CLXXII 第一発見者ロバート・ラドクリフ
剣を構え、声の聞こえた方角に進んでいくと、樹林が開けて野原のようになった場所があった。
そこに横たわる体が一つと、乗り捨てられたような馬が見える。
「遅かったか。」
犯人がどの方向に逃げたのか、手がかりはなさそうだ。
近くによると、被害者の顔に見覚えがあった。
「トマス・スタンリー!なぜここに・・・」
倒れていたのは軍関係の人間なら知らぬものはない猛者だった。あのスタンリー家の一員でなければ、その技術とカリスマから言って騎馬隊を率いていたはずだ。
よく見るとまだ息がある。血の跡もない。
「スタンリー・・・卿、起きてください!」
悔しいが官位も身分も向こうが上だ。内戦の最後の戦いで白軍を裏切って以降、旧白軍派貴族の間ではほとんど村八分だったダービー伯爵家の出身とはいえ、不敬にあたるようなことはできない。
「・・・ふ・・・るい・・・ず・・・」
スタンリーは寝言のようなことを少し口にしたが、私の言うことは聞こえていないようだった。不思議と穏やかな、なぜかむしろ幸せそうな顔をしている。
「お怪我はありませんか。」
返答を待たずに体の様子を確認する。なぜか下半身の服装が乱れているが、膝のあたりが布で縛られているのを除けば怪我らしい怪我はみあたらない。
何か手がかりはないか、立ち上がってあたりを見回す。
このおとなしい白い馬はおそらくは伯爵家のものだろう。いかにも高価な馬だ。だが主人が襲われたにしては平然としている上、強盗が目的であれば犯人はこの高価そうな馬に乗って逃げたはずだ。
怪我はない、一番高価な持ち物は盗まれていない、となると単に昼寝をしていたのだろうか。
「取り越し苦労・・・か?」
改めて見ると、拍子抜けするほど牧歌的な光景だった。明るい色の軽装に身を包んで、満足そうに昼寝する騎士。平然と佇む馬。木漏れ日の差す野原。
いや、不自然だ。
街道からそう離れていないこの場所で従者もなしに昼寝をしようと思うのは狂気の沙汰だ。王領地とはいえ馬だけでも十分に狙われる。その上、スタンリーのように熟練した兵士は、揺すられればすぐに飛び起きるものだ。第一、先程の叫び声は何だったのか。スタンリーの今の表情と全く合致しない。
周りを見回すと、右腕のそばに手帳が落ちているのが見えた。他人の手帳を除く趣味はないが、あまりに不自然な事態だ、何か手がかりがあるかもしれない。
「まさか犯人が名を残している、なんて都合のいいことは・・・あった。」
最初に開いたページに、綺麗な筆跡でメッセージが残されていた。
『置いて行ってごめんね、すぐに戻ってきます ルイーズ』
「ルイーズ・・・」
義兄上が口にしていた、陛下の希望で無罪になったという、男を誘惑する魔女の名。それは確かルイーズ・レミントンだった。スタンリーがやられたという話もあった。
魔女にやられたのか。
そう考えると先程の抵抗するような叫び声も、満足したようなこの寝顔も、軽装で一人寝ていることもすべて説明がつく。以前に魔女にやられていたスタンリーは、魔女のいわれるまま、この人気のない場所に一人で連れ出されたのだろう。
下半身の服が乱されているのにも真っ先に気づいた。よく見るとタイツが下げられ、ブリーチがあげられた形跡がある。さすがにそのまま放置することはしなかったようだから、魔女の存在を知らないものには、何があったのか見当がつかなかっただろう。
魔女ルイーズ・レミントンに気をつけるよう、また彼女を護送したウィンスロー男爵の様子を観察するようにと義兄上に頼まれていたが、これは急いだほうが良いだろう。
それにしても・・・
ふやけたように眠っている軍人を見る。
魔女にやられるとこうなるのか。格別に見苦しいというわけではないが、妻を裏切って、屋外で事に及んで、それで世の中に何の心配事もないように寝息を立てることになるのか。
「そう思うと、この安らかな寝顔がむしろ恐ろしいな。」
この一見平和な光景に、私は妙な不気味さを覚え始めていた。




