XVIII 二人目の魔女ルクレツィア・ランゴバルド
まだ完全には日が暮れていなかったが、部屋の中はすでに暗かった。ダドリー様は俺に目を向けずに、執務机で何かを読んでいる。
「ダドリー様・・・」
何から話したらいいのかわからない。気がつけば俺は無意識に床に跪いていた。
「ウィロビーはどうしたかね。」
ダドリー様は答えをわかっているはずだ。手元の書類から顔を上げずに聞いてきたが、険しい表情が見える。
「やられました。」
初めて口に出して、思わずゾッとする。
アンソニーはやられたのだ。
「魔女はどうした。」
「魔女は二人いました。」
「二人だと!」
声量がいつも一定のダドリー様が、珍しく声をあげた。
「はい、ルイーズ・レミントンは計画通り捕縛したのですが、もう一人の魔女にアンソニーが捕まり、俺はアンソニーを助けようと頑張りましたが、最後はアンソニーの願いに従って逃げざるを得ませんでした。」
「君はせっかく縛ったレミントンを置いてきたのかね。アンソニーの犠牲を無駄にしてはいないかね。」
ダドリー様はいつもよりも口調が厳しい。
「・・・二人目は生地の上からでも魔法をかけることができました。触られてからアンソニーは抵抗らしい抵抗ができないまま倒されました。他にどんな魔法を使うのかわかりませんが、あの状況で抵抗するもう一人の魔女を引っ張って逃げるのは不可能です。」
これは言い訳だ。
アンソニーが粘っている間に逃げられたかもしれない。でも俺はあいつがやられたことに動転して闇雲に逃げ出した。
ダドリー様のいうことは正論だ。俺は騎士失格だ。でもこれは刃のような正論だ。
「二人いるという情報は上がっていなかった。二人目の特徴は?」
「それが・・・スカーフで顔を隠していたせいで、ほとんど特徴が把握できませんでした・・・アンソニーを楯のように俺の方向に突き出していたので、身体的特徴もよくわかりません。アンソニーより背が低いでしょうか・・・アンソニーは可愛いと言っていましたが、魔法がかかり始めた後だったと思います。」
「恐怖の二人目の魔女、ほぼ情報なし、か。」
ダドリー様の顔はますます険しくなる。
「でも、魔女自身が名乗っていました。」
「自ら名乗っただと?名前は?」
あの場面は目に焼き付いて離れない。全員のセリフを一字一句覚えている。
「ルクレツィア・ランゴバルド。」
「ルクレツィア・ランゴバルド・・・本名かどうか知らないが、この国の人間ではないな。そのような才を持つ魔女が誰の目にも止まらないこともないだろうし、星室庁の建物に違和感なく入れるとなると、市井のぽっと出の魔女に化けの皮をかぶせたものではないだろう。」
ダドリー様がいつも通り分析するのを、俺はぼうっと聞いていた。どれだけ魔女の情報が入ってもアンソニーは帰ってこないのだ。
「魔法の様子を知らせてくれないか。」
「それは・・・」
思い出したくない。もちろん鮮明に覚えている。でも言葉にすることによって、それが現実味を増してしまうような気がして、翌日起きたら夢だったなんていう童話みたいな展開が、起こり得なくなってしまう気がして、俺は躊躇した。
「フィッツジェラルド、ウィロビーを失って傷ついているのはわかる。だが第二第三のウィロビーを出さないためには、この謎の魔女を知ることが必要だ。」
ダドリー様が言う理屈は理解している。ただ言葉が喉につかえて出ないのだ。
「フィッツジェラルド、ウィロビーの仇を取りたくないのかね。」
思わぬ一言にふと顔を上げた。
「魔女は生け捕りにするのではないのですか。」
「レミントンを生け捕りにしたかったのは、無罪放免を了承された国王陛下の面子を思ってのことだよ。誰も知らない大陸の魔女が消えても、表立って文句を言えるものはいない。」
そうか、俺は帯刀していなかったが、あの場でやっつけても良かったのか。接近しないやり方は今でも思いつかないが。
「いいかねフィッツジェラルド、魔女をコントロールしようと思う人間は必ず魔女にコントロールされる。墓場を暴いた人間は墓場に入ることになるのだ。我々は、我々の手に負えないものを始末する、いいな。」
「はい、アンソニーの仇を討ちます。」
そうだ、アンソニーの犠牲を無駄にしてはいけない。
俺は重い口を開いた。




