CXCVI 佳人キャサリン王太子妃
デ・サリナスは謎の賢者の名前を宣言すると扇を掲げてポーズを取っていたようだったが、名前を聞いた俺達自身は『はあ』としか反応しようがなかった。
「ルーテシア、というとやはり女なのか。南の国の推薦とは言え、魔女の心配が尽きない中アーサー様のお側に呼ぶのは・・・」
日頃はレディーファーストを実践しているラドクリフだが、今日は魔女の心配からかアーサー様の側に女を呼びたくないらしい。
「ラ・フォンテーヌ様ですか・・・興味深いですが、やはりまずはこの国の誇る聖女様がアーサー様を診ていただく方がいいでしょうね。」
モーリスはいつの間にかマイナーな聖女とやらをこの国の代表に仕立てようとしているようだった。口語に戻っているので、今の発言はラドクリフに対してだろうか。
俺たちの微妙な反応にデ・サリナスは憤慨した様子だった。
「きはまりなき失礼なり!賢者ラフォンテーヌ、魔のものにあらずして、聖女とやらに勝ること必定なり!えい、証を見よ!」
デ・サリナスは西棟のキャサリン様の区画に向かって扇を振った。
2階のヴェランダに侍女達がいそいそと登場して、ロウソクを設置していく。だんだんあまり大きくないヴェランダの輪郭が光で浮き上がっていく。
「何が始まるんだ?そもそも西棟にヴェランダなんてあったか?」
思わすラドクリフに質問してしまった。
「外敵の侵入を許しかねないヴェランダはこの宮殿には少ないが、あれは亡き王妃殿下のお腹が大きかった頃、国王陛下が王妃様の区画から庭を見られるようにと特別に造られたものだ。」
そういうラドクリフも目が離せないようだった。しばらくして侍女達が退出する。
ヴェランダに登場したのは、銀をあしらった白いドレス姿のキャサリン様だった。
「おお・・・」
中庭に出てき始めていた見学者たちが息を飲んでいる。
思わず俺もつぶやいた。
「もっさりしてない・・・」
キャサリン様は凛として美しかった。
今まで俺の中でキャサリン様の印象といえば、丸っこい感じだった。肩や首が前に出ていて、少し猫背で、胸が重そうにしている印象だった。
でも今は、首は鶴のようにまっすぐ伸び、肩は優雅に後ろへ引かれ、胸から腰のくびれにかけての曲線が強調されている。トレードマークの胸がいつもよりむしろ強調されているのに、どこか嫌味のない格好だった。白と銀のドレスは金髪とあわさって神話にでもでてきそうな神々しさをだしている。
キャサリン様は太っているというのは俺の誤解だったようだ。ウエストが締まっている。いつも感じていた、年齢の割に子供っぽいという印象もない。童顔のお顔は相変わらず可愛らしいが、今日は大人の魅力にも溢れているようだ。
もっとも、俺個人としてはルイザの方がタイプだ。だが人気投票をしたらキャサリン様が圧勝するであろうことは疑わない。それだけ場を圧倒する存在感をだしている。そうか、いつもより堂々としているのだ。
「すごいな・・・」
「お美しいです・・・」
周りの従者や衛兵が口々にキャサリン様を褒め称え始めた。まだ呆気にとられて何も言えない者もいる。
「姫様の居住まいの神さぶる、ルシヨンの賢者ルーテシア・ラフォンテーヌの功なり。肩首今は傾ることなし。御姿勢いてきらきらし。プエブラ博士の品定めし賢者の医術、まさにあっぱれなり。」
デ・サリナスは自慢げにしているが、そうなるだろう。アーサー様が元気でいることをアピールするはずが、観客たちにはすっかりキャサリン様の衝撃のデビューみたいになってしまった。
「ラドクリフ、アーサー様はキャサリン様とお話をされるのか。予定では歩行するだけだったはずだが。」
「いや、それはやめてくれと明確にお願いしたんだが、こう来るとは思わなかった。一本とられたな。だが目があって会釈するくらいなら害もないだろう。しかしお美しい。ベスほどではないが。」
同志ラドクリフはやっぱり平たい方が好みらしい。
「だがキャサリン様をあれほど堂々とされるとは、ラドクリフもこの賢者をアーサー様に会わせたほうがいいと思うか?」
「ああ、これほど効果的に実績のアピールをされてしまったら、多方面からアーサー様を診療させるよう圧力がかかるだろう。医学博士のプエブラ大使も推薦しているのだ、腕は確かかと思う。」
モーリス推薦の聖女を信用しなかったラドクリフも、ここまで来るとアーサー様に会わせようと考えを変えたようだ。デ・サリナスが上機嫌な様子で俺たちの話を聞いている。
「納得がいきません。聖女様も似たような効果のお力をもっているのに・・・いやひょっとすると同種の力でしょうか。」
モーリスはまだ諦めがつかないようで、しきりに自分の肩を気にしていた。
皆がキャサリン様から目が話せないでいると、後ろから足音がして、サー・エドワードが衛兵数人を引き連れて西棟から出てくるのが見えた。
「サー・エドワード、準備はできましたか。」
「はい、フィッツジェラルド殿。衛兵は所定の人数を揃え、指示も行き渡っています。しかし一つ気がかりな点がありまして・・・それにしても見事な照明ですな。」
やはりキャサリン様に気を取られていたサー・エドワードも、改めて中庭を見渡した。
「でしょう。俺がライトアップしました。とても大変でしたが、キルデーン伯爵家の誇りを・・・」
「サー・エドワード、気がかりな点と言うのは?」
俺のスピーチをぶったぎってラドクリフがサー・エドワードに尋ねる。さっきから失礼なやつだ。
「いえ、昨晩も短期間起こったことなのですが、アンソニー・ウィロビー閣下が謹慎中の部屋から脱走したようです。いつも脱走しては戻ってくるようなので、大事ではないと思うのですが。」
「アンソニーが・・・」
まずい。
アンソニーはおとといのように魔女に魔法をかけられに行っているはずだ。魔女を討伐しようというタイミングでアンソニーに魔女の味方をされるのは困る。
思えば、アンソニーの敵討ちを誓い、更生させることをダドリー様に約束した俺だったが、その後魔女に夢中になっているアンソニーを見て、魔女に魔法をせがむアンソニーの喘ぎ声を聞いてしまった後、アンソニーと四六時中一緒にいたわけではなかった。なんというか、気まずかったのだ。
しかしこのタイミングでアンソニーを放任していたツケが回ってくるとは。
「ラドクリフ、直ちにアンソニーを捜索するべきだ。」
「何を慌てているフィッツジェラルド、アンソニーがアーサー様に危害を加えるなどありえない。どのみち護衛の衛兵は割けない。アンソニーも謹慎生活で息が詰まっているのだろう、少しばかりの自由はみとめたらどうだ。」
ラドクリフは淡々と話しているが、何をいっているのだ?
アンソニーは魔女の味方をするかもしれないんだぞ?魔法にかかっているんだぞ?
「だがアンソニーは・・・」
言おうとしたが、近くにモーリスやオリヴァー、デ・サリナスもいる。サー・エドワードを前にしてひそひそ話をするのも不自然だ。アンソニーが魔法にかかったことは極秘事項なのだから。
「だが、知っての通り、アンソニーは、あんな感じに・・・・」
「お前のせいだろう!全く何を言っているのだ!私としてはそろそろ復帰してほしいと思っていたところだ。アンソニーも若いから、道を誤ることだってある。むしろお前がしれっと従者をしていてなぜアンソニーが働けないのだ。」
ラドクリフは俺がアンソニーを魔女から救えなかったことを怒っているようだ。
「確かにアンソニーがああなったのは俺のせいでもある。しかし、今の状況でアンソニーが現れたら、まずいことになると思わないのか。」
「まずいこととは何だ。まさか、まさかとは思うが、アンソニーではなくお前がその、ああ、受け入れた方だったのか?」
「一体どうしたのです、ジェラルド、ロバート?」
モーリスが不審そうに俺たちを見ていた。アンソニーが魔法を受け入れてしまったことをバラさないまま、ラドクリフをなだめるにはどうしたらいい。
「いや、悔しいことにあの場ではアンソニーは受け身だった。されるがままで抵抗らしい抵抗もしなかった。俺は奮闘して・・・」
「生々しい話をするな!いや、聞いた私が悪かった。しかしそうならアンソニーがアーサー様に危害を加える心配はまったくないだろう、お前はともかく。」
何を言っているのだ?魔法にかかっているのは俺じゃなくてアンソニーだと強調したばかりなのに、なぜ逆の解釈をしているのか。
「文脈がわかりかねますが、ウィロビー閣下の捜索隊はださないという方向性でよろしいですか。」
「問題ありません。その路線で行きましょう。」
俺の心配をよそに、サー・エドワードとラドクリフはなぜかアンソニーの捜索をしない方向で決めてしまった。
俺はなんだかしっくりこない違和感が拭えなかった。




