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CXCVII 南棟管理責任者サー・クリストファー・ウィロビー

私とトマスが南棟の中庭側についたときには、中庭近くに持ち物や名前を検査する衛兵二人がいて、その前に見物客の列ができていた。ランタンを持っている人も多くて、提灯行列みたいになっている。


「さっき南棟はがらんどうな印象だったけど、やっぱり人がいるのね。」


「まあ一階は執務や応接の区画だからな、みんな2階より上の居住区から降りてきたんだろうな。」


人の名前は覚えられないトマスだけど、宮殿のことに少しは詳しくなっているみたい。私のような住み込みよりも通勤していると地図が頭に入るのかもしれない。


「列にはマージもスタンリー卿もセッジヒルさんもいないわね。でももう中庭に出たのかもしれないわ。」


中庭にも南棟の廊下にも松明が割と狭い間隔で並んでいて、並んでいる人たちの顔を確認できた。待っている人の中に知り合いはいないと思う。


「さっきから目標が二転三転している気がするが、俺は何をすればいいんだ?」


「あのね、私達はマージを捜索しつつ、王太子殿下のイベントもちゃっかり参観しようという、ウィンウィンな計画を実行中なの。マージが中庭に出ている場合は私達も中庭にでないと探し出せないし、マージが外に出ていない場合もヒント無しで南棟をくまなく歩くのは大変だし、なんならマージが私達を探してくれている場合は、人の多いこの位置は候補になるでしょう?そもそも馬車付き場か中庭で待ち合わせだったのに、馬車のところにいなかったんだもの。それに今の私は設定が曖昧で今日赴任したばかりのルイザ・リヴィングストンだから、トマスがいてくれたほうが身元審査も心強いわ。」


私が力説している間、トマスは目を白黒させていた。


「そうか・・・とりあえず、とっさの気分的な思いつきを光の速さで理論武装する力は褒めてやる。」


「光栄だわ。それにトマスだって王太子殿下見てみたいでしょう?」


私がマッサージをして差し上げようと狙っているアーサー様がどんな方なのか見ておきたいし、特に姿勢や顔色は気になる。


あと、今後の私のキャリアがどうなるのかは分からないけど、ノリッジに帰ったら「王太子様見たよ!」って言ってみたい。おのぼりさんみたいだけど、考えてみれば私っておのぼりさんなのよね。


「いや、俺は公式行事で何度かお見かけしたことがある。遠くからだったが、今回も暗い中遠巻きに見るだけだろう?そこまで魅力を感じないな。」


「そう、でも私は見てみたいの。トマスも先輩として私の案内をしてね。」


「別に構わないが・・・なぜ俺の意見を聞いた。」


トマスは少しぶすっとして横を向いた。拗ねちゃったかしら。


「ごめんね、ちゃんと娘さんとふれあいの時間がとれるように、そんなに長く拘束するつもりはないから。それにしても列が進むのがゆっくりだけど、荷物検査もしているのかしら。」


少し心配になることがあって、小声でトマスにつぶやく。


「(スカーフは女性ものだけど、マントの下はモーリスくんに借りた男性用のローブだし、男のウィッグもつけているけど、ちょっと心配ね。)」


「(大丈夫だろう、武器の検査だけのはずだ。女性の荷物検査をする女官は見当たらないし、お前のスカーフを見たら女だと騙されてくれるから問題ないだろう。俺は帯剣しているから、少し時間がかかるかもしれないが。)」


女性は荷物検査なしなのね。私としては嬉しいけど、三日前からなんだかこの宮殿の警備体制が心配になるときが多い。


「(女性の暗殺者なんかがいたら困るんじゃない?)」


「(いや、暗殺者業界には詳しくはないが、こういう大舞台でそういう輩を雇う場合は信頼と評判がものをいうだろう?女の暗殺者がいれば目立つだろうし、俺や警備の連中の耳に入っているはずだ。もちろん、レミントンのように女のふりをして騙すやつがいてもおかしくはないな・・・)」


トマスはなにか思い当たったようで、すこし考えこむような仕草をした。さっきから聞き逃がせない失礼なことを言っているけど。


「(ちょっと、その言い方はないんじゃない?私は男装の美少女なんだから。)」


「(そうか、悪かったな・・・早く帰りたい。)」


「(待って、トマス、今のは突っ込んでほしかったわ。スルーされるとなんだかいたたまれないわ。)」


「(どうせ訂正しても文句を言うんだろう?なんだか構ってほしい猫みたいだな。あ、今衛兵のところにきたのがサー・クリストファーだ。)」


私達がくだらない話をしていると、トマスが列の先を指差した。銀縁のマントを着て鍔のない帽子を被った背の高い人の背中が見える。


「サー・クリストファーって、マージの伯父さんだったかしら。ここからだと顔が見えないわね。」


「サー・クリストファーならヘイドンの行方を知っているんじゃないか。それに南棟を管轄しているのは彼だから、ヘイドンが部屋を取っているならわかるだろう。」


確かに、マージのお父様はおじさんに用事があったみたいだったし、マージがどこにいるかヒントはもらえるかもしれない。でも私と会ったときマージは従者も連れずに一人だったし、その後おじさんに会ってないかもしれないけど。


「そうね、衛兵の人たちとの話が終わりそうな頃合いで、私が話を聞いてくるわ。トマスは列に場所を取っていてね。」


「分かった。安心して行って来い。」


トマスに見送られて、列の先に進もうとする。


後ろから、廊下で反響するように遠くから声が響いた。


「魔女様だっ!」




まずいことになったわ。外で魔女様って呼ぶなと言っておいたのに。




反響したせいか聞き取りづらかったけど、列の前後の人は少しざわめいた。


「今、ウィッチって聞こえなかったか?」


「いや、敬称をつけていたから、多分どこかの家の名前だろう。ウェルチかレディッチか。」


「やんちゃな声ね。魔女ごっこ遊びでもしているのかしら。」


みんな戸惑ったみたいだけど、警戒しているようには見えない。まだ勘違いで通せる段階でパブロフを捕獲しないと。あと私は涼しい顔で他人のふりをしないと。


「(トマス、アンソニーを捕獲して!)」


トマスを小突く。


「アンソニー?」


「(アンソニー・ウィロビーよ。多分後ろからこっちに走ってくるから。ほら、早く!)」


後ろを見ないまま半信半疑のトマスを送り出すと、私はこれから起こることを予想して、ため息がつきたくなった。

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