CLII 弁護士実習生ライオネル・レミントン
スタンリー卿流儀の自己紹介を受けてゴードンさんは混乱しているようだったけど、我にかえったようにスタンリー卿に礼をとった。
「スタンリー卿、誠に申し訳ありませんが、ハーバート男爵及びチャールズ・ブランドンの指令により東棟は部外者に対して封鎖されています。先ほどもダドリー議長閣下とフィッツジェラルド様がおいでになりましたが、枢密院顧問官に対する例外としての許可はおりませんでした。」
「私が入れないのは構わない。むしろなぜルイーズが入れるのかと聞いている。」
スタンリー卿はコミカルなときと真面目なときの切り替えが早くて、この人相手に話を煙に巻くのは至難の技なのよね。フィッツジェラルドが何をしにきたのか気になるけど。
「私の口からは申し上げかねます。どうかウィンスロー男爵にお問い合わせください。それとルイーズ様、ヘンリー王子殿下が間も無くお見えになりますので、ルイス・リディントンのご格好をされるのがよろしいかと。」
ゴードンさんは模範解答に終始した。確かにこの格好のまま見つかったら良いことはなさそう。
「わかったわ、ありがとうゴードンさん。スタンリー卿は大人しく待っていてね、王子一行が来ても、くれぐれもルイーズ・レミントンがいたと言って私を困らせないでね。」
スタンリー卿は時々空気を読まないときがあるから、釘をさしておかないと。
「ちゃんと戻ってきてくれよ、ルイーズ。それにルイーズが驚くに違いないいい知らせもある。」
「なに、気になるじゃない。」
スタンリー卿はもったいぶらない人だから、聞けば大体教えてくれる。
「見てくれ、ルイーズ、グレイ法曹院の証書だ!」
「ほんとに!?」
思わず振り返って、目の前で羊皮紙を広げるスタンリー卿を見つめてしまった。
胴には鈍い銀色の甲冑をつけているのに頭には黒いハンチングみたいな帽子をかぶっていて、今日はなんだか歪な格好をしていた。相変わらず赤茶の髪の毛と薄い顎髭がフレームみたいに細長い顔を囲っている。
「やっと可愛い顔を見せてくれたな、ルイーズ。驚いた顔も実に可愛らしい。」
大きな目が優しく細められて私を見つめる。おでこが広くて眉間にシワが寄りがちなスタンリー卿はちょっと実年齢より上に見えるしイケメンではないけれど、目とか口とか個々のパーツは綺麗だと思う。
「そんなことよりちゃんと見せて。」
スタンリー卿の手から証書を奪い取ると、確かにグレイ法曹院の証書だった。お父様の書斎に飾られているのと一緒。
「すごい!やったじゃないスタンリー卿!自分のことみたいに嬉しい!」
官吏志望の貴族が法曹院に籍を置くのは珍しくないけど、弁護士資格を目指すなんてまず聞かない。でもスタンリー卿は複雑な事情があって法律に興味をもっていて、軍人仲間から馬鹿にされるのをものともせずに独学で頑張っていた。お父様と仲良くなったのもその過程だったと思う。
「まだひよっ子だが、これでライオネルに追いついたかな。私みたいな特殊なケースを修行させてくれるかは怪しいが、ひとまずは第一歩だ。」
誇らしげにしているスタンリー卿。誇っていいと思うし、堂々とした姿はこの人に似合うのよね。
「応援しているわ、兄さんはリンカン法曹院だけど、もう会ったの?スタンリー卿の弁護士デビューを喜んでいたでしょう?それにしてもほんとよかったわね!」
ほんとにめでたい。色々迷惑をかけられたけど、頑張っている人が報われるのを見ると嬉しいと思う。軍務の合間を縫ってレミントン家を訪ねてきたスタンリー卿は、私や兄さんと一緒に勉強したことだってあるから、やっぱり仲間意識があるのよね。
「ありがとう、ライオネルも飛び上がって喜んでくれたよ。そうだ、せっかくだから祝福のハグをしてくれないかルイーズ!」
「唐突ね!でもめでたいからハグぐらいならいいわよ、甲冑痛そうだけど!あと変なことしないでよね!」
ちょっと高揚感に駆られたせいか、思わず自分から腕を広げてしまった。スタンリー卿は私を正面から抱きしめるとそのまま持ち上げる。
「ちょっと!持ち上げないでってば!」
「はは、ありがとう、可愛いルイーズ!愛しているよ!あとやはり歯を磨いた方がいいな!」
「バカバカっ、スタンリー卿のバカっ!」
本日二度目の『高い高い』をされながら私は口を押さえようと必死だった。
その時だった。
「なにをしている!!」
聞き覚えのあるテノール。ヘンリー王子の声。
なにをしているって言われましても、形容し難いけど。
とりあえず絶体絶命みたい。




