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CLXIII ダービー伯爵家侍従アーノルド・セッジヒル

スタンリー卿に引っ張られるままに私は南棟の外に出て、正門の方の馬車が乗り付ける場所まで歩いた。相変わらず晴れやかな天気だけど、間者騒ぎのせいかいつもより人通りは少ない気がする。


おかげであまり人とはすれ違わなかったけど、考えてみれば私は今若い兵隊みたいな格好をしているから、スタンリー卿に手を引かれているのは変に見えたかもしれない。


「スタンリー卿、別に手を引いてくれなくても道はわかるから大丈夫。私がこの格好だとスタンリー卿にも王子みたいな変な噂が立っちゃうし。あとさっきから歩幅もあってないよね・・・」


「私の心配はしなくていい。それにこう言う時にとぼとぼと歩いていると気が滅入るだろう、ルイーズ。」


こちらに優しく目配せをするけど、引っ張り方は緩めてくれないスタンリー卿。この人は良くも悪くもあまり評判を気にしない人だけど、たまには世間体を気にして欲しいときもある。


ずんずん行進していく軍人さんの倍くらいの速度で足を回転させていると、前の方に見覚えのある白い二頭立て馬車が目に止まった。白地の上からスカイブルーのタスキに金色の鹿の頭が三つ描かれた、スタンリー卿の実家の紋章が輝いている。


「スタンリー卿自身はともかく、家紋はいつ見てもすごくかっこいいと思うわ。おじい様の家の紋章に似ているけど。」


母方のクレア家の紋章は白・藍色・白の横三色で、真ん中に金色の鷲がいる。スタンリー卿とはすごく遠い親戚らしいから、それで似ているのかもしれない。


「はは、褒め言葉として受け取ることにする。うちの家紋はルイーズのお気に入りだったな。そういえば、以前ルイーズの紋章も考えたのだが、せっかくだから見てくれないか。」


スタンリー卿は懐から皮張りのポケットブックみたいなのものを取り出してページをめくった。黒チョークで描いたスケッチみたいなのを見せてきた。


スタンリー家の紋章が描かれた盾の隣に、レミントン家の紋章が入った盾が描かれて、継ぎ目にハーブと巻物みたいな装飾で埋められている。レディの扱いは大雑把なスタンリー卿だけど、こういうところは結構芸が細かい。


「白黒で見るといい感じだけど、カラーにすると色のバランスが悪いかもしれないわね。レミントン家の熊は緑だし・・・」


レミントン家の紋章は白地に緑の熊、その上から青い逆V字の楔が入っている。熊が閉じ込められているみたいで私はあんまり好きじゃない。


「わかった、結婚式の前に二人で色合わせをしよう。」


「待って、誰も結婚するなんて言ってないんだから!!あっ、これルイーズ・スタンリーの紋章なのね!調子に乗らないでよ、バカっ!」


馬車の前でいつもの言い合いをしていると、スタンリー卿の従者の方が私たちを見つめているのに気づいた。


「そのお声はまさかルイーズ様ですか、一体どうなされたのです、そのような出で立ちでいらっしゃって。」


目をまん丸にして驚く従者のセッジヒルさん。スタンリー卿に比べてやや丸いシルエットのセッジヒルさんは、すこし高い面白い声を持つ人。角張った低音のスタンリー卿と並ぶと、前世で漫才をやっていそうな二人組にも見える。


「こんにちはセッジヒルさん。話すと長くなるけど、馬に乗るにはこれくらいがちょうどいいでしょう?変装、すぐには見抜かれなかったみたいで嬉しいわ。タウンゼンドさんは今日いらっしゃらないのね。」


スタンリー卿を崇拝している感じの若い副官の方が、連れ添いとしてよくレミントン家に来ていた。


「ルパートは本邸にいる。今日は王都の母上の屋敷から来たからな、地元に代理が必要だった。」


この人は淡々と語るけど、ひょっとして私を捕獲するために王都にいたのかしら。知らないうちに多方面に迷惑をかけていそうでちょっと気が引ける。


「ええと、今日はセッジヒルさんも馬に乗るの?この馬車を引いている馬は私が乗るにはちょっと背中が高すぎるのだけど。」


「いや、アーノルドと馬二頭はここで待つ。馬に乗るのは私とルイーズだけだ。」


部下や召使は名字で呼ぶのが本来のマナーなのだけど、スタンリー卿は頻繁にファーストネーム呼びをする。


「私でも乗れる馬なのよね?軍馬みたいなのはやめてね?怖いんだから。」


「心配ない、私がついている。」


多分タウンゼンドさんあたりにももっと危険な状況で同じセリフを言っているんだろうけど、この文脈でこのセリフは信用できない。そもそも私の質問への答えになってない。


「お二方、今日はとっておきの馬をご用意いたしましたので。」


いつの間にかセッジヒルさんが、颯爽とした白い大きな馬を連れてきていた。左右に少しだけ体をくねらせて歩く様子が優雅に見える。


「綺麗な馬ね・・・」


馬は匂いがちょっと苦手だから、積極的に乗馬しようとは思わなかったけど、遠くから見る分には綺麗だなと思う。


「そうだろう?美しいだろう?プリンスという名だ。乗るのが楽しみになってきたな?」


スタンリー卿は本人よりも持ち馬の見た目を褒めると上機嫌になる。でもそれよりも聞き逃せない発言があった。


「えっ、私が乗るの!?このサイズだと私は乗れないわ!」


近くで見ると、レミントン家で私がたまに乗っていた馬の1.5倍くらいのサイズだと思う。顔は優しそうだけど。


「安心するんだ、私がついている。」


「だから答えになってないってば!」


押し問答をしている私たちを横目にセッジヒルさんは馬の背に鞍を固定していた。よく見ると形が二段構えになっている。


「あれが気になるか?特注の鞍だ。ちゃんとルイーズの身長に合うように、あぶみも調整してある。」


スタンリー卿は私の従者だったエグバートやメイドのアメリアとも知り合いだったから、怖いくらい私のデータを揃えている。


「いや、それはいいのだけど、ひょっとしてスタンリー卿と二人乗りするの?」


「そうしないと怖いだろう?心配ない、私の手綱さばきは陸軍随一だ。」


スタンリー卿のスキルを疑うつもりはないけど。前世で一流のレーサーがドライブをする車に乗りたいかと言われれば答えはノー。


「スタンリー卿はスピード出しすぎそうだからいずれにしても怖いわ。それに二人乗りは結構恥ずかしいし・・・」


考えてみれば私はそもそも若い兵隊の格好をしているから、手を繋ぐよりもまずい気がするけど?


「硬いことを言わないでくれ。私はこうしてルイーズと遠駆けするのが夢だった。」


「夢だからって強引に実現しないでよ!私乗りませんからね!」


スタンリー卿は拗ねたような顔をした。もともと気難しそうな顔をしているから何だかちょっと面白い。


「拗ねても知りません!私はそんなに甘くないから!」


「仕方ない。ルイーズの乗れるポニーを探してくるから、ちょっとだけ採寸してもいいか?両手を地面に平行にして。」


ポニーだと遠駆けできるか怪しいけど、この馬よりは安心できそうね。両手を広げる。


「こう?」


「そうだ。」


スタンリー卿は私の脇に手を入れると、ブワッと私の体を浮かせた。そのまま馬の方に連れて行かれる。


「また騙したわね、スタンリー卿!!おろして!これ高い!」


「ルイーズ、馬の周りで暴れると馬が緊張してしまうから気をつけるんだ。そっと優しく。」


馬に暴れられたらもっと怖いから、スタンリー卿にされるがまま前のサドルに乗せられた。目前にふさふさの馬のたてがみが広がる。


馬が大人しくしているからか、あぶみがちょうどいい位置にあるからか、思ったほど怖くなかった。目の位置が高いからやっぱり緊張はするけど。


「いい子だルイーズ、馬は神経質だが、じっとしていれば怖いことは何もない。前傾姿勢にならないようにな。」


勝手に乗せておいて『いい子だ』って言ってこられると、なんだか私まで調教されているみたいな気持ちになる。


「・・・スタンリー卿、せめて胸の甲冑と金具とって。さっき痛かったから。」


「それは悪かった、すこし待っていてくれ。」


スタンリー卿がハンチング帽を一旦外すと、さっきの私みたいに両手を広げて、セッジヒルさんの手伝いで甲冑を取り外しにかかった。


考えてみればスタンリー卿は私にドレスを送ってくれたこともあるし、採寸しなくとも私の寸法を熟知しているはずなのよね。


「私のバカ・・・」


「珍しいなルイーズ、どうしたんだ?」


軽装になったスタンリー卿が後ろのあぶみに足をかけて、勢いよく馬にまたがる。反動ですこし馬の体が揺れた。


「揺らさないで!怖い!」


「心配ない、私がついている。」


スタンリー卿の圧迫感を後ろに感じながら、私は自分の不注意を呪った。


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