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CLXIX 祖父サー・ロバート・クレア

スタンリー卿が痛めた左足は相変わらず縛って固定してあるから、今回は右足でもマッサージしてあげようと思う。


ブーツの靴紐を解いてバックルを外す。タイツを下ろしてブリーチを折り上げる。


「ルイーズ、なぜ男の服を脱がすのにこんなに躊躇がないのか・・・」


無抵抗のまま困惑顔になっているスタンリー卿。もともと眉間にシワがよっているけどなおさら困って見える。


「ここ数日は自分でも着ているから慣れてきたわ。それに私、手先は器用な方だと思うの。」


男性用の服、慣れれば着脱は簡単なのよね。


「いや、そうではなく、いくら将来の夫とはいえ、恥じらいがないのはどうなのだろうか・・・」


この軍人さんはレディーの扱いに無神経でお化粧を待ってくれない割に、こういう細かいところは気にするのね。


「だから結婚する妄想を押し付けないでと言っているでしょう!マッサージする必要に応じて肌を見ているんだから。そもそもマッサージは医療行為なんだから、変な目でみちゃいいけないの!」


「治療という流れではなかったが・・・」


確かにタイツかブリーチの上からでも良かったのだけど、スタンリー卿は家族ぐるみの知り合いだからか、あんまり抵抗がなかった。今だって怪我をしたとはいえ左足はもう出しているし。


「それに誰にでもするわけじゃないわ、お父様のお言いつけはちゃんと守っているの、ここ数日は例外もあったけど。だいたい、そんなこと言われたらこっちまで恥ずかしくなるでしょ!でもぼんやりとだけど、もっとすごいのを見ちゃったから、足くらいで驚きはしないけど。」


「待て、見たのか!?」


スタンリー卿の目がまるで浮気したお嫁さんを追及するように鋭くなる。


考えてみれば現世にはプールもビーチ文化もないから、男性の全裸はもちろん半裸を見る機会ってないのよね。さっきの光景が異常だっただけで。


また失言しちゃった。


「あ、えっと、兄さん、そう兄さんよ!マッサージのために私がボクサーパンツを縫った話をしたでしょう?一瞬あれがずれちゃっただけ。でも、まじまじと見たわけはないから、よくはわからなかったわ。」


もともと兄さんの背中をマッサージするときは割と脱いでもらっていた。それでも恥ずかしかったみたいで本人はけっこう気をつけていたから、本当はずれたことなんて一度もないのだけど。


「ライオネルが・・・怪しいとは思っていたが・・・」


スタンリー卿がなぜか苦々しい表情になった。怪しい?


「待って、兄さん露出狂とかじゃないから。あと、かなり気にしていたみたいだったから、この話は本人にしないであげて。しても否定すると思うけど。」


ごめんね兄さん。でもこう言っておくと本人が否定しても大丈夫。マッサージのときは人払いしていたから、ずれなかったっていう証拠もないし。


「やはりルイーズには危機感がたりない。今回のこともだが、もっと警戒しないと痛い目にあう。」


「肝心なとき『大丈夫だ、私がついている』で押し通すスタンリー卿にだけはいわれたくないわ!もう、そんなことよりマッサージしましょう!」


「待っ・・・」


このままお説教タイムが伸びても面白くないから、問答無用でマッサージを開始する。


まずは膝裏のリンパ節を押していく。


「ぐっ・・・いい・・・」


スタンリー卿の抵抗が治まってきた。


「思ったより膝裏がつまっているわ。筋肉痛ではなさそうだから、リンパの流れが悪いのかしら。左膝をしてあげられないのは残念ね。」


本当は体を温めてからだともっと効果があるのだけど、左膝のあたりを冷やしているのに正反対のことはできないし、今回は色々と制約が多い。


「・・・うぐっ・・・いい・・・待っ・・・まだ大事な話が・・・あがっ・・・」


「求婚ならお断りしたでしょ。ふくらはぎに移るわね。」


アンソニーお気に入りのふくらはぎをさすりあげるマッサージ。スタンリー卿みたいに運動している人は、ふくらはぎを強く押しても心配ないから安心してマッサージできる。


「違う、サー・ロバートが・・・うがっ・・・すごいっ・・・好きだっ、ルイーズ・・・」


そういえばスタンリー卿を前回マッサージしたときもふくらはぎだったかしら。ヒザ下から足の付根に流すようにしていく。


「まったく調子がいいんだから。それよりお祖父様がどうしたの?大事な話ってレミントン家にかかわるの?」


「・・・いいっ・・・すごいっ・・・気が遠くなるっ・・・ぐあっ・・・キレイだっ・・・ルイーズ・・・」


スタンリー卿の目の焦点が合わなくなってきた。ふわふわしているみたい。


「ちょっと!嬉しいけど、『ぐあっ』の後に褒められても困るわ。それよりおじいさまになにかあったの?病気?」


母方のおじいさまは裁判前にもあっているけど、とくに具合が悪そうにはみえなかった。領地でトラブルでもあったのかしら?


思わず手に力がはいる。


「・・・それはっ・・・・いぎっ・・・ああっ、好きらあっ・・・おぐっ・・・」


呂律が回らなくなってきた新人弁護士さん。顔はアンソニーほどは崩れていないけど、前世の遊園地のアトラクションで目を回した人みたいになっている。


「スタンリー卿、それでも弁護士なの!簡潔に要点をまとめて!」


「・・・ふ・・・あ・・・」


スタンリー卿は私の要求に答えることなく、そのままそっと目を閉じた。赤いあごひげのフレームの中に満足そうな顔がある。


「ちょっと!寝ないでよスタンリー卿!おじい様がどうかしたの!?」


そういえば裁判のきっかけになった前回もこんな感じで、家の使用人にスタンリー卿を運んでもらったんだった。今回は孤立無援だからちょっと困ったことになる。それでスタンリー卿は場所を気にしていたのかしら。


「おきて、ねえ起きてってば、スタンリー卿!」


怪我をしているのに、ご機嫌な寝息を立て始めたスタンリー卿。レミントン家の人はここまでにはならないから、当時はこの人が異常なのかとおもったけど、アンソニーとモーリスくんの反応もこんな感じだったし、レミントン一族には免疫かなにかがあるのかしら。使用人も平気だっただから、遺伝ではないのかもしれないけど。スタンリー卿はノリッジの出身じゃないから地域性があるのかもしれない。


しばらく起きそうにないスタンリー卿のそばで私は途方に暮れてあたりを見回した。空が青い。


風が気持ちいいけどさっきよりも冷たくて、スタンリー卿の足が長くなった木の陰に入るようになってきた。すこしはなれたところにいるプリンスは退屈するそぶりをみせずに、じっと待っている。遠くで馬車の音がする。


日が暮れる前に起きてくれるかしら。


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