CLI 門番ゴードン・ロアノーク
東棟の方面に歩いて行く途中、後ろで息を飲む音が聞こえて、肩にまた手が置かれた。思わず足が止まる。
「どうしたの、スタンリー卿?」
振り返らずに聞いてみる。
「ルイーズ、ここは女子禁制の、ヘンリー王子の区画ではないのか。こんな場所に入ったら可愛いルイーズが猛獣ブランドンに食べられてしまう。」
その通りだけど、スタンリー卿はどこまで話を知っているのかしら。男爵とは知り合いだったみたいだけど。
「そうだけど、話せば長くなるから、遠駆けの途中に説明させて。ブランドンはもう退治してあるわ。」
「退治?それにしても、そのまま平然と入るつもりなのか?ルイーズ、ヘンリー王子の笑顔に騙されていないか。あれは女性に向けられることはないぞ。」
「どちらも心配ないわ。いいからついてきて。」
少し混乱した様子のストーカーを引き連れて、私は東棟の入り口に着いた。門は閉じられていて、塞ぐようにゴードンさんが仁王立ちで立っている。
「ゴードンさん!間者騒動はお疲れ様でした。認証式は無事に終わったわ。」
厳しい表情をしていたゴードンさんは、私をみると少しだけ口元を緩めた。
「ルイーズ様こそ、ご無事で何よりです。先ほどは護衛から外れてしまい申し訳ありませんでした。間者は舟で逃走したようですが、東棟ではまだ警戒は解かれていません。」
プエブラ博士のややこしい悪戯のせいでゴードンさんは仕事が増えているみたい。真相を教えてあげづらいのが少し申し訳ない。
「それとルイーズ様、私かモードリンの付き添いがないときは、なるべく外から東棟に入らずに、南棟からの渡り廊下をご利用ください。警備の者はルイーズ様を知っていますが、不審に思う第三者がいるかもしれません。」
「ありがとう、次から気をつけるわね。」
言われてみれば、リアルテニスから引き揚げてくる王子たちと鉢合わせしたら面倒なことになるところだった。次回からはもっとさりげないルートを取らないと。
「一体どういうことだルイーズ、近衛兵を手懐けているのか。」
さっきからスタンリー卿のペースが崩れているみたい。何だかちょっと面白い。
「ゴードンさんとヒューさんにはお世話になっているの。ゴードンさんは絶妙のタイミングでビスケットをくれるから大好き。」
「経験則から言って黒髭の男がルイーズの好みだとは思わないが、それでもビスケットは好感を増すのに有効なのだな。今度私が誂えたビスケットの詰め合わせを送ろう。」
私の横にいるストーカーは私がイケメン好きだと思い込んでいるけど、私だってちゃんと内面も評価するのに。
「モノじゃなくてシチュエーションが大事なの。スタンリー卿にはデリカシーとT P Oを学んでほしいわ。」
これは私だけの意見じゃなくて家族も含めたコンセンサス。頭は悪くないのにレディの扱いが上手でないのは、スタンリー卿の知り合いみんなが嘆く欠点なのよね。
「そちらの方は、もしや武勇で誉れ高いスタンリー卿でいらっしゃいますか。」
私たちを見守っていたゴードンさんが今度は私の後ろに声をかける。竜騎兵としての格好いい場面を見たことがない私からするとなんだかしっくりこないけど、スタンリー卿は戦いにかけてはとても優秀だって評判がある。
「そうだ。私のことはいいとして、なぜルイーズが女子禁制の東棟に拠点を設けているのか説明してもらおうか。」
スタンリー卿に追及されるゴードンさんが私をちらと見たけど、私もスタンリー卿がどこまで知っているのかわからないから、肩を竦めるしかない。役に立てずにごめんなさい。
「スタンリー卿、北棟の封鎖が解除され次第、ウィンスロー男爵とお会いになれるかと思います。お手数ですが、詳しくはそちらで伺っていただければ幸いです。」
そうね、私がゴードンさんの立場でも男爵に投げると思うわ。
「やれやれ、ルイーズとの幸せな結婚にいたる道はいばらのごとくだ。ウィンスローとやり合うくらい私は苦にしないが。」
「そんな道存在しないから、とにかく既婚者は黙っていて!」
結局スタンリー卿が離婚したと言う話は聞いていない。全く図々しいんだから。
「ルイーズ、手紙のも書いたが、私とアンが夫婦の契りを結んでいないのは周知の事実だ。コンシュメイトしていないのだから、教会に届け出れば今の結婚はいつでも無効化できる。」
この国の教会では夫婦の体の関係を一切伴わなかった結婚はなかったことにできる、という謎の決まりがある。離婚が難しいから、子供ができないとこの条項をでっち上げて結婚を破棄するケースもあるけど、スタンリー卿の場合は使用人一同心配していたみたいだし、ヘンリー王子のケースに近いかもしれない。
「スタンリー卿、以前にも言ったけど、いくら政略結婚だって言ったってちゃんと本人同士のサインが入った契約を交わしたんですよ?他の人のマッサージが気に入ったくらいでそれをなかったことにするような人、信頼できないわ。」
「ルイーズ、冷たいことを言わないでくれ。それにマッサージでの至福のひと時はあくまで自覚するきっかけであって、以前からルイーズのことを愛しく思っていたのだ。」
手紙にもそう書いてあったけど、マッサージの前後で態度を豹変されるとなんだか信用できないのよね。言ってしまえば男爵やモーリス君もそのカテゴリーだけど。
「それにルイーズ、私は神に誓おう、ルイーズのことを愛すると、それも毎晩だ。」
「ちょっと!急に卑猥なこと言わないでよバカっ!昔から一言余計なんだから!!」
マッサージしてあげる前のスタンリー卿はもっと紳士というか大人しかったのに。こんなになっちゃって。
「毎晩神に誓うと言う意味だったのだが、何を想像したのかな、ルイーズ。」
「紛らわしいじゃない!もうレディに恥をかかせるなんて、スタンリー卿のバカっ!」
絶対得意げににやけているスタンリー卿の顔を見たくないから、振り返らずにゴードンさんに向かってバカを連呼する。
「お互い地肌で触れ合った仲だ、今更そう恥ずかしがることもない。」
「だから際どい言い方をしないで!」
この人は放っておくとろくなことを言わないんだから。
ゴードンさんがすっかりキョトンとして私たちを見ていたけど、おもむろに口を開いた。
「お二人はどう言ったご関係なのですか。」
どう言った関係・・・ちょっと複雑ね。
横でふんと胸を張る音が聞こえた。スタンリー卿は動作がいちいち大きいから、横にいるだけで大体何をしているか分かる。
「我こそはルイーズ・レミントンの未来の夫にして、ルイーズから直々に『名誉イケメン』の称号を得た、誇り高きルイーズのストーカー、トマス・スタンリーだ。」
スタンリー卿は新しく学んだ『ルイーズ語』を使いたがるのよね。大体使い方間違えるんだけど、今回はあっている方じゃないかしら。




