CLXXXIII 美少女ルイーズ・レミントン
私は『勝負服』に身を包んだあと、男爵と無言のまま向き合った。日が落ち始めていて、窓側に立った男爵の顔は逆光でさっきほどはっきりとは見えなかった。
「スザンナにろうそくを点けてもらいましょうか・・・そうね、スザンナがいないんだったわね、マッチはどこかしら。」
「私は多少暗くても構わないよ。とりあえず腰掛けようか。」
男爵は私に肘掛け椅子を引いて、自分ももう一つの椅子に座った。
「ありがとう。でも顔がよく見えないのはもったい・・・話し合いに不都合だわ。」
「なるほど、さっきから私の目ばかりそんな見ているけど、嘘を見分けようとでもしているのかい?私に騙されていたと知ったあとでは、無理もないことだけどね。」
男爵がすこし意地悪そうな薄笑いを浮かべた。
「いいえ、せっかく戻ってきたんだから特典はもらっておこうと・・・違うわ、そうね、私と男爵は真面目な話をしないといけないわね。でも白い人の具合も気になるから、とりあえず今話す必要のあることを優先しましょう。私は男爵に言わないといけないことがあるし、その上でお願いがあるの。」
泉から門まで、2時間近くの長い散歩の間、私は色々と身の振り方について考えていた。
「お願いか。私としてはルイスが戻ってきたこと自体、望外だからね。嬉しいことだけども、弁護士の娘にしては意外な選択ではあるかな。さてと、今私の言うことがどれだけ信頼できるかはともかくとして、言いたいことは気が済むまで言っていいよ。」
「ええ、私のモチベーションはまた別の機会に話すとして、今は言いたいことを言わせてもらうわ。ヘンリー王子のお世継ぎにかける男爵の意気込みを、スタンリー卿から聞いたの。私は男爵の人を騙し込むやり方には賛成しないけれど、そばにいてこのプロジェクトへの真剣さだけは感じてきたわ。だからこれだけは言わせて。私がマッサージをしても、ヘンリー王子は女好きにも、私を好きにもならないの。」
男爵はおかしそうに首を振った。顔はもう暗くてよく見えないけど。
「ははっ、ルイス、私は魔法で蕩けさせられた王子をこの目で見ているし、それ以来王子はルイスと懇ろじゃないか。王子との子供が欲しくないのはわかるけどね。無理強いをするつもりはないから、無理に魔法を矮小化しなくていいんだよ。」
男爵は始めから私のマッサージを過大評価しすぎている一方で、王子の事情はあまり気にかけていないところがある。やっぱり切り札を切るしか無いみたい。
「男爵は私にくるくるカールのウィッグを用意してくれたけど、あれはノリス君やコンプトン先輩にインスピレーションを受けているわよね。そして私とノリッジの裁判所で会ったとき、男爵は私のことを、少年みたいな美少女、といったわね。」
「いや、美少年のような少女、だったと思うけどね。」
スタンリー卿が私と出奔騒動を起こしたあとも、男爵の軽薄さは相変わらずみたいだった。
「男爵、針を使ったマッサージがあるって話、以前にしたと思うけど・・・」
「もちろんルイスは美少女だ。美少年のような少女といえば美少女に決まっているから省いた、ただそれだけのことだよ。あと、今着ているセントジョンの服は不思議なほどよく似合っているね。その服を借りるというのはなかなかセンスがいい。」
自分でも似合っている気がしたから、少しいい気分になる。マダム・ポーリーヌと衣装合わせをしたときにも思ったけど、男爵はいつも黒服な割にファッションにこだわりがありそう。
「そうでしょう?モーリス君の服の中でも一番着たかったのだけど、今まで機会がなかったの。話を戻すけど、私が赴任したことも、ここでの待遇も全部、ヘンリー王子がノリス君やコンプトン先輩と浅からぬ関係にある、という男爵達の推測に基づいていていると思うの。」
「いや、そんな不敬なことは全く考えていないよ。そんな不埒な想像など、頭の隅をかすめたこともないね。」
男爵はスラスラと用意されたような答弁をした。
「男爵、受け答えがスムーズすぎるとかえって怪しいものよ?それで、そうこうするうちに美少女のような少年たちのかわりに私が誂え向きだと思われたと思うの。もちろんマッサージを受けたスタンリー卿が私に求婚するようになった、という要素も大きいと思うけど。」
「大きいと言うか、それがメインのはずなのだけど、つまり何が言いたいのかな?」
さっきまでリラックスしていたようだった男爵が少し身をのりだした。
「男爵の2つの前提がどちらも間違っているのよ。一つはマッサージの効果についてだけど、これについては男爵の偏見が強すぎるからひとまず置いておくわ。もうひとつは、王子は可愛らしい美少年が好きであるということ。これに矛盾する現場に遭遇したの。」
「矛盾?女性と一緒にいたのかな?」
男爵はこういうふうに希望的観測に頼りすぎるのよね。
「いいえ、逆よ。私は見てしまったの。王子が、何も身に着けずに、美少年とは正反対の男と抱き合っているのを。」
「美少年ではない?まさかニーヴェットか?」
男爵の声が真面目になってきていた。トマスはそこそこ可愛いと思うけど?
もったいぶるように一拍置いて首を振る。
「ルイス・・・まさか・・・」
「ええ、王子と愛し合っていたのは、あのチャールズ・ブランドンよ。」
男爵のシルエットが10秒ほど石のように固まった。




