XIV ガーター勲章騎士子息アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク
アンソニーみこしは、控え室の中央にあった長椅子に丁寧に設置された。天井の高い殺風景な部屋で、家具は長椅子がいくつかあるだけ。
「謝っても絶対に許さないからなっ。」
当然アンソニーはご機嫌斜め。
「ルイーズ、下手人は彼だけだったかい。」
男爵は身分の高いアンソニーをスルーしている。大丈夫なのかな。
男爵はようやくルイーズ呼びに変えていた。一応ルイス・リディントンとして従者デビューを控えているし、どうせ顔が割れているなら今はルイーズでいった方がこの先便利だと思う。ちょっと遅いかもしれないけど、アンソニーなら何も勘付かない気もする。
「いえ、もう一人アンソニーより声が低めで背が高い男がいました。黒服に黒レースで顔を隠していたので、そのほかの特徴はわかりません。」
アンソニーが名前を呼んでいた気がするけど、ちょっと思い出せない。
「だから下の名前で呼ぶなあ!」
有罪にならないと言う確信があるからか、アンソニーはお気楽みたいだ。
「ねえ、アンソニー、もう一人の名前を教えてくれない?」
「ふん、俺がお前たちに無二の親友を売るとでも思うのか!」
アンソニーは鳩胸みたいに胸を張って答えた。
「男爵、アンソニー君の交友関係を調べてください。一番仲のいい相手です。」
「卑怯者!騙したな悪魔の化身め!」
アンソニーは動転しているみたいだった。騙してない。勝手に言ったんでしょ。
「魔女め!この淫乱女!その男みたいな体で悪魔を誘惑するなんてよっぽどだな!」
カチンときた。中学生でも超えてはいけない一線がある。
「またみんなの前で涙目にしてあげようか。」
アンソニーが縛られたままビクッと動いた。
「それはだめだっ。つ、罪が重くなるぞっ。」
この子は男爵の数百倍表情が豊かで、多分からかい甲斐があると思う。
「フランシス、さっきウィロビーは涙目になっていたのかい。」
男爵はちょっと興味があるみたい。
「はい、でもどこか満足そうな・・・」
「それ以上言うなっ、お前も死刑にするぞっ」
慌てているのか、アンソニーは支離滅裂になってる。
「ではご覧に入れますね。みなさん注目。」
「ひゃあっ」
さっきので大体どこが効くのかわかっている。
「ふあっ・・・見るなっ・・・んんっ・・・見ちゃだめだあっ・・・」
長椅子の後ろから揉んでいるとアンソニー君の表情は見えないけど、男爵も護衛の二人も驚いたように見ている。
「それで、お友達の名前は。」
「言わないいいっ・・・あんっ・・・」
あくまでデモンストレーションなのでこの辺でやめておく。護衛の二人が拍手をしてくれたので、歌手みたいに一礼して挨拶する。
男爵もびっくりしたのかいつもよりキレのない微笑をしている。
「ルイーズ、なるほど君の魔法の凄さはわかった。だがスタンリーへの効果が何ヶ月も続いているのに、ウィロビーには長続きしないのはどうしてだい。」
「だからマッサージは魔法じゃないと言っているでしょう。」
答えつつアンソニーの顔色をチェックする。青ざめてきている。
効いてきたみたい。
「男爵、いまお見せしたのは肩のマッサージ、一方でスタンリー卿の場合は?」
「足だったね。」
「そうです、私は足のマッサージを得意としています。」
「それじゃあ、ウィロビーにも足の魔法をかけないのかい?」
ここはハッタリの出番。
「もうかけてあるんです。時間差で効果の出る特殊なマッサージを。」
「特殊な?」
男爵も興味津々みたいだ。
「ええ、マッサージは本来血行を良くし、筋肉をほぐす体にいいものです。でもアンソニーは礼儀がなっていませんから、お仕置きが必要ですよね。」
「だから呼び捨てにするなあ・・・」
アンソニーのか弱い声を出して、その弱り具合に男爵も護衛も驚いたようだった。真っ青になって縛られたまま、体をガタガタさせている。
ツンと肩を押すと、こてんと横に倒れた。
「触るな・・・近寄るな・・・」
「アンソニー、足はどんな感じかな。」
「変だっ・・・おかしくなってるっ・・・」
嫌な汗をかいているみたいでブルブルしている。声にも必死さが溢れている。
「足の内側を大量の虫が駆け回ってるみたいだっ・・・助けてえええっ・・・」
男爵と護衛の二人がごくんと息を飲むのがわかった。
そう。
正座したことがない人が初めて正座すると、しばらく立ち上がれないほど痺れるのよ。




