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CLXXVIII 容疑者ルイス・リディントン

警告1 この章にはやや性的に示唆的な表現が含まれます。苦手な方はご留意ください。なおこの小説は「小説家になろう」のガイドラインを守っています。


警告2 チャールズ・ブランドン視点です。




馬車の中は来たときと同じように窮屈だったが、ニーヴェットが気まずそうにしているせいか雰囲気が悪かった。本来ならニーヴェットを叱りつけるはずのハル王子が、すっかりなだめ役になってしまっていた。


「ニーヴェット、私は気にしていないので、顔を上げると良い。リディントンが急に警備の応援に来たのなら、一時的に持ち場を離れても仕方ないし、ラドクリフ一行と遭遇したなら挨拶をする流れにもなるだろう。私達もそれほど待たされたわけではない。」


「申し訳ありません・・・」


ニーヴェットはさっきから口数が少なかった。不審者を見つけたならともかく、訪問した知り合い二組の相手をしていて王子を見失うのは本来なら護衛失格の失態だ。私としては、リディントンは男を襲う不審者として扱っても良いように思えるが。


私は場を収める気はさらさらなかった。ただでさえ間者騒動のせいでマギーの部屋にいけず、コンプトンの急な思いつきのせいで、マギーの豊満な胸の代わりにハル王子のたくましい肩を触る羽目になったのだ。悔しさのあまり、東の国に亡命した暁には愛人と水浴びに行こうと神に誓った。だから聖職者のような真似をする気力も優しさも残っていない。


私と違って聖人君子のハル王子は、ニーヴェットの機嫌を直すことに躍起になっていた。


「私はニーヴェットが貢献してくれていることを頼もしく思っている。私に献上されたものがオレンジであろうと、レモンであろうと代わりはない。優先順位が最適ではなかったからといって、とくに深刻な間違いでもなかったのだ。次回から直していけば良い。だから過度に反省する必要はない。ニーヴェット、古くから伝わる、黒猫と白猫のたとえ話を知っているか。」


「はあ・・・」


少し介入するか。ニーヴェットがこれ以上粘るとハル王子がまた古代の物語を唱え始めかねない。


「黒猫はともかくとして、リディントンは何をしに泉まで来たのだ、ニーヴェット。護衛を増員するようバウチャー子爵が指示したのか。」


戸惑った顔をしているニーヴェットに畳み掛ける。奴はリディントンの知り合いという時点で、リディントン一味ではないかと訝ったこともあったが、今となっては正直にこの質問に答える気がしていた。


ニーヴェットの馬上槍試合の腕は認める。そこまで馬鹿ではないようだ。しかしスパイが務まる器には見えなかった。リディントンにすでに食われていてもおかしくはないが、ハル王子のように奴のテクニックの虜になってしまった様子もない。


「いや、スタンリー卿が行方不明になって彼の捜索をしていたようですが、無事フィッツウォルター男爵が見つけたようなので、警備の応援というのはことのついでですね・・・」


歯切れが悪いニーヴェット。リディントンという男は年少で新人にも関わらず、家柄的には同格のニーヴェットよりも明らかに力関係が上に見えた。やはりリディントンに貫かれてしまっているのか。


「ふうん、そういえばスタンリー卿は女を抱えて東棟の周りをうろうろしていたじゃないか。あれもなんだか怪しかったな。」


コンプトンもなぜか機嫌が良くないようで、さっき我々が遭遇した女連れの軍人を思い起こさせた。せっかく女の身体検査ができる機会だったのに、スタンリー卿の詭弁のせいであの女を私に夢中にさせる機会は奪われてしまった。


そういえば、スタンリー卿は女に見向きもしないことで有名ではなかったか。かといって男に興味があるようにも見えず、ああいう輩に限って陰で危ないことをしているのだろうと思っていたが、結局は幼女趣味だったのだとさっき勝手に納得したところだった。


「スタンリーは気を失った人間を抱えていた。本人は助けたと言い、ロアノークが検査しについていったはずだが、なにかよくない話のような予感がする。」


馬車の中の4人で唯一明るさを保っていたハル王子も、女の話が出たからか元気がなくなっていた。リディントンにハル王子が犯されてしまったこと以上に悪い話などあるはずもなく、もはやスタンリー卿が侍女を誘拐しようと私としてはどうでも良かった。口説くのではなく無理やり連れ去る手口はいただけないが。


ただ、泉のそばには少し開けた野原があり、そこで女と寝るのには少し憧れがあった。スタンリー卿のように説得できずに連れ去るのは無粋だが、合意が取れるなら亡命前にやってみたいことの一つだ。アニーなら口説き落とせるだろうか。あの場所は景色も良いからな。


「スタンリー卿は野原で呑気に眠っていたところをフィッツウォルター男爵に見つけられましたが、状況からして昼寝をしていたのだろうと思います。周りに人もいませんでした。」


ニーヴェットがやけに間の抜けた解釈を披露した。昼寝のためにあそこまで馬を飛ばす馬鹿はいないだろう。宮廷の女と一緒にいたに決まっている。ただ、スタンリー卿だけが見つかったとしたら、相手の女はどこへ消えたのだろうか。宮廷まで歩くにはなかなか距離もあるが。


そして、ハル王子直属の従者であるリディントンがなぜスタンリー卿の捜索をしているのか。


「なんでリディントンがスタンリー卿を探しにでかけたんだ?」


コンプトンも同じ疑問を持っていたようだった。こいつは本人に向かって「リヴァートン」と連呼するが、三人称では「リディントン」を間違えたことがない。


「あの二人はリディントンがノーフォークにいた頃からの知り合いです。俺もスタンリー卿を知っています。」


さっきより少しだけハキハキとニーヴェットが答える。


知り合い?リディントンはヨーマスの公証人の息子だったはずだが、接点が見当たらない。そういえば伯爵はリディントンの経歴を疑っていたが。


「ふうん、まあ間者騒動も解決したみたいだし、王子様が無事ならどうでもいいけどな。」


気が散りやすいコンプトンは、また興味を失ったようだった。


そうだ、コンプトンにリアルテニスの特訓をしている最中、北の国の間者が現れたという騒ぎがあった。陛下とバウチャー子爵が議事堂に出て不在の日だったので、指揮系統も混乱していたのか、詳しい情報は私まで回ってこなかった。


私はハル王子を遊技場にとどまらせるという決断をした。北の国の間者は王子とリディントンの密会現場を押さえたいのだと、つまり王子が狙いだと直感的に考えたのだ。後から考えれば、リディントンと情報交換をしにきたのかもしれず、リディントンの身柄を押さえた方が良かったとも言えるが。


ハル王子のスキャンダルで王位に近づく北のジェームズ王子、そして王子の体を誑かしてスキャンダルをすでに起こしているリディントンとその黒幕のウィンスロー。この2つの勢力がつながっていないはずがない。伯爵はなぜか慎重だったが、事実として間者は東棟方面に逃走した。ロアノークが棟を手堅く守っていたようで、結局は何もせずに河岸から舟で逃げたようだが、リディントンと信号のやりとりでもあったかもしれない。


そう考えてみると、間者騒動の直後にリディントンが森に現れたのは明らかに怪しい。何者かと接触を図ったのだろうか。そしてなぜかそこで昼間から女の相手をしていたスタンリー卿・・・


ハル王子の嫌な予感が当たっていた気がし始めた。


「ハル王子、スタンリー卿の領地は北の方だったな。」


「ああ、ダービー伯爵家の本領は北のチェシャーの方になる。北端ではないが。その他にも飛び地を多く抱えているので、南部や東部にも所領があるはずだが。」


ハル王子は私の質問の意図を測りかねるようだったが、私の中では点が線になりつつあった。


十分すぎる富と軍事力を持ちながら、内戦時の働きのせいで貴族階級から信頼されず、この国の政治の主流になれていないダービー伯爵家。この国に基盤のないジェームズ王子が即位するには、最適な味方ではないか。内応するには立地もいい。


北の国の間者、リディントン、そしてスタンリー卿、この3人はハル王子を手篭めにすることで結託しているに違いない。ハル王子がリディントンに気持ちよくされるのを心待ちにしている現状では、九割は成功しているといっていい。


だがどうする。奴らの唯一の違法行為が「リディントンにハル王子を襲わせた」ことだとすると、それを暴いてもハル王子まで政治的な傷を負うことになる。北の国もスタンリー卿も私が相手をするには強大すぎる。だがリディントンを殺めてはハル王子も激高するだろう。


リディントンの目的は何だ?報酬か?単純に屈強な男を服従させて楽しんでいるのか?知り合いだというニーヴェットは手がかりをもっているだろうか。眼の前の苦笑いをしている男をじっと見る。


ハル王子とリディントンのどちらかが転落しなければならないとき、こいつはどちらにつくのか。普通に考えればハル王子だが、相手はあのリディントンだ。第一、ニーヴェットには聞かねばならないことがある。


「ニーヴェット、尻は無事か?」


「は?」


意味がわからない、という顔をするニーヴェット。この様子は、おそらくまだ食べられていない。コンプトンはともかくハル王子も混乱した顔をしているが、まさか意味が分からないということはないだろう。


だが私がすべきことは結局昨日から変わっていない。リディントンを王子から遠ざけることだ。ハル王子に気づかれないように。


亡命の前に、ハル王子への長年の恩義を返す日が来たのかもしれない。


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