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CXLIII 司教ジョン・フィッシャー

宮殿南側の公会堂と教会を迂回するようにして、俺とダドリー様は東棟に近づいていった。西棟の方角からバグパイプの音が聞こえてくる。


「ああやって白昼堂々と諜報活動をされても困るものだがね。」


ダドリー様はまた軽いため息をついた。この宮殿では北の国の使節が何をしていても、必ず訝った目で見られる。純粋に音楽を楽しんでいるとしても、素直に受け取ってはもらえないだろう。島を出てから絶えず緩い監視下に置かれてきた俺からしたら、同情を禁じ得ない。


「それはそうと、東棟に入るには許可がいるのではなかったか。」


「公式にはそうですが、男であれば問題はありません。」


俺やラドクリフのような王太子の従者は何度か東棟に入っているから、顔を見せるだけでいいはずだ。


「しかし、東棟は女子禁制ではなかったのかね。盲点だったが、そこを突いてきたか。」


「ヘンリー王子の居住空間である1階と2階、それに東棟に直近の庭園は、女性が入ることを固く禁じられています。しかし3階の従者達の部屋には数人の女中が勤務していて、隣接する南棟3階から渡っているようです。これについても、つい昨日知りました。」


喘ぐアンソニーのいた部屋から戦略的撤退をした翌日、女が東棟に入り込めるルートはないか調べてあった。アンソニー付きの女中だったクララ・リンゴットが、いつの間にかモーリスにあてがわれていたのにも気づいた。


「なるほどな、王子の従者というと、チャールズ・ブランドン達か?果たして奴が女子禁制の棟に住めるのか。」


ダドリー様が苦笑いをしているが、ご察しの通りあの稀代の女たらしが女子禁制の棟に住めるはずがない。


「いいえ、ブランドンらいわゆる『外の従者』は南棟に暮らしているか、家族がいる場合は宮殿の外の屋敷から参内しています。東棟の3階に暮らしているのは王子の日常生活の補佐や夜の相手をする『中の従者』で、数人いるようですが俺はほとんど見かけたことがありません。」


「同じ宮殿に住んでいて見かけないとは、不自然ではないかな。」


ダドリー様のように宮殿に暮らしていないとそう思うのが普通なのかもしれない。


「生活圏が違う上に、見かけていたとしても紹介もされないので、名前や役職と顔が一致しないのです。そもそも秘密の花園に篭り、ほぼ外界と接点がない連中ですから。ただし財政に強いモーリスがその『中の従者』に拝命されて転勤になったので、あいつから情報が得られるかもしれません。」


「それは頼もしい。セントジョンの情報は信頼がおける。」


なるほど頼もしいといえば頼もしいが、一昨日東棟で見かけたとき、モーリスはあいつらしくない挙動をしていた気がする。元気にしているだろうか。


「俺としてはモーリスの純潔が心配なのですが。あいつは信仰心が強いので、王子に体の関係を迫られたら舌を噛み切って死にかねません。」


そういえば聖女を見かけたとかなんとか言っていたが、確認が取れないうちにダドリー様に言っても混乱を招くだけだろう。


考え込みながら歩いていると、俺たちの前を白いローブを着た司教が横切った。確か王太后様付きの司教で、大学寮の長官だったはずだ。モーリスとかなり仲が良かった気がする。


「フィッシャー司教様、こんなところでお会いできるとは奇遇ですね。」


声をかけると、急いでいたようだった司教は立ち止まってこちらに笑いかけた。


「これは、ダドリー議長殿下、フィッツジェラルド、お会いできて光栄です。愉しくお話しでもしたいところですが、大広間まで急いでいるので、簡単な挨拶のみで失礼させていただきますね。」


「何かあったのですが、フィッシャー教授。」


ダドリー様は宗教界の役職名をあまり使いたがらない。教会は税金を払わないし言うことを聞かないから、税務評議会のトップをしているダドリー様とはあまり仲が良くないのだろうと思う。


「はい、間者の騒動で延期になっていた今日の分の認証式が、結局強行されることになったようでしてね。教会付きの下男と小間使いがいるので、一応顔を確認した方が良いかと思いましてね。昨今、宮殿の中も物騒ですから。」


「金曜日に教会関係者の認証式とは珍しいですな。」


ダドリー様はまた怪しい動きを疑っていらっしゃるようだ。


「ウォーラム大司教の判断だと聞いています、詳細はわかりませんがね。私は行かなくてはなりませんが、よろしければご一緒されますか。」


ちょっと待て、これに同行したら、俺はルイザに自然な形で紹介してもらえるんじゃないか。それってすごく魅力的じゃないか。


「ぜひご一緒・・・」


「残念ですが遠慮させていただきたい。私とフィッツジェラルド喫緊の用事がありましてね。」


俺を軽く睨みながらダドリー様はお誘いを断った。これは流石にひどい。


「ダドリー様、認証式に出られなければ俺とルイザの接点がなくなってしまいます。」


アーサー様が部屋を出ないから教会に行く用事なんてあまりないし、教会に行ったとして小間使いに用事があるなんて不自然だ。自然に友達から始めたいのに。


「冷静になりなさい、フィッツジェラルド。その女はこれから勤務が始まるから出会う機会もあるだろう。魔女が優先だ。」


「そんな、俺のこの胸の高まりはどうすれば・・・」


「よくわかりかねますが、とりあえず、私は行っても良いでしょうかね。」


フィッシャー司教が行ってしまう。このままでは俺のルイザ接近計画は台無しだ。


「司教様、どうかこの花束をルイザに渡してください。あと、花をプレゼントした青年はとてもカッコよかったと、誇張がない範囲で言ってもらえると嬉しいです。」


「わかりました。ではご機嫌よう。」


司教様は俺の花束を抱き抱えると、南の大広間に早足で歩いて行った。


メッセージカードでも添えれば良かった。そういうのもおしゃれでいいよな。まったく、魔女のせいで散々な目にあった。

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