CLXXV フィッツウォルター男爵ロバート・ラドクリフ
魔女ルイーズ・レミントンを警戒しながら待つこと5分ほど、街道の方角から想定していなかった人間が現れた。
トマス・ニーヴェット。内戦後に成り上がった家の出身で、馬上槍試合のトーナメントで優勝した後、サリー伯爵の婿に収まった勢いのある騎士だ。既婚者ながらヘンリー王子の従者をしている珍しいケースだという。
横たわるスタンリーを囲む私とホーデンをみて、ニーヴェットは気まずそうに前髪をかきあげてこちらに近づいてきた。
「あの・・・」
「トマス・ニーヴェット殿と見受ける。」
向こうは私に名前を知られているのが以外だったのか、すこし驚いた表情を見せた。
「はい、以前確かサリー伯爵の夜会で会いましたよね。ええと、サー・・・」
ヘンリー王子の従者集団は頭ではなく体で選ばれているから、記憶力に足らざる部分があるのは仕方ないだろう。本来なら従者は主人に忘れた相手を思い出させ、挨拶を手助けするくらいの技量が必要なのだが。
「私の名はフィッツウォルター男爵。アーサー王太子殿下の侍従を務めさせていただいている。」
ロバート・ラドクリフとしてではなく、こうして男爵として名乗るのは感慨深い。
「失礼しました、フィッツウォルター男爵。こちらにはどういったご用件で。」
スタンリーの様子を確認しながらこちらに話しかける。さも森の番人かのような話しぶりだ。
「馬車で通りがかったところ、うめき声を聞いたので様子を見に来てみれば、こうしてスタンリー卿が倒れていたという次第だ。もしよければ、あなたこそどうしてこんな辺鄙な場所に来たのか、聞いてもよろしいだろうか。」
ニーヴェットは安心したようにうなずいた。
「いえ、俺はスタンリー卿を回収してほしいとの強引に頼まれたので。でもよかった、ヘンリー王子殿下と3人の従者で来ましたが、殿下とブランドンは特に大柄で、四人乗りの馬車がぎゅうぎゅう詰めだったんで。もしよければ、男爵の馬車でスタンリー卿を運んでいただけないでしょうか。」
頼まれた?
スタンリー卿がうめき声をあげたのはついさっき。状況を考えれば魔女に襲われていたとみられる。通報した人間などいないはずだ。
つまり・・・
「魔女ルイーズ・レミントンに頼まれたのか。」
私の言葉でニーヴェットの顔がひきつるのを、私は見逃さなかった。
「ルイーズ・レミントンですか?魔女?一体誰のことでしょう?知りませんね。」
どうやら演技は下手なようだ。
「知らないというのは不自然ではないか。ニーヴェット家は旧ノーフォーク公爵領の一部を得て権勢を増したと聞いている。その手続を担当したのはサー・ニコラス・レミントンだったはず。違うか。」
義兄上から聞いた内容と、ホーデンから何度もきかされた白軍派の悲劇の物語から、この従者を追い詰めるだけの材料は見つかりそうだ。
「・・・俺は馬上槍試合に夢中で、遺産など難しいことは何も知らされていなかったので、わかりません。社交の場もでませんでした。レミントン家と交流があったのは祖父や兄です。」
「あなたの結婚式にも呼んでいるのに?」
呼んだかどうかは知らないが、同じ地方の名士一族は呼んだだろう。案の定、ニーヴェットは青くなった。
「それは・・・あいつはジョーンズ少年の裁判で来られなくて・・・それも後で人づてに聞いた話で、俺自身はあいつと面識はなくて、兄が勝手に呼んだので・・・」
「あいつというのは当然サー・ニコラスのことではないな。あなたはルイーズ・レミントンを知っている。」
こういうときは二人称を主語にすると動揺を誘う。
「俺は何も知らない・・・」
すこし声を落としてつぶやいた後、ニーヴェットは固く口を結んだ。さすがに反省している様子で、この後はさっきほど簡単には口を割らないだろう。
しかし、ニーヴェットはルイーズ・レミントンの手先なのか、それとも雇用主であるヘンリー王子の意向で来ているのか、それを確かめる必要がある。後者の場合、ヘンリー王子と魔女が結託して王位を狙っていることになる。由々しき事態だ。
次の一手を考えながら、私はダービー伯爵家の紋章が入った手帳に目を落とした。




