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CLXIV 名馬プリンス

馬がじっとしていてくれたから、すこしは落ち着いて今の目の位置に慣れてきた。


「落ち着いたかルイーズ?姿勢をもう少しまっすぐにするといい。」


すぐ後ろから、よく通る低めの声が耳に響いた。


「よく聞こえるから!耳元で大きな声出さないで!」


そもそも手綱を掴むスタンリー卿の両腕に囲まれる形になっているから、今の位置は結構圧迫感がある。この人は隙を見せると『高い高い』をしてくるから、この距離感は別に初めてではないのだけど。


「ルイーズ、馬が驚いてしまうから落ち着いて。あと、自分の声の大きさについて思うところはないか?」


今度はスタンリー卿が抑えた低い声で囁いてきた。


「私の声?普通だと思うけど・・・」


後ろの人の顔が見えないから、なんだか会話が変な感じになる。


私の見える範囲で言うと、門番と話をしていたセッジヒルさんがとことこと小走りで近づいてきた。


「どうしたのだ、アーノルド?」


「それが、ルイーズ・レミントン様の名前が確認できないとのことです。」


そういえば、宮殿の出入りは確認が必要だった。


「言っていなくてごめんなさい、セッジヒルさん。私は今、ヘンリー王子付きの侍従、ルイス・リディントンなの。今日はお休みをいただいているから、外出には問題ないはずよ。」


「ルイス・・・ですか。かしこまりました。しばしお待ちくださいませ。」


あまり納得していない感じのセッジヒルさんがまた門番のところに戻って行った。


「それでウィンスローはルイーズをルイス呼びしていたのか。後で締めあげないとな。」


後ろで恐ろしいことを言っている軍人さんがいるけど、顔が見えないと冗談かどうかいまひとつ判別がつかない。


「男爵の話をするのは、私がもう少し落ち着いてからでもいいかしら?」


「そう悠長なことも言っていられないのだが、とりあえずは景色のいいところで馬から降りて話そう。」


遠駆けに行くってレジャーなのに、なんで急ぐことがあるのかよくわからないけど。でも宮殿からしばらく出ていなかったし、景色のいいところに行くのは割と楽しみかもしれない。


セッジヒルさんが遠くで帽子をとって、私達の方を見ながら振った。O Kがでたみたい。あと前に会ったときよりも髪の毛が寂しくなったかしら。


「よしルイーズ、鞍の前方に掴むところがあるから、しっかりつかまるんだ。手綱は私が捌く。」


私が返事をする前にスタンリー卿がほんのすこし手綱を動かして、馬はゆっくりと歩き出した。


レミントン家の馬よりも前後に揺さぶられる動きが大きい。すこしびっくりする。


でも左右に揺れないみたい。馬が歩いている間はとりあえず落馬しそうにはなくて、割と落ち着いたまま乗っていられそう。


そのままゆっくりしたテンポで門番のところを通り過ぎた。セッジヒルさんが何かを記入し終わって私たちに手を振る。


「いってらっしゃいませ。」


「いってきます、セッジヒルさん!」


スタンリー卿自慢の馬はやっぱり安定感が良くて、乗る前の怖い気持ちはどこかに行ってしまっていた。これで逞しい両腕に囲まれていなかったら、もっと爽快な気分だったかもしれない。


トロット!」


門を出たところでスタンリー卿が馬の足を早めた。トロットは4本の足を2本ずつペアで動かす、小走りみたいな動作。馬が歩いているときや走っているときよりも振動が激しくて大変だから、なんのために存在するのか私には分からない。


馬の体格から予想はしていたけど、上下運動が激しい。


腰への突き上げ感がすごく強い。


「いい子だプリンス。」


「ちょっ、とっ、揺れっ、すぎっ、おちっ、ちゃうっ、でしょっ!」


体がぴょんぴょん跳ねているせいでまともに話せない。上下振動で時々体が浮いて割と怖い。


「腰が辛かったら、馬の動きに合わせて腰を浮かせるといい。」


「そんっ、なっ、ことっ、言ったっ、てっ!」


溺れているときに泳ぎ方を教えられても困るんですけど。でも時々スパルタなスタンリー卿ならそれもやりかねない。


キャンター!」


ポヨンポヨンと跳ねている私を見かねたのか、スタンリー卿は馬を走らせた。パカラッ、パカラッと蹄鉄が軽快な音を立てて、周りの景色がぐんぐん通り過ぎていく。


自転車にすこしスピードがある方が安定するのに似ていると思うけど、馬も走ってくれた方が早歩きよりも揺れが少なくて、安心感がある。


体を前後に振られるから軽く腹筋運動しているみたいな感じにもなるけど。そういえば乗馬はダイエットにいいってお母様がいっていた気がする。思い切り後ろに揺られてもスタンリー卿がいるから落馬はしない。風でウィッグが取れないかすこし心配だけど。


駆け足のまま私たちは森に入った。天気がいいから、木漏れ日の中を颯爽と駆けるのは爽快だった。


「気持ちいい風ね!」


後ろのスタンリー卿に聞こえるかわからなかったけど、とりあえず感想を行ってみる。


「そうだろう、プリンスは素晴らしい馬だろう?」


返事からは聞こえたのかどうかわからなかった。


すこし森が開けて、牧草地みたいになっているところがあった。スタンリー卿が馬のスピードを緩め始めた。


トロット!」


「またっ、揺れっ、ちゃうっ!」


また私の体がぴょんぴょんと跳ね出した。走っているのに急には止まれないっていう、自動車のギアみたいなものなのかもしれないけど。そういえば前世でせっかく免許を取ったのに、結局一度も運転しなかったからもったいなかった。


ウォーク!」


ようやく馬が歩いてくれるようになった。しばらく行ったところで止まる。


庭園の芝生ほど綺麗に刈られてはいないけど、牧羊地なのかな。ピクニックには良さそうな原っぱが広がっていた。


「降りるぞ、ルイーズ。」


乗り降りが一番ぎこちないから、できれば乗ったままでもよかったのだけど、スタンリー卿だけ降りられても困るから大人しく抱えられて降ろされることにした。


馬を降りると、ちょっと伸びをする。木漏れ日が気持ちいい。


とりあえずスタンリー卿にちゃんとお礼をしようと思う。


「ええと、怖いこともあったけど、思ったより楽しかったわ。私が困っていたから、元気付けてくれたんだと思うけど、改めてどうもありがとう。少なくとも気は紛れたわ。」


「ルイーズが楽しめたならそれでいい。」


甲冑を脱いでアイボリーとグレーのツートーンの服を着ていたスタンリー卿は、黒のハンチング帽とダークグレーのズボンを含めてヘンリー王子の宮廷の基準よりもお洒落だった。王子達と違って肩を張っていないからスマートに見える。赤茶の毛とアイボリーの服はそこまで合わない気もするけど。


「さてと、本来ならこのまま駆け去ってもよかったのだが、ウィンスローの言っていたことも一理あった。やはりルイーズの意向も聞いておこうと思ってな。」


スタンリー卿はいつもより若干柔らかい目をして私を見た。服装も含めてさっきよりも優しいイメージになっている気がする。でも長いブーツは軍用のままだから若干バランスが悪いかもしれない。


「スタンリー卿が私の意向を聞くなんて、成長したじゃない。ここら辺の地理は詳しくないし、遠駆けは素人だから、今は意向を聞かれても困るけど、でも私の了承を得ようとするこの意気込みを大事にしてほしいわ。」


「このまま出奔しないか、ルイーズ。」




えっ!?


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