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CXXXVI 王太子妃キャサリン

奥の部屋は応接間に比べて質素な感じで、暖色系のカーペットと壁掛けのほかは、割とシンプルな木製の家具が並んでいた。ベッドが見当たらないから、居間に当たる部屋だと思う。


王太子妃様は茶色い皮張りの椅子に座ると、侍女の方が襟を緩めて楽にさせた。私には指示が出ていないので、とりあえず猫を抱えたまま立っている。


ドナ・エルヴィラが棚から丸められた羊皮紙を取り出して、広げて見せた。


「姫様、かくなる上は、これを唱へたまへ。」


何かしら?南の国は信心深いと言うから、神への祈りかもしれないけど。’


「人ばへなり。ものはづかし。」


王太子妃様は私の方を差して恥ずかしがっている。ドナ・エルヴィラは何をさせようとしているのかしら。


「姫様、博士が北の大使を留めしまま、てのべにされるな。」


侍女の方が王太子妃様を勇気づけるみたいに話しかける。何をしたいのかよく分からないけど、侍女の方はドナ・エルヴィラの味方みたい。


王太子妃様は少し恥じらった後、こほんと咳払いをして立った。深呼吸をするようにして、読み始める。少し声が小さい。


「これは、王太子様、お越しになったのですね・・・なんと、まだ日も明るいですのに・・・王太子様、なんて情熱的なのでしょう・・・あ、それはなりません・・・王太子様、侍女の前ですので・・・なりません・・・どうか・・・あーれー・・・」


緊張した面持ちで朗読する王太子妃様。少し恥ずかしそうに震えているけど、声が小さい。絶対隣の部屋に聞こえていないし、聞こえたとしても色々問題がある。


「王太子妃様、大根役者だったのね・・・」


猫を撫でながらおもわず呟いてしまう。これ以上ないほどの棒読みだった。脚本も凡作だけど、最後の「あーれー」はパンを落としたおばあさんの嘆きくらいにしか聞こえなかった。


「大根役者とはなにぞ・・・?」


まだ恥ずかしそうな王太子妃様が、困惑したように小声で尋ねる。


「王太子妃殿下のように白い肌で、透き通ったような純粋な演技をなさる方を、大根になぞらえて大根役者と呼ぶのです。しかし妃殿下、そのお声では隣の部屋には何も聞こえなかったでしょう。」


私の説明に女官の方も悔しそうに頷いて、ドナ・エルヴィラに耳打ちした。多分口語がわからないんだと思う。


「などかれうけんはなきか・・・」


ドナ・エルヴィラが何を呟いているのか分からなかったけど、困っているみたい。


助けになるかわからないけど・・・


「妃殿下、とりあえず姿勢を良くされては。腹部を圧迫されると声が出ませんから。」


王太子妃様は姿勢がよくないのよね。せっかくスザンナ並みの恵まれた体型なのに、白い服も相待ってなんだか太って見える。


「さは言へども、とみにもなほせず。」


王太子妃様は困ったようにおろおろしている。私よりも年上だろうし背も高いけど、童顔だからかどこか可愛らしい感じがする。


「私は姿勢をよくする方法を知っていますが、試してみますか?お肩に触れないといけないのですが。」


三人は困ったようにお互いに目を合わせたけど、最終的には三人とも頷いた。


「してみむ。して、何処にてその智を得たるや。」


ええと、旅の医者の設定を話してもいいのだけど、そうすると旅の医者がちゃんとした人だったか疑われそうだから、もう少し権威のある設定にしようと思う。魔女とか言われたくないからね。


「王室教会の蔵書にあった、ヒッポクラテスの医学書で読んだのです。」


「あはや!」


三人が関心したように声を上げる。教会はいろいろな門外不出の蔵書があるふりをしているから、こういうときに便利だと思う。


「かくなる上は、よろしく頼まむ。」


王太子妃様の悲壮感溢れる決意表明を受けて、私は王太子妃様の席の後ろに回った。


「侍女の方、猫を預かってください。それと、もし効果があったらあとでフルーツタルトを頂いてもいいですか?」


「ことよろし。」


子猫は侍女の方の手に渡ったけど、なんだか名残惜しそうな目をしてこっちを向いて、弱くミャウと鳴いた。侍女の方の胸でなんだか窮屈そうにしている。


さてと。


私は目の前の肩を見定めにかかった。


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