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CXCIV 筆頭女官シュールズベリー伯爵夫人

マクギネスに回廊に並ぶ松明の最終点検を指示すると、俺は改めてライトアップされた中庭を見渡した。


「完璧だ。」


ロウソクを水しぶきから守るブリキの箱に入れて噴水の周りに配置した。回廊から当てられる光と合わせて、中庭が幻想的に浮かび上がっている。


きれいな星空、舞台のように光で縁取りされた中庭、あわく照らされた噴水が音を立てる。ムード満点だ。ルイザにプロポーズするとしたらこういう場面がいい。


「ロマンチックだ・・・」


きっとこの幻想的な景色に圧倒されて、ルイザは俺の求愛に抗えないに違いない。


だが、雰囲気に飲まれて愛を誓い合っても、その後幻滅されないかは少し心配だ。俺は伯爵家の跡取りでアーサー様の覚えもめでたいが、本土出身のルイザは島暮らしを嫌がるだろうか。それに許嫁のベティに牛乳を飲ませている親父は、決して安産体型とはいえないルイザに辛くあたりそうな気もする。


「だが愛があれば・・・」


「何をブツブツ言っているのだ、フィッツジェラルド。」


振り返ると、両手に大きな荷物を抱えたラドクリフが西棟から出てくるところだった。


「ラドクリフ、見ての通りセットアップはできた。近衛兵の行進ルートは決まったのか。」


「ああ、北から南にだ。サー・エドワードの準備が整い次第、グリフィスの先導でアーサー様が中庭に降りてくる。フィッツジェラルド、一旦中に入ってこれを羽織ってほしい。」


ラドクリフが白い縁取りのついた赤いマントを手渡してきた。ビロードの、かなり派手なやつだ。


「これは侍従には派手すぎる。確かに白と赤はキルデーン伯爵家の色だが、アーサー様とご一緒するときはもっと地味な臙脂と黒にきまっている。これじゃあ王室のメンバーよりも目立ってしまうだろう。」


「まさにそれが目的だ。それを着て、グリフィスとアーサー様に挟まれるように中央を歩いてほしい。アーサー様はグレーのオーバーを着られて、西棟側を北から南に歩かれる。」


アーサー様を従えて中央を歩く、だって?


「アーサー様の影武者になれというのか、アーサー様にとってはある意味で晴れ舞台だというのに。」


「ご本人も目立ちたいわけではない上に、魔女が攻撃を仕掛けるにしろ偵察に赴くにしろ、お前と勘違いをされるなら都合がいい。西棟にいるアーサー様の顔を知っている者にはご健在であることをアピールしつつ、東棟の顔を知らない者には外出したことだけ知られれば良い。影武者を務める自信がないか?」


「なっ!?」


ラドクリフはたまにこうして挑発的なことを言ってくる。そうなるとたとえ術中にハマっても、島の誇りにかけても俺は受けざるを得ない。


「影武者を全うできるのは俺を差し置いて他にいない。マントだけでいいのか。アーサー様の髪色は知られているはずだが、ウィッグは必要か?」


「いや同行する我々はみな鍔の大きい黒い帽子をかぶる。万が一の上の階からの狙撃で狙われたときに対象がわからにようにする。一階正面方向で、アーサー様の顔を知っている相手となると防ぎようがないが、マスケットの射程距離間隔で前方に近衛兵を配置する予定だ。」


ラドクリフは本来正々堂々と戦うのを好むやつだが、こういうノウハウはどこで手に入れたのだろう。


渡された帽子を被ると、窓からは誰もアーサー様のお顔を見られないことに気がついた。


「待て、北棟から我が子を見下ろす国王陛下にとっては、帽子は邪魔じゃないか。」


アーサー様を狙う勢力がいる中、あえてアーサー様の顔見世を行うわけだから、当然いくつか矛盾する場面が出てくる。


「陛下はいらっしゃらない。昼に北の国の間者騒動があったリッチモンドを避けられ、今晩はグリーンウィッチの離宮の方に滞在されるようだ。バウチャー子爵は陛下に付き添われ、北棟の留守はウィンスロー男爵とサー・アンドリュー・ウィンザーが守っている。」


「なるほどな、じゃあ、見物客は本当に少数か。」


無害な人間にはできるだけアーサー様のご勇姿を目に入れてほしいのだが。せっかく舞台もセットしたのだ。


「魔女が現れるよう、一階からの見学は可能だと東棟や南棟に情報を流して回っている。アーサー様から見て左遠方にそれなりの人数が集まるとは思う。」


「そうか。せっかく張り切って明かりを灯したのだ。どうせならアーサー様の健康な姿を多くの人に見てもらいたい。」


ルイザも見てくれるかもしれない。島の人間はたまに野蛮だと思われているが、こうした美的センスもあると知って、見直してくれるだろうか。


もっとも、親父の女性観なんかは確かに本土に比べると野蛮なのは認めざるをえず、ルイザが家のものに体型をからかわれたりしたら、島の文明が劣っているように感じてしまうだろうか。でも本土でも実際は似たようなものではないだろうか。


「なあラドクリフ、ひとつ聞いていいか。」


「かまわないが。」


ラドクリフは東棟の方に目をやっていた。まだ見物客は現れていない。


「お前の嫁さん、確か胸あんまりなかったよな。」


「今ここで斬り殺されたいのか。」


横を向かなくてもラドクリフの機嫌がかなり悪くなったのを俺は鋭敏に感じ取った。


「いや、家族のご反応はどんな感じだったか気になったんだ。俺がお前の嫁さんを批評したかったわけじゃない。」


「知っての通り父は処刑され、母は病気でなくなっている。お前と違って体型にどうこう文句をつける無粋な親類は残っていない。それに種族の違うお前には分からないかもしれないが、ベスは女性的魅力にあふれている。」


考えてみればこいつは天涯孤独だった。悪いことをきいたな。種族って差別的な言葉をつかってきたが。


「そうか、変なことを聞いて悪かった。あくまで本土の貴族の反応を知りたかっただけだ。だが、島でも本土でも愛の形はかわらないと思う。種族なんて言い方をするな。」


「島の人間を差別しているんじゃない、お前の嗜好を区別しているんだ。」


ラドクリフはなんだか難しいことを言い始めた。


「いや、俺自身は大きく膨らんだ胸にはあんまり惹かれない。」


「それは知っている。ある意味で当然だろう。」


知っていたのか?俺とラドクリフは女性の好みを語るほど親しくはなかったが。


「そうか。つまり俺たちは同志だ。」


「百八十度違う!!ふざけるな!」


ラドクリフが俺をにらみつける。なぜだ。


「何を言うんだ、俺もお前の嫁さんのスレンダーな感じの方が、キャサリン様のようにポヨンとした胸やもっさりした体付きより好ましいと思うぞ。」


「かくのたまふは、誰そ?」


ふと横から鋭い声がした。


振り向くと、キャサリン様と一番親しい侍女のマリア・デ・サリナスが、扇子で口を覆いながら俺たち二人を見つめていた。黒い目の周りがエキゾチックに化粧してあるので、見つめ方に迫力がある。よくわからないが、たぶんキャサリン様の名前がでたのに反応したんだろう。


「なんだ、南の侍女か。よかった、キャサリン様付きでもシュールズベリー伯爵夫人あたりに聞かれていたら、しばらく説教だったな。」


「おい、デ・サリナス嬢はこの国の言葉を解する。忘れたのか。」


ラドクリフがすこし引きつったような声を出した。改めて見るとデ・サリナスは見つめているというよりは睨んでいるようにも見える。


俺はまずいことを言っただろうか。いや、南の侍女は言葉はできてもニュアンスを理解していないときが多い。擬態語ならさらにだ。


俺は思い出せる限りの古典語を駆使して、俺の発言に悪意がなかったことをアピールした。


「えっと、ああ、此の国、胸、ポヨン、めでたし!姫様、体、もっさり、あっぱれ!俺、悪気、全くなし!姫様の乳、みな、うらやまし!」


デ・サリナスは怪訝な顔のまま俺を軽蔑したように見つめ、後ろでラドクリフが吹き出すのが分かった。必死な同僚を笑うとは、騎士の風上にも置けないやつだ。


ふと東棟からモーリスがこちらに駆けてくるのが見えた。助かった。この話題はモーリスの得意分野ではない気がするが、口裏を合わせてもらおうと思う。


俺はすこし安心してため息をついた。


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