CXL 知識人ルーテシア・ラフォンテーヌ
人生山あり谷ありね。
空になっていたフルーツタルトのお皿を眺めながら、私は悟りに達していた。
「さをも打ち屈すことなかれ、ルーテシア。御饗の支度をすなれば、たちまちに取り据うるらむ。」
いまだに何者か分からないドナ・エルヴィラが慰めてくれる。ちなみに猫のルーテシアは私の膝に戻ってきてくつろいでいる。
そう、猫のことかさっきの茶番のことかよく分からないけど、お礼に王太子妃様ご一行にお昼ご飯を御馳走になることになった。献立は分からないけど、ありがたくいただこうと思う。
ただパッとみたとき、フルーツタルトに結構柑橘類が入っていたのよね。この国は気候的に柑橘類があまり取れなくて、アップルパイかベリー系のお菓子が多い。あとは桃とかイチジクとか。レミントン家でもたまにレモンカートが出されていたけど、オレンジは滅多にみないのよね。出てきたとしても大抵は日持ちするようにマーマレードみたいになっていて、さっき見たざく切りの柑橘類みたいなのは食べられない。
食べたかった・・・
「落ち入るなルーテシア。また事の便りもあらむ。その際にタルタを召せばよろし。」
王太子妃様が心配そうに声をかけてくれる。また招待してくれるのかもしれないけど、悪戯をしてきた上にフルーツタルトを平らげたプエブラ博士が好きじゃないからあんまり好んで来たいわけでもない。
タルトがあるなら考えるけど。具が多いせいかタルトはパイよりもなぜか上等な料理とされていて、上流階級が好んで食べる。ドミニクの作るアップルカスタードタルトはノリッジの社交界でも評判がよくて、我が家の自慢だった。ちなみにシナモンを入れたのは私のアイデア。
「台盤をしたためよ、膳部の届けり!」
侍女の方の声が響く。使用人がテーブルを整えると、ドアが開いて色とりどりの料理が運ばれてきた。
みたところ海鮮系が多いみたい。大体オリーブオイルとニンニク、それにレモンで味付けしてありそう。
「音楽を!」
侍女の部屋からわらわらと音楽隊が登場して、リュートと笛を奏で始めた。「ラ・フォリア」っていう現世ではポピュラーな曲。
呆気にとられていると、侍女の方に席に案内された。使用人が名残惜しそうな子猫のルーテシアを引き取っていく。ドナ・エルヴィラとプエブラ博士に挟まれる位置になる。博士とは離れたかったのだけど。
「召しませ、ルーテシア。」
向かいから侍女の方が声をかけてくれる。そろそろ名前を教えてほしい。あと完全にルイザに戻るタイミングを失ったわ。
「この料理は?」
「右より鰯の酢漬け、槍烏賊の揚げ物、蛸の油炒め、干し鱈のパエージャ、レンズ豆の煮込み。菓子にはマサパンなど供せん。」
侍女の方がテキパキと説明する。イカとかタコなんて滅多に食べられない食材が並んでいるけど、一番気になったのは中央に置かれた二つの大きな炊き込みご飯。
「パエージャ!パエリアね!」
この世界でパエリアにめぐりあえるとは思わなかった。なんだかパエリアにしては白いけどタラを使っているからかしら。でも美味しそう。
「米は南の国より運び入れしもの。鱈はこの国のものなり。」
「南の国はお米が取れるのよね、地誌で勉強したわ。」
この国にもお米は輸入されるけど、ライス・プディングに使ったりするくらいで嗜好品の扱い。主食で食べることはあんまりない。ちなみに前世でいうタイ米で、ふっくらしたコシヒカリには出会ったこともない。
「今日が金曜日にあるまじくは、子豚の丸焼きや豚の塩漬けなど供するものを。」
王太子妃様は豚が好きなのか、私が自慢の豚を食べられないのを残念がっているようだった。この世界ではなぜか金曜日には鳥獣の肉を食べないっていうルールがある。でも豚料理はこの国でも珍しくないから、私は海鮮の方が嬉しい。すごく嬉しい。
「米、蛸、烏賊など、この地にてめづらかなるものばかりなれば、とっても嬉しいです!」
なんだか興奮して口語と古典語が混ざっちゃったけど、とりあえず食べるのが楽しみ。
「食前の祈りを。」
気がはやる私を宥めるように、プエブラ博士が祈りの言葉を唱え始めた。皆合掌する。
「では、杯を交わさむ!」
手元に置かれていた白ワインを掲げて、みんなで飲み始める。ちなみにカップをぶつけあったりはしないみたい。
前回の宴会で失敗しちゃったから、今回はちょっとずつ飲むことにする。とりあえず空腹で飲んではいけないからパエリアを頂こうと思う。
使用人に頼んで取り分けてもらう。用意された木のサジが私の口にはちょっと大きいけど、ふうふうと冷ましながら食べる。
美味しい!
「タラのスープが染みていて美味しいわ!リゾットみたいね。こっちのお米はパサパサしている印象だったけど、これでちょうどいいくらいかも!」
「こっちのお米、とな?」
プエブラ博士が不思議そうにしている。感動したせいでまたやっちゃった。
「ええと、知り合いがはるか東方の米を輸入したことがあったのです。」
「然か。」
博士は突っ込んでこなかったけど、やっぱりこの人は苦手かもしれない。
それにしても、干し鱈の味が効いていてパエリアは美味しいんだけど、香りと色合いはもうちょっとよくできる気がする。
「ねえ、ドナ・エルヴィラ、お米を煮込むときにサフランを入れてみたらどうかしら。ええと、サフランを加ふれば、いま旨しけむ。」
「をかし!」
困惑しているのに気付いて古典語に直したけど、興味を持ってくれたみたい。
「サフランを取り重ぬとは、めでたげなる!」
王太子妃様も前向き。
誰も手をつけていなかったパエリアが下げられた。多分サフランと煮込むんだと思う。この国では一回出した料理に手を加えるのは良くないけど、事情が違うのかもしれない。ちょっと手間を増やしてしまって申し訳ないけど。
「体のみならず、粮料にもつまびらかなる、ルーテシア、其方、何者ぞ。」
博士はやっぱり苦手だわ。ルイザが何者なのか私も良くわかってないから答えようがない。
「ただの教会付き小間使いです。」
私は取り分けられたイカフライにレモンを絞りながら、数少ないルイザの公式設定を繰り返した。