている衛兵は、笑いながら『トマス・ニーヴェット』の隣に『剣2本』を書き足すと、「中庭へどうぞ」と私達を通過させた。


「トマス、これで良かったの?」


いよいよ宮殿のセキュリティが心配だけど、私がトマス夫人に成り代わるのは気が引けた。


「良くはないが、なぜかウィロビーと別扱いになってしまったし、考えてみれば俺がムリエル以外の女と王太子を観覧するのも不自然だからな。」


トマスは意外と気にしていないみたい。


「でも奥様が『王太子殿下の行進を見に行かれたんですってね』なんてきかれて『行っておりませんわ』となって混乱するのが目に見えるわ。」


「後で話はあわせておく。そんなに狭量じゃないから分かってくれると思う。ライル女子爵が心配なのか、ムリエルは滅多に登城したがらないからな。世間体としても、登城したという記録が残るのはむしろいいことだろう。」


「そういうものなのかしら。」


子供の世話は乳母やメイドに任せて宮殿の社交に出る貴婦人は多いみたいだから、家にいるトマスの奥様はむしろ立派な方だと思う。でも身代わりになるのは禍根を残しそうでいやなのだけど。


「そもそも、レミントンが男の格好をしてくれていれば楽だったんだが。」


「ダメよ、マージに会うまではこのスカーフは外せないわ。」


考えてみればマントの下はモーリス君の深緑のローブで、頭にはウィッグもしてあって、香水は男性も使えるシトラスだから、私が女である目印はこのスカーフくらい。遠乗りから返ってきた後に化粧直しをしなかったから、今朝の侍女風薄めメイクが残っていると思うけど。


「レディ・リヴィングストン、こっちだ!」


機嫌が少し直ったのか、人混みの中にぴょんぴょんはねながら私を呼ぶアンソニーを目印に、私とトマスは中庭に出た。


ウィロビー家の人々


ラティマー卿ロバート・ウィロビー・ド・ブローク(故人)

アンソニーの父で古い名門の出身。内戦で活躍した勇猛な騎士で、サリー伯爵の前任として亡くなるまで軍務卿及び元帥として軍のトップ・政府要職を勤めた。部下から評価が高かった人物でアンソニーの目標だが、晩年にできた末っ子のアンソニーを甘やかした。


ブローク男爵ロバート・ウィロビー・ド・ブローク・ジュニア

アンソニーの長兄で陸軍准将として軍団を率いる。ウィロビー家は分割相続のため家柄に比して爵位は低い。年齢の離れたアンソニーをかわいがっている様子。


ウィロビー男爵エドワード・ウィロビー・ド・ブローク

アンソニーの次兄で鉱山卿。第一幕の時点で西方に視察にでており、予定を変更して王都に帰還したヘンリー王子一行に同行して宮殿に戻った。やはりアンソニーをかわいがっている様子。今の所ルイーズと接点はない。


アランデル伯爵夫人エリザベス・ウィロビー・ド・ブローク=フィッツアラン

アンソニーの姉で森林卿アランデル伯爵の夫人。本編未登場。


セシリア・ウィロビー・ド・ブローク

アンソニーの叔母で、ウィルトン及びエクセターの修道院長。全国の修道院に顔が利く。知人スタンリー卿の頼みで、ルイーズ・レミントンの修道院入りを白紙に戻した。


ノイル卿、トナーズ=ピドル卿、シルトン卿

アンソニーの叔父たち。みな領地貴族で軍人。アンソニーをかわいがっている。モーリスからノイル卿のみ言及された。


エレズビー男爵ウィリアム・ウィロビー・ド・エレズビー

アンソニーのはとこで軍人。キャサリン王太子妃の侍女マリア・デ・サリナスと恋仲だと噂されている。金髪碧眼のウィロビー・ド・ブローク一門と違い茶髪らしい。


サー・クリストファー・ウィロビー

アンソニーのはとこで軍人。リッチモンド宮殿の南棟の警備を担当している。トマス・ニーヴェットと知り合いだが、ルイーズは後ろ姿を見ただけである。アンソニーから「クリスにい」と呼ばれている。


キャサリン・ウィロビー

サー・クリストファーの姉。ノリッジのサー・ジョン・ヘイドンに嫁いだ。娘のマージョリーを通じてルイーズと交流があったが、ルイーズからは名門貴族出身とは思われていなかった。


サー・トマス・ウィロビー

サー・クリストファーの弟で、王立裁判所主席判事。本編未登場。

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