CXCVIII 犠牲者アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク
トマスは無事アンソニーを捕獲できたみたいで、最初は後ろで少し言い合う声が聞こえたけど、その後は足音とヒソヒソ声が廊下に響くだけだった。
私の肩が叩かれる。
「トマス。レディの肩に簡単に触れてはいけないのよ?」
振り返るとトマスに連れられてなんだかニヤニヤした顔のアンソニーがいた。トレードマークの鮮やかな金髪にベレーみたいな帽子を被って、いかにも高価そうなビロードのマントを羽織っている。
「(魔女様、昨日は二日酔いだったんだってな!)」
トマスが説得したのか、一応小声にしてくれたアンソニー。内容はひどいものだけど。
「(人前で魔女様って言うなっていったでしょう!?もう!)」
「(魔女様、それ俺に言ったか?)」
かくんと首を傾けるアンソニー。そういえば明確には言ってなかったかもしれない。
「(とにかく、常識的に駄目でしょう?魔女は火炙りになるのよ?今度から絶対にやめてよね。)」
「(分かった!じゃあなんて呼べばいい?)」
どうしようかしら。ここで『ルイーズ様とお呼び!』なんていったらトマスに一生からかわれる。
「(そうね、宮殿だから本名は使えないし、ファーストネーム呼びは不自然だから、『レディ・リヴィングストン』でお願い。)」
「レディ・・・」
「(トマスは黙ってて!)」
横でくっくっと笑い声を上げるトマスをにらみつけると、アンソニーのしつけに戻る。
「(それじゃあ、言ってみて。)」
「(分かった!じゃあその代わりに魔法かけて!)」
ワクワクした顔になったアンソニーが見えないしっぽを振っている。やっぱりパブロフにはたまにご褒美をあげないとだめかしら。
「(どうしようかしら・・・)」
「(待て、レミントン、お前本当に魔女なのか?)」
トマスが混乱しているみたいだけど、いくら小声でも本名と魔女を同じセンテンスで出さないでほしい。
「(違うわよ、トマスまで言ってはいけないワードを出さないで。この子はほら、ちょっと鵜呑みにしやすいっていうか、精神年齢が低いっていうか・・・)」
「(バカにするな!俺は泣く子も黙るウィロビー・ド・ブローク家の人間なんだぞ!魔法をかけてくれないと、もう便宜はかってやらないんだからな!)」
精神年齢とか便宜とか、意外とボキャブラリーが豊富なアンソニーは、ぷんぷんと怒ったような顔をしてふくれた。
どの家の出身だろうと鵜呑みにしやすい人はいると思うけど、確かにアンソニーをバカにしすぎて怖い大人が登場したらとっても困る。
「(しょうがないわね、後でね。)」
「(やったあ!じゃあレディ・リヴィングストン、早く二人っきりになれるところに行こう!魔法で俺を気持ちよくして!!)」
「(後でって言っているでしょう?)」
アンソニーはトマスよりも名前を覚えるのが得意みたい。満面の笑みで小躍りしている。
「(レミントン・・・こんないたいけな少年に手を出したのか・・・)」
なにか誤解をしているトマス。
「(勘違いしないで。手なんて出すはずないし、アンソニーは私のひとつ下だからあんまり変わらないわ!マッサージしてあげただけ!)」
「(おいレミントン、お前、その秘術で痛い目にあったばかりだろう。この短期間でスタンリー卿につぐ犠牲者をだしたのか。)」
真剣な顔でトマスが迫ってくる。トマスはさっきマッサージ後のスタンリー卿を回収したばっかりだから思うところがあるのかもしれない。
「(犠牲者って・・・マッサージは体に害はないし、健康にもいいのよ?私の家族にはしょっちゅうしていたし、スタンリー卿は寝ていただけだったでしょう?)」
「(そうは見えなかったが・・・頭のネジが抜けたりしないのか?)」
マッサージが楽しみでるんるんしているアンソニーを見る。アンソニーは最初からこんな感じだったと思うけど。
「(ほらレディ・リヴィングストン、そんなことはいいから、早く魔女様の部屋へ行こうぜ!)」
「(呼び方を統一しなさい!)」
やっぱり3本くらい抜けているかもしれない。
「(レミントン、年齢の変わらない男を部屋に入れているのか?)」
「(いいえ、アンソニーは勝手に侵入してきたの。でも他の人がいたから間違いは起こらなかったし、結局マッサージは隣のフランシスくんの部屋でおこなったわ。)」
ちなみに私の部屋には男爵もフランシスくんもモーリスくんも入り浸っているから、レディのマナーとしては完全に駄目なんだけど、でもルイスの部屋だからしょうがないよね。
あとアンソニー侵入事件は本気で貞操の危機を感じたけど、アンソニーがお子様だったので事なきを得たのよね。
「(早く、早く!)」
「(あのねアンソニー、私達にも予定が・・・あっ、サー・クリストファーがいなくなっちゃったじゃない!)」
私が列の前方を見たら、例の背の高い軍人さんはもういなかった。
「(クリスにいのことか?)」
「(そう、あなたの親戚よ。あなたの更に遠い親戚のマージョリー・ヘイドンがお父様と一緒に彼を訪れていて、私はこの後マージとおしゃべりをするはずだったんだけど、どこにいるのかわからないのよ。せっかくヒントがもらえるかもしれなかったのに。)」
マージが中庭にいなかった場合手詰まりになる。どうしたらいいかしら。
「(じゃあ、俺が探すのを手伝うから、いつもよりすごい魔法かけて!だいたい、なんでこんな列に並んでいるんだ?)」
アンソニーはすばしっこいから役に立ってくれるかもしれない。
「(ありがとう、検討するわ。この列は中庭にいくためのものよ。あなたのご主人のアーサー王太子殿下が、中庭を散歩するの。見学可能だから、マージはもう外にでているかもしれないわ。)」
「ええっ!!??アーサー様が外に出られるのか!?」
小声にするのを忘れたアンソニーが大声でさけんだ。
周りでクスクスと笑い声が聞こえる。みんなそれを見るために列を作っているから、確かに今更なのかもしれない。
でもアンソニーはみんなにチラチラと見られつつ、呆然とその場に立ち尽くしていた。
「(アンソニー、大丈夫?あと、とりあえず声を抑えて。)」
「俺、聞いて、ない・・・」
アンソニーが少しふらついた気がして、慌てて私とトマスで支える。
聞いてない?
確かに左遷とか謹慎とかいう話はあったけど、ゴードンさんから聞いた限りだとアンソニーには結局公式な処分は何も下ってなかったはず。
「(アンソニー、今でもアーサー様の従者なんでしょう?何も聞いてないの?)」
「魔女様と会った日から、部屋で、じっとしてろって、いわれて・・・俺・・・アーサー様、ずっと・・・お仕え、してきたのに・・・ひぐっ・・・ううっ・・・」
アンソニーがしょぼんとした子犬みたいに落ち込んでしゃがみこんだ。流石に気の毒でかける言葉が見つからない。さっきは微笑ましく見守っていた周りの人達も心配そうにこっちを見ている。
ひょっとして、私、犠牲者出しちゃったかもしれない。




