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CXLVII 弁士トマス・ウォーズィー

天井の高いホールは、人の気配がなくてがらんとしていた。南側のステンドグラスから斜めに光が入ってきていて、少し幻想的な雰囲気がある。私がルイス・リディントンとして認証を受けたときは、椅子が並べてあったし他にも人がいてガヤガヤしていたから、こうして広い空間に一人で立っているのは不思議な感じがする。


「ホールは初めてかね、ミス・リヴィングストン?」


私が呆気にとられていると思ったのか、後ろについてきていたフィッシャー司教様が尋ねてきた。


「いえ、宮殿に初めて着いたときに案内されました。いつ見ても立派ですね。」


まさか別人として認証式に来ていたなんて言えないよね。


「ハーバート男爵は間者騒ぎで大門に向かっていたが、間も無く帰ってくるはずだ。記録員達も一緒に来ると思う。任命書はあそこに用意してある。手順は先日説明した通りだよ。少し待っていてほしい。いいかな?」


さっきの私の反応をどう受け取ったのか分からないけど、ウォーズィー司祭様が事務的な説明をする。手順は説明なんてされていないけど、一通り経験しているから問題はないと思う。


「これが今日のメインイベントだったから大丈夫です。ゆっくり待ちましょう。」


今日は本来休みをもらっているのよね。王子は一日中リアルテニス三昧の予定だし、男爵やゴードンさん達は間者騒動に巻き込まれていたから私の世話どころじゃないかもしれない。


さっき王太子妃様一行のどんちゃん騒ぎがあったから、なんだか今日はもう佳境を過ぎたような気分。


「そういえば司祭様、よく私が宴から解放されるタイミングがわかりましたね。」


フィッシャー司教様の前では誰が主催したかは言えないけど、お土産のバスケットを持っているからランチパーティーがあったのは推察できると思う。


「レジナルドが大体の頃合いを教えてくれてね。やつは宮殿の内部を知り尽くしているからね。」


「・・・怖いですね。」


そう言えば私の部屋とフランシス君の部屋の間の秘密の扉を開けると、男爵の部屋に水が流れる仕組みがあるんだっけ。あの人は一体いくつのピタゴラスイッチを宮殿に仕掛けているのかしら。


男爵のファーストネーム久しぶりに聞いた気がする。


「ところでミス・リヴィングストン、お手にお持ちのバスケットには何が入っているのかな。」


フィッシャー司教はバスケットに興味があるみたいだった。確かに認証式にお菓子を持って現れるのも変かもしれない。


「知人にお土産としていただいたマジパンです。急な呼び出しだったので、手に持ったまま来てしまいました。もしよろしければ召し上がりますか?」


バスケットの蓋を開けて、王太子妃様直々に詰め合わせてくれたマジパンを見せる。


「マジパン?」


不思議そうにお菓子を見つめる司教様。レミントン家でもポピュラーなお菓子だったけど、教会ではあまり知られていないのかもしれない。


「アーモンドを使った砂糖菓子ですよ。ぜひ一つ召し上がってください。」


私が作ったわけでもないのだけど、侍女の方も食べていたから毒は入っていないと思う。


「それでは、お言葉に甘えて。」


司教様は少し小さなマジパンを頬張った。


「これは美味しい。飴のようだ。どちらで手に入れられたのか聞いても良いかな、ミス・リヴィングストン。」


「ええと、王太子妃様の侍女と知り合いなのです。これは頂き物ですよ。」


王太子妃様にもらったと言うとややこしいから、侍女の方にもらったことにする。あながち嘘は言っていないよね。


「ほほう、知り合いなのかね、しかし彼女らはこの国の者と親しくしないのでは?ミサには顔を出すものの、この国の言葉を話すことも限られ、南の出身者で固まっているのを見かけるのだがね。」


王太子妃様一行も教会は共有なのね。偶然会ってルーテシアと呼ばれるかもしれないから、言い訳を考えておかないと。


猫の名前があだ名になった、というのがシンプルで良さそう。


「いえ、ルーテシアという猫を拾ったのがきっかけで仲良くなったんです。あとは私が古典語を話すのが珍しかったみたいで。」


「古典語!?」


フィッシャー司教様が、普段は曲がった眉毛を真っ直ぐに伸ばして、驚いた顔をした。


「古典語を解するとは、あなたは本当にただの小間使いかね。一体何者なのだね。」


なんだか驚かれているけど、教会勤めと聞いていたから、当然ルイザは古典語ができる設定だと思っていたのに。説教もミサも古典語のはず。小間使いって、掃除したりするだけの設定なのかしら。


そもそもルイザの設定が荒過ぎて世間話でも何を話題にしたらいいか分からない。


「ええと、詳しくは司祭様から説明いただいていたと思っておりましたが・・・」


とりあえず困ったようにウォーズィー司祭様を見上げながら、説明を丸投げする。司祭は少し動揺したようだったけど、表情は変えなかった。


「ははは、心配することなどありませんよ。このように、ルイザは人を困らせるのが得意な娘でしてね、いえ、なに、小間使いとは言えども、それは色々な職務を司るわけですから、例えば、ルイザのように利発な少女がいるのは、特に害は無い、それどころか、むしろ好ましい、と言うこともできましょう。」


「いや、つまり彼女は一体何者かという・・・」


「ですから心配はご無用です。もちろん司教様の疑問は、もっともなことで、もしかしたら、司教様の立場に置かれた色々な人が違和感を感じる類のものやもしれません。しかるに、今のご質問が、司教様の思っておられる疑念についての解決につながるかと言えば、必ずしもそうではない、といえましょう。もちろん私はこうして延々とルイザの紹介をできますが、それがなんらかの問題の解決につながるか、疑問がのこるところです。」


明らかな詭弁という感じで、私は途中からウォーズィー司祭様の論理を追うのを諦めたけど、フィッシャー司教様は真面目に相手をしているようだった。ちなみに延々とといっているけど一向にに私が紹介される気配がない。


「しかし私の質問は・・・」


「ええ、まったくもって心配ありません。そもそも、司教様のご質問が司教様の感じたことを必ずしも言い得ているかどうかというのは、様々な側面を鑑みて、なお議論の余地が残る、と言えないこともないでしょう。つまり司教様のご質問に愚直に答えることが、必ずしも司教様の疑念に答えることになりません。しかしながら、司教様の質問の根底にあった疑念そのものについては、なんら心配なされるところはない、と断言することができます。」


「いや、単純な疑問だったのだけれども・・・」


「司教様ともなられますと、単純な疑問にも奥深い含蓄がおありですね。さて、昨今小間使いから侍女に上がり、ゆくゆくは、貴族に嫁ぐ少女もいたとかいなかったとか。そうなれば、司教様が呼ばれるところの『ただの小間使い』というのは、時代遅れの表現かもしれませんね。すなわち、司教様のご質問につながった感覚というものは、そもそも気のせいだという可能性も捨てきれないのです。よって、司教様へのお答えとしては、何ら心配されることはありませんと、その一言に結実すると言えましょう。」


ウォーズィー司祭は滑らかにゼロ回答を続けた。この意味のない文章を続ける感じ、ヘンリー王子とすごく気が合うんじゃないかしら。ひょっとしたら王子の家庭教師だったりして。つまるところ、『小間使いにしてはやたらと賢くないかね、一体何者なのだ?』という質問に『昨今の小間使いは賢いのですよ、不思議では有りません』という返しで私が何者なのかを一切話さなかったのかな。


質問が肩透かしにあったフィッシャー司教様はぽかんとしている。結局ルイザの公式設定が聞けなかった私も不満なんだけどね。もしかして何の設定もないのかしら、ルイザ・リヴィングストンって。


「しかしウォーズィー、私が尋ねたかったのは・・・」


司教様が気を取り直して質問を続けようとしたタイミングで、ギギギと扉が開いて、ハーバート男爵と二人の付き人が広間に入ってきた。


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