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CLXXXIX 南棟警備責任者サー・クリストファー・ウィロビー

スザンナが脱走したと騒いでいた白い人は結局持ち場には戻らなかったみたいで、私が南棟に渡ったときは東棟との境界に誰も見張りがいなかった。私にとっては気楽でいいけど、宮殿が襲撃されたりした場合はこの体制で大丈夫なのかしら。


南棟にやってきたはいいものの、セッジヒルさんがマージをどこに案内したのかわからない。前回はスタンリー卿に王太后様の待合室に連行されたけど、あのときは持ち上げられたまま運ばれたから道を覚えられなかったのよね。


改めて見ると南棟の廊下は実用的な作りをしているみたいで、東棟と違って謎の甲冑が置いてあったり、やけに凝った花瓶が飾ってあったりはしない。漆喰の塗られた石の壁と小さな窓はシンプルで、どこか前世の中学校を思い出させた。床は磨かれた大理石だけど。


「誰かいませんか?」


私の声が廊下に響く。道を尋ねようとうろうろしていても、なかなか人に会わない。南棟は王太后様や高位の使用人の居住スペースがあるはずなんだけど、詰め所というか毎朝昇殿してくる貴族の控室として使われることも多いみたいで、区画によっては皆が帰宅した後はこうしてがらんどうになるみたい。


セッジヒルさんにどこの部屋か確認してから戻ればよかった。でもあのときは急いでいたから仕方ないと思う。お互いに連絡をとる手段がないから、向こうも私を探している頃かもしれないけど。


マージの当初の待ち合わせ場所は確か、中庭の南棟側か、外の馬車をつける場所。中庭を窓から見下ろすと、待っている人影はなかった。中庭に入れるくらいだったらどこかの部屋に案内されているはずだし、とりあえずは馬車の方が遭遇する可能性が高い気がする。


一旦南棟を出て馬車つけのほうに行くと、帰宅する宮廷貴族の馬車や馬でごった返していた。御者や係員のランタンで照らされた馬の集団は、なんだか威圧感があって私は近くに行くのをためらった。


私はあんまり馬の匂いは得意じゃない。プリンスは割と平気だったけど。


頭にかぶったスカーフで顔も覆うようにしていると、軽く肩をたたかれて後ろを向く。


「レミントン、お前か?」


当たりがすっかり薄暗いから見分けがつかないけど、トマスらしいシルエットがトマスらしい声を出した。トマスだと思う。


「トマス!ちょうどよかったわ!マージが来ているの!一緒に探してくれないかしら。」


「マージって誰だ?そんなスパイのような格好をして会う相手なのか?」


マージはトマスに宮殿を案内させる気でいたみたいだったけど、聞いていないのかしら。


「この格好は私のジェンダーを曖昧にしているの。マントの下は男の恰好なんだけど、マージとルイス・リディントンが密会していたらまずいでしょう?マージってマージョリー・ヘイドンのことね。サー・ジョン・ヘイドンの長女よ。トマスはあんまり社交に出なかったから覚えていないかしら。」


「ジェンダー?ああ、あの一見優しそうなヘイドン家の娘だな!宮殿まで借金の取り立てにきたのか?」


トマスはレディの扱いが相変わらずなってない。


「一見は余計よ。マージはちょっと人使いが荒いけど、基本的に優しい子よ?それにお金について几帳面なのはいいことだと思うの。宮殿にはおじさんに用があって来たようだったわ。マージのおじさんが宮殿勤めだなんてしらなかったけど。」


「そういうところはレミントンと気が合うんだろうな。おじさんというのはサー・クリスチャン・ウィロビーだろう・・・違う、間違えた。サー・クリストファー・ウィロビーだ。確かマージョリー・ヘイドンの母方の伯父に当たるはずだ。近衛連隊に所属されていて、俺も一度挨拶に伺った。」


いつもは自分の家の家系図さえあやふやなトマスが、意外なくらいしっかり覚えていた。


ウィロビー?ここ数日よく聞く名前ね。


「ちょっとまって、ヘイドン家はアンソニー・ウィロビーの親類だったの?」 


「一応は遠い親戚じゃないか。アンソニー・ウィロビーは前の元帥の息子だから、同じ一族でもサー・クリストファーははとことか、そういう傍流の遠戚だったと思うな。」


「へえ、世界は狭いのね。」


宮殿に来るまではノリッジにしか関心がなかったし、ウィロビー一族を何も知らなかったから、他の地方から来たヘイドン家のお母さんがそんな名門の出身だったなんて思わなかった。


「そうだな。」


「さあ、それじゃあそんな高貴なお母様を持ったマージを一緒に探しましょう。」


「ちょっと待て、俺は協力すると言った覚えはないぞ。」


トマスはまた意地をはっているけど、粘れば折れてくれると思う。


「帰宅するところを止めてしまって申し訳ないけど、そんなに長くかからないわ。それに久しぶりにマージに会いたくないの?」


「いや、会ってもいいように使われそうだからな。それに早く家に帰ってライル女子爵の世話をしないといけないんだ。」


トマスはマージについてなにかトラウマでもあるのかしら。そういえばマージはトマスのことを唐変木って言っていたけど。


「マージはそんなあくどくないわ。ライル女子爵って、奥様のお友達かしら?」


「いや、2歳の娘だ。」


「そっか、娘ね・・・」




娘!?




「ちょっとトマス!!いつパパになったの!?お祝いしそこねちゃったじゃない!!!それより、2歳って結婚式より前じゃない!!トマスできちゃったの!?できちゃった婚だったの!?もちろん、愛があればいいと思うけど!でも我慢できなかったの!?お相手は伯爵令嬢でしょう!?」


「声を抑えろ!!できちゃった婚って一体なんだ!?ともかく誤解を招くことを言うな!!分かった、一緒に探してやるから、頼むから黙ってくれ!説明するから!」


気づいたらトマスが大声で周りの馬が次々と鳴き始めていて、私達は一旦南棟まで避難した。


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