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CXXXVIII 書記ドナルド・ホーズバラ

早足で階段を駆け下りると、ドーセットの若造が待ち構えていた。歳のいかない従者を二人連れている。


「キンカーディン大使、建設的な議論はできましたか。少しお顔色が悪いように見えますが。」


微かに顔に出るのは、人を食ったような笑いだ。


「おかげさまでね。だが忍耐を試される面会だったよ。例の間者とやらは、南が放った偽物でまず間違いない。」


「証拠は掴めましたか。」


ドーセットは表情を変えないまま、答えを知っているはずの質問を投げかけた。


「先ほど申し上げた以上のことはないよ、ドーセット侯爵。よくお分かりのはずだ、例のプエブラがペテン師であることくらいは。」


「これはこれは、仮にも同盟国の大使ですから、表立って悪いようには言いませんよ。」


のらりくらりと言質を与えない答弁を繰り返すのは、この男らしいと言えよう。


「なるほど。ところで、そちらの赤茶の服の従者には見覚えがあるが。」


この前ドーセットを振り払おうとしたときに付いてきた従者だ。


「従者ではありませんよ、二人とも妻エレノアの甥です。こちらはモーリス、もう一人はオリヴァーです。以後お見知り置きを。」


私の方を向いて二人の青年が挨拶する。妙に光沢のないブロンドと緑の目が、何か不可思議な雰囲気を出す二人組だ。


「それはともかく、ドーセット侯爵、私は今無性に腹が立っておりましてな。間者の疑惑が晴れぬまで私から目が離せないのはわかるが、私としても憂さ晴らしに仲間とバグパイプを吹きたいと思っておる。」


「バグパイプとなると屋外ですか。申し訳ありませんが、ほとぼりが冷めるまでご遠慮いただけませんか。」


屋外は連絡信号を出すのが簡単だ。ドーセットは簡単には引き下がらない。だが私も譲るわけにはいかない。


「この歳でもなお郷愁に襲われるものでしてな。私の赴任の時に、庭園でバグパイプを吹く権利は国王陛下にも承認いただいている。私が笛で蛇を呼ぶように間者を呼ぶとでもお思いなら、私たちの横に立っていただいてもいい。」


「・・・承知しました。約束事を反故にするのは確かによくありませんね。ではお言葉に甘えて、この二人がバグパイプの演奏にご一緒します。二人とも良い目をしていますし、音楽の素養もありますから、ちょっとした異変に気づくでしょう。」


引っ掛かったようだ。ドーセットはバグパイプを信号を送る手段だと思い込んでいる。


「信頼していただけて幸いだよ、では部屋までバグパイプを取りにいくとしよう。もちろん二人はついてきてくれて構わない。」


「わかりました、ではあとは頼んだよ、モーリス、オリヴァー。」


ドーセットは足早に立ち去った。バグパイプを演奏する私たちの周りに、監視をつけるつもりだろう。


一向に構わない。


無言でついてくる二人の少年を率いて、私は執務室まで足早に戻った。ドアを乱暴に開ける。


「ドナルド、無性にバグパイプが吹きたい。今すぐにだ。」


「はいっ!」


ドナルドはすぐさまバグパイプを用意し、他に北の国出身の下男二人を呼んだ。執務室の中に配置されているこの国の人間は、呆気に取られたように見ている。


「いざ、西の庭園へ。もう我慢できぬ。」


掛け声をかけると、四人を率いて西の庭園の所定の場所に向かう。当然、ドーセットの従者二人もついてくる。いつも執務室で私を監視しているドーセットの回し者二人も、距離を置いてついてくるのがわかった。


以前から指定されていた場所に、私を中心にして一列に並ぶ。ドーセット方の二人は両脇に控えて、前方に目を凝らしている。


灯台元暗し。


「構え!」


五人で一斉にバグパイプを構える。ふと斜め前方に一人、垣根の影に隠れているのが見えた。おそらくは私が見つけられるように隠れている。バグパイプを聞いている人間を探しあてるというメッセージだろう。ドーセットも対応が素早い。


だが今回ばかりは、ずれている。


私が音を出すのを合図に、両脇の三人が演奏を始めた。ドーセット方の二人は注意深く聴きながら辺りを見回している。


少しだけ口を離す。


前を向いたまま、隣の演奏者に話しかける。


「さすがに男装は厳しいか。」


「胸を縛っていますから、人前で喋らなければなんとか。」


三人は最大限の音を出しているので、横目で唇を読みながらようやく会話できるくらいだ。


「南の国が強硬手段にでた。王太子妃の寝台に男を入れたようだ。」


「演技ということは?」


「演技とは到底思えない声が出ていた。あの奥ゆかしい王太子妃にできるものではない。」


全く、一流の芸者でもあそこまで真に迫った演技はできないだろう。


「本当に王太子ではないと?南の国は貞操を大事にすると聞いていましたが。」


「ああ、あのヘンリー王子の発言を受けての最終手段だろう。男は昼間から、激しい動きであの大人しい王太子妃を快感に狂わせていたのだ、到底病身の王太子にできる芸当ではない。」


隣の部屋から聞こえてくる激しい喘ぎ声。憎きプエブラの、勝ち誇ったようなにやけ顔。思い出すだけで気分が悪い。


ドナルドが、従者がこちらを向いていることを知らせる合図の音を出した。しばし黙って、バグパイプを吹くふりをする。


しばらくして、従者が目をそらしたことを知らせる音がなった。


「間者の時と同様、また状況証拠だけとなると厄介ですね・・・」


「残念ながらその通りだ。かくなる上は疑惑をしっかりさせた上で、妊娠した場合は父親を特定させて追い込みたい。だが顔を見たわけでもないのでな、また間者のように南の出身者かもしれないが、手がかりもなく、なかなか絞り込めない。」


男の声は一切聞こえなかった。悔しいが王太子ではないとの証明に欠け、プエブラの笑みが止まらないのもわかる。


「王太子妃は南では珍しいブロンドですが、男の付き人には同じ髪色がおりません。王太子も赤みがかった金髪ですから、南の国の男を使おうにも、子供の髪の色で発覚してしまうでしょう。」


「なるほど、髪の色か。」


国境を超えた政略結婚の多い王族は、臣下の大半と身体的特徴が異なることが少なくない。加えてアーサー王太子とヘンリー王子の髪の色は非常に珍しい。確かに合わせるとするなら王太子妃のブロンドだろう。


「鮮やかな金髪で、かつ宮廷に上がれる男か、それでも1ダースはいるな。」


「一人、心あたりがあります。」


「誰だ?」


顔を前に向けたまま、この子は私に鋭い目つきを見せた。


「王太子の従者、アンソニー・ウィロビー・ド・ブローク。」


ドナルドから前方から見られているとの合図が鳴り、私たちはまたバグパイプに口を戻した。

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