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CLVII 大叔父ジョン・クラーク

私の部屋は広くて家具が少ないから、スザンナがいないとなんだかがらんどうな感じがする。男爵に花瓶を買ってもらって、フィッツジェラルドのお花でも生けようかしら。


とりあえずペチコートを脱いで、長いシュミーズの上からニッカーボッカーを履いて、肩にサスペンダーを通す。股上の深いやつで、乗馬には向きそう。現世の男性の袴は踝まで届かないのが多くて、このネイビーのニッカーボッカーも膝下くらいまでだった。膝まであるタイツをそのままに、革のブーツを上から履いて紐を縛る。


上にダブレットを羽織る。ちょうど腰回りまでカバーする丈で、下のボタンを開ければ裾が広がる作りだし、乗馬には良さそうなんだけど・・・


「うーん、微妙。」


鏡に映った自分に少しがっかりする。上下ともなんだかのっぺりしていて、とにかく地味。革のブーツだけ浮いている。


「ルイス様、入れて!」


スザンナが帰ってきたみたいだったから、扉を開けにいく。スザンナの横にゴードンさんも控えていた。


「どうかしら?」


おずおずと聞いてみる。


「質実剛健でよろしいかと。」


ゴードンさんはまたもや模範解答をしてくれた。


「うーん、ダサいけど、別にイチャイチャしないならいいんじゃない?」


そうなのよね、ちょっとダサいのよね、上下同色で縁も目立たないから作業着みたいだし。イチャイチャは全く関係ないけど。


「薄手のようですし、上から華やかなマントなど羽織られては?」


「そうね・・・」


ゴードンさんは実務的なコメントをくれた。黒いマントなら持っているけど、なんだか合わないわ。


「そうだルイス様、ちょっと待ってて!いいこと考えた。」


スザンナはとてとてと衣装棚まで走ると、白い布と赤茶色の革紐を持ってきた。


「それって、アンソニーの涎掛けに使った白い布と、アンソニーを下着の上から縛った革紐じゃない!」


「そうだけど、布はちゃんと洗ってあるし、革紐も清潔だから大丈夫。」


そう言いながらスザンナは白い布をタスキみたいに私の左肩から右腰に掛けて、上から革紐で固定した。お腹周りにも同じように、ベルトみたいな格好で上着の上から白い布と革紐を巻いていく。タスキと帯の縛り目同士を背中側の腰元でピンで固定させて、上から革紐でホルダー風に見えるようにカバーした。


「どう、騎兵さんみたいでじゃない?右胸に勲章か何かがあったらなおいいね。肩当てもしとく?」


スザンナに連れられて化粧台の鏡に映った私は、おもちゃの兵隊さんみたいだった。タスキと腹巻きがかかったくらいでこんなに印象が変わるのね。


「本当ね!ちょっとぎこちないけど、さっきよりずっといいわ!」


私がリアクションをとっている間に、スザンナは白い細かい布をカラーと肩の部分にピンで取り付けた。私の上半身は、紺の上から白のZを描くような図柄になる。アンソニーのことを一旦忘れれば、それなりの格好には見えるかもしれない。


「これでいいわ。可愛くはないけど、ルイスである以上しょうがないし。そう考えるとモーリス君のローブは男の子でも可愛くも格好良くも見える逸品だったのね。馬に向かないのは残念だわ。」


モーリス君の深緑のローブ、せっかく借りたし、どうせなら一回着てみたい。


「気に入った?ルイス様?」


「ええ、ありがとうスザンナ、もし職にあぶれたら、クラーク大叔父さんのところに紹介してあげる。織物商だけど、仕立ても手掛けているわ。」


クラーク大叔父さんは私に甘かったから、子供服に割と良い生地を使ってくれたのよね。商売上手だけど鷹揚としているから、スザンナみたいなテキパキしたスタッフがいるといいかも。


「えへん、参ったでしょ?丁稚さんたちはいいカラダしてる?お客さんは?」


「・・・」


ええと、私が推薦したスザンナが男性店員を襲った場合って、私が責任の一旦を担わないといけないのかしら?体格の良い男性が来店したら、この子は採寸しながらお触りしそうよね。大叔父さんは市長もしていて忙しいから目が届かないかも。


ごほんとゴードンさんが咳払いして、私はシミュレーションをやめた。


「お言葉ですがルイーズ様、確かに凛々しいご格好ですが、やや目立ちます。先日マダム・ポーリーヌが採寸していた際、もっと地味な格好を御所望だったと聞き及んでいますが。」


ゴードンさんは少し困惑しているみたい。そういえば、3日前の私は『派手な王子周辺に合わせたくない』、とか言っていた気もする。


「もちろんノリス君とか、サーカスみたいな格好は嫌よ。特にブランドンや王子みたいな肩パッドとピチピチタイツとコッドピースは絶対にしたくなかったの。あくまで仕立て方の話ね。」


王子とブランドンの格好はセクハラだと思う。スタンリー卿は変な格好をしてきたときに私がレミントン家から締め出したのがきっかけで、少しはセンスのある格好をするようになった。まだちょっと田舎っぽいけど。


「でも色合いとしては派手と言っても、ノリス君以外はみんなそこまでひどくなかったから、私もこれくらいがいいと思うわ。そもそも当初は目立たない予定だったのに、なぜか目立ってしまったから無理に地味にすることはないのよ。それに、家族や友達から離れたこの宮殿で、おしゃれは貴重な楽しみなの。」


そう、洋服を選ぶのはこの宮殿でも貴重な楽しみ。ノリッジにいた頃は、アメリアと無駄話をしたり、エグバートとリアルテニスをしたり、ドミニクにご飯のアレンジをお願いしたり、クラーク大叔父さんの呉服屋さんで買い物したり、バーグ家の犬と戯れたり、パストン家で合奏したり、マージョリーとお泊まり会をしたり、ウルスラとスケッチをしたり、ロジャーをチェスで負かしたりしながら、それは充実した日々を過ごしたものだったわ。今は自由に動き回れないから、ほとんどができなくなっちゃった。


リアルテニスは頼めばやらせてくれそうだけど、あんまりあの八百長軍団を相手にしたくないわ。


「わかりました。私はそう言った事情に疎いもので、出過ぎた真似をいたしました。」


「気にしないでゴードンさん。専門外の助言までお願いしてごめんなさいね。ありがとう、色々と助かったわ。」


そういえばゴードンさんは近衛兵の制服以外の格好をしているところを見たことがない気がする。


「スザンナもありがとう。モラルはともかくアレンジ力はさすがね。私、ちょっとは男装の麗人っぽく見えるかしら?」


「えへん、もっと褒めて!男装の麗人というか完全に若い兵隊さんに見えるよ?」


あまり嬉しくない感想だけど、まあ気心の知れたスタンリー卿が相手だし、変な格好じゃなければいいか。


「そう・・・でも紺と白のコントラストは性別に関わらずいいわね。」


「でしょう?白い部分はニンニクに着想を得たの!」


ニンニク?


「ああっ、歯磨きしてなかった!!」


大事なことを忘ていたみたい。慌てて歯ブラシを探す。


「ルイス様、お化粧と香水はどうするの?」


「今朝のお化粧がまだ崩れてないからこのまま行くわ。香水はシトラスをお願い!スタンリー卿は爽やかな系統の香水が好きなの。あと、戻ってくるまでに適当な帽子を用意しておいて!」


私は馬の尻尾を使った歯ブラシを掴むと、口を抑えて、洗面所の方へ小走りで駆けて行った。

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