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CXXXIX 協力者エイブラハム・ハーシュマン

一曲目が終わった。味方も敵もこちらの様子を伺っている。


「二曲目は『若きタムリンの物語』だ。」


昔ながらのバラードを高地バグパイプ向けに編曲したものを指定する。


テンポを刻むため、私が二音節だけ同じ音を出し、皆で一斉に演奏を始める。バグパイプの大きな音に慣れないドーセットの従者二人は辛そうに耳を抑えているが、暗号を受け取っている相手を探そうと目を凝らしている。遠くで人影も動いているが、聞こえる範囲を探し回っているのだろう。


盛り上がりどころを吹き終わったところで、再びバグパイプから口を離す。


「アンソニー・ウィロビー、リンカンシャーのウィロビー家の子供か。」


「いえ、ウィルトシャーのウィロビー家の三男です。亡くなった元帥ラティマー卿の息子で、陸軍准将のブローク男爵と鉱山卿のウィロビー男爵は兄にあたります。」


「ラティマーの息子か。そんな大物が・・・」


ドナルドが注意を喚起する音を出した、口をバグパイプに戻す。両脇の従者は不自然に感じたようには見えない。


「こういうときに髭は便利だ。表情も多少なら隠せる。お前にも付け髭を用意させようか。」


「お気持ちは嬉しいですが、私の顔では不自然になるだけです。」


それもそうか。私も髭に頼っているようでは情けないが、口を動かしてもわかりづらい利点は重宝している。


「それで、ウィロビーだと信じるに足る理由があるのか。」


「夜間にたびたび宮殿内を徘徊しているアンソニー・ウィロビーを、我々の間者が見かけています。また『下半身の調子が良い』と言っているところも目撃されています。男色疑惑が持ち上がっていますが、相手のはずのジェラルド・フィッツジェラルドが王都の枢密院に出向いていてたびたび不在なのを考えると、陽動と考えるのが妥当でしょう。」


金髪の男が夜に徘徊しているだけなら憶測の域を出ぬ。


「しかし子供が目的ならもっと目立たない輩に任せるだろう。宮廷に知り合いが多そうなラティマーの息子に任せる理由が見当たらぬ。」


「それが、ウィロビーは新大陸への探検隊と植民団指揮官に名前が上がっているのです。またいくつか兼任していた王太子領の仕事から突然外されています。」


「なるほど、厄介払いか。」


子供ができるタイミングに新大陸にいてしばらく戻ってこない、というのは便利だろう。二度と戻ってこないという可能性も十分ありうる。


探検隊と植民団など、本来はラティマーの息子が就くような役職ではないが、何かスキャンダルでも起こして後がないのかもしれぬ。


「確かに容疑者筆頭ではあるな。しかしまた状況証拠か。いい加減に首根っこを掴みたいところだがな。」


「ええ、残念ですが。またアンソニー・ウィロビーのはとこに当たるエレズビー男爵とですが、王太子妃の侍女マリア・デ・サリナスとできています。本人は茶髪ですが、彼の力添えがあれば、王太子の部屋と王太子妃の部屋を行き来するのも障害がありません。」


重要な情報だが、いずれにせよ決定打に欠ける。しかし監視する必要があるだろう。


「わかった。ウィロビーに絞らずに引き続き監視を続ける。だが特にウィロビーには要注意だ。できれば新大陸行きの話がなくなると好ましい。」


「引き続き工作を続けます。」


概ねこんなものだろうか。


「他に報告は?」


「ヘンリー王子の棟内部に詳しい協力者が現れました。チャールズ・ブランドンの従者だったエイブラハム・ハーシュマン。理由はわかりませんが、ヘンリー王子周辺に強い恨みを抱いているようです。本人は棟に侵入できませんが、部屋の構造から人間関係までよくわかっています。我々の実行部隊と合わせて重要な戦力になるかと。」


「なるほど、よくやった。」


従者の従者が幸せに暮らすことはまずない。買収するのは比較的容易いが、私怨が絡むならなお大歓迎だ。


ちょうど良い頃合いで2曲目が終わる。


「これで終いにしますか。」


ドナルドが伺いを立てる。


ふと視線を感じて横に目をやると、例の赤茶の服を着たドーセットの従者がこちらをじっと見つめている。バグパイプを耳元で聞いたせいかだいぶ消耗したように見えるが、この目線は私が話していたのを察しているというメッセージだろう。


内容がわからない限り問題はないはずだ。それこそ状況証拠しか与えていない。何より、この従者は以前から私ばかりを警戒していて、この子の男装に気づく様子がない。


「もう一曲いこう。最後は『久しき昔』だ。」


バグパイプの音が止んで少しほっとしていたようだった従者の顔が引きつった。


最大限の音を出して、とくと楽しんでいただこう。


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