CLIII 代理人チャールズ・ブランドン
私の目の前には鉄製の甲冑に覆われたスタンリー卿の胸部が広がっている。私の顔から血の気が引くのに気づいたのか、私を抱えるスタンリー卿は私の顔が周りから見えない位置にずらしていた。ほっぺたが痛いけど我慢するしかない。
「もう一度聞く、ここで何をしている。」
王子の声の聞こえ方からいって、王子はスタンリー卿の背中側に現れたみたい。スタンリー卿は王子ほどではないけどそこそこ大柄だから、王子達からは私はよく見えないはず。
「これはヘンリー王子殿下、大変失礼しました。具合の悪い女性を見かけたので、医者のところに連れて行こうと、この近衛兵に道を尋ねていたところです。なにぶん、事情が事情ですから、大変失礼ながらこの格好のままで失礼させていただきます。」
スタンリー卿は無難に返した。私を隠し通してくれるのは嬉しいけど、王子に背中を向けたままでは非礼に当たるはず。
「東棟は庭園を含めて女性禁止になっている・・・スタンリー、お前もよくわかっていたはずだ・・・」
王子の口調は怒っているけど、声はむしろ絶望しているように聞こえた。女性がいるという認識だけでも気分が悪いのかもしれない。私に耳かきされてもご機嫌だったけど。
それにしても王子はスタンリー卿のことを知っているみたいだった。ダンディなスタンリー卿のおじいさまは王太后様の再婚相手だから、二人が知り合いでも不思議ではないのだけど。
「規則は存じ上げております。相応の処分はお受けいたしますが、間者の騒動で宮殿も混乱しており、南棟周辺に案内できる人間が見つからなかった、という事情も汲み取っていただければと思います。あくまで人命が第一ですので、これにてお暇させていただけると幸いです。」
スタンリー卿は淡々とした口調のまま、私を抱える位置を少しずらして王子に会釈した。金具が私のお腹に当たって痛い。でもこれで逃げられるはず。
「待てっ、我らが王子様に挨拶をしないなど、その女、無礼千万だな!名を名乗れ!」
王子の方角から、コンプトン先輩のガミガミした声が聞こえた。余計なことを言うのね。そういえば今日は王子が先輩にリアルテニスの特訓をしていたんだっけ。
ここでルーテシアと名乗ったら声でルイスだとバレそう。
「(スタンリー卿、なんとか場をごまかして。危機管理は得意でしょ?)」
ささやくくらいの声の大きさでスタンリー卿にS O Sを送る。
「殿下、私が抱えているところからもわかります通り、この少女はほぼ失神してしまっておりまして、残念ながら礼にかなった対応をとることができません。東棟周辺に連れてきたのは私でありこの少女に非はありませんので、どうか責任を問うことのありませんよう、お願いいたします。」
グッジョブ、スタンリー卿!
「待つんだ。」
今度はブランドンの甘い声がした。今日に限って面倒な二人が王子に付き添っているのね。
「失神した女は男とその体勢を保てない。私は経験から身をもって知っている。その女は意識があるはずだ。」
これがもしブランドンじゃなかったら気を失った女性を助けたのかなと思うけど、この脳内下半身男のことだからロクでもない経験に決まっているわ。王子はこういう話を聞いても平気なのかしら。
それでもなんだかスタンリー卿に抱きしめれれているのが少し恥ずかしくなってきた。甲冑が痛いし、そもそも状況的にそれどころじゃないけど。
「簡潔にお伝えするために『ほぼ失神』という言葉を使いましたが、朦朧としているだけで辛うじて意識があるようにも思えます。しかしながら、ご挨拶をできる状況にない、という点に違いはありませんから、殿下を相手に粗相のないよう、大事をとってこの場はお暇させていただきたいという次第です。そもそも殿下は女性からのご挨拶をお受けにならないと思いましたが。」
スタンリー卿が反撃に入った。王子はともかくバカ二人を相手にこの軍人弁護士が負けることはないはず。
「女性からハル王子への挨拶は私が代理で受け取ることになっている。また東棟の敷地に侵入した女性の身柄は私が預かって審査することに決まっているのだ。よって、よければその女性を検査して差し上げよう。大丈夫だ、手荒なことはしない。このチャールズ・ブランドン、女性の体の扱いは心得ている。」
背筋に虫唾が走った。
ブランドンがその『検査』とやらをするまでもなく、私が宿敵ルイス・リディントンだとバレるはず。何をされるか想像しただけで恐ろしい。大体なんで審査する決まりになっているのよ。
宮廷勤め始まって二度目の貞操の危機に私は思わず体を震わせた。あと金具に体が当たって痛い。




