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CXXXI 黒衣の郎従ウィンスロー男爵

キャッキャッと騒いでいる姫様たちを前に中庭で立ち往生していると、私から見て右手に、遠くから早足で歩いてくる黒服の人が見えてきた。今日は薄笑いをしていない緊迫した表情をしている。


風を受けて焦茶の髪がなびいていて、珍しく真剣な目つきに彫りの深い顔が、決闘に向かう騎士みたいな空気を醸し出している。華やかな軍服を着て帯剣していたらもっと素敵だと思うけど、このままでもいける。


「男爵、こっち来て!」


男爵は私を見て眉をひそめると、マントを翻して。回廊を大股でこちらに向かってきた。


「ルイス、ロアノークはどうしたんだ?」


危機感のある声が中庭に響く。


今の一連の流れを録画したかった。映画で勇者が登場するシーンみたい。


「ゴードンさんはヒューさんに呼ばれて人を捕まえに行ったの。本人は私を警護したがっていたけど、逃げた方角が分かっていたみたいだったから、犯人を捕獲するのを優先してもらおうと思って。」


ちょっと軽率だったかもしれないけど、間違ったことはしていないと思う。


「いかにや?」


私たちの会話が気になったのか、お姫様は侍女の方と騒ぐのをやめていた。


「ええと・・・北の狗、忍び入りなり!」


これであっているわよね?


可愛いお顔に気をとられていたけど、上品な銀の飾りのついた白いドレス。膨張色を着ているからウエストが細いのにふくよかに見えたのかもしれない。あと、ちょっと猫背気味かしら。胸の大きな人に多いのよね。


「ルイス、レディの胸をじろじろみるものじゃない。今外にいるのも危ない。なんで子猫なんかと戯れているんだい・・・」


私の腕の中にいる子猫を見て、なんだか困惑した様子の男爵。


「これは姫様の猫なの。大広間はすぐそこでしょう、それとも部屋に戻った方がいいかしら?でも間者は東棟の方に向かったんでしょう?」


中庭には人がいるし、人質をとるにしても宮殿の真ん中で粘ることはないと思うから、今の状況はそんなに悪くないと思うけど。


可愛らしい童顔のお姫様が真面目な目をして私を覗き込んできた。


「わが局、此処より近し、まったきことこの上なし。あが君、いざたまへ。」


とりあえずお部屋が近いのはわかったけど、あとはわからない。なんだか誘われているみたいだけど、猫を捕まえたお礼かしら。そんな場合じゃないのだけど・・・


「姫様ってまさか・・・」


小声で呟いた男爵が私の後ろ側に回った。姫様は優雅な白っぽいショールをかぶっていたから、横からだと誰だかわからないのだと思う。


「これは、王太子妃殿下、ご機嫌麗しゅう。」


男爵が跪いて礼をする。


王太子妃殿下だったのね!年齢的にはそのくらいに見えるけど、健康そうだからイメージと違った。


目の前の妃殿下をスルーして男爵に話しかけたのは非礼にあたるかも!


「・・・願わくは妾を免じたまへ。我は新参にて殿下を見知らず、我がしちらい、こころと詫ぶ。」


スカートを抑えて頭を下げる。古典語は法律の文脈で習ったからこういうボキャブラリーは知っているのよね。


「私からもお詫び申し上げます。ルイザはまだ日が浅いので・・・」


男爵は古典語を話せないのね、意外ではないけど。


「気になさらないで。あなたたちに落ち度はありませんから。この可愛い侍女の方は間者が捕まるまで私の部屋で預かりましょう。猫を捕まえてくれたお礼もしないといけませんし。」


え?


顔を上げると、にこやかに微笑む王太子妃様の顔があった。


「・・・姫様、今の世の言葉、語りたまはれさぶらはれ・・・」


混乱して尊敬語が変になってしまったみたい。王太子妃様が微笑んでいるのが答えかしら。


「よをはばかるなかれ。おはしませ、姫様の局へ。」


侍女の方が古典語で続けた。この人が古典語しか話せないから姫様も古典語で話しているのかしら。


「ルイザ、お申し出に甘えるといい。認証式は後にしよう。私からトマスに話を通しておく。」


男爵は心ここにあらずといった感じで、多分間者が気になっているんだと思う。ちょっと心配だけど、ここは男爵の言う通りにする方がスムーズでしょうね。


王太子妃殿下の方に向き直って礼をする。


「親切なお申し出、本当にありがとうございます。古典語の会話は得意ではありませんので、よろしければ侍女の方に話すときだけのみ古典語を使わせてください。」


「私もこの国の口語くらい話せますけど!」


ムッとした感じの侍女の方が遮ってきた。エキゾチックな顔つきだから、美人だけど怒るとちょっと怖い。


え!?


「ムッとするのはこっちです!話せるなら早く言ってください!聞き手がわかる言葉で話してもらわないと、誤解が生まれてしまうでしょう!あっ、姫様には言っていませんからね!それにしても、さっきから慣れない古典語で不敬に当たらないかヒヤヒヤしていたのに、もう!!!」


私が憤慨していると子猫がちょっと苦しそうにニャウと鳴いた。ちょっと手を緩める。


「ルイス、いやルイザ、君が『聞き手がわかる言葉』を求めるとはね・・・」


男爵の呆れたような声をあげたけど、私は憤慨が止まらなかった。


「子猫が苦しげなり!いにしゑのことばにて語りしときへや今もことうるはしげなりき・・・」


侍女の方がなんだか言っているけど、もう頭の中で訳すのに疲れちゃった。


「ものなど言ひ戯れて、うち解けたるはよろし。」


ニコニコしていた王太子妃殿下がほほほと笑った。




いや、打ち解けるって言うか、やるせない思いをしたのだけなのだけど。


ちょっと肩の力が抜けた状況で子猫を見つめる。またミャウと鳴いた。


「王太子妃殿下、ルイザは教会つきの小間使いで、王室副家令のハーバート男爵、王室付き司祭のトマス・ウィーズィー、それに私が身元を保証します。どうぞよろしくお願いしたします。」


男爵が気を取り直したのか恭しく礼をした。


「ことよろし。して、かくのたまふは、誰そ?」


なぜか今度は古典語で返す姫様。


そっか、王太子妃殿下は男爵を知らないのね。


やっぱり古典語がわからない男爵が無言で私に助けを求めている。では男爵を紹介して差し上げましょう。


「此の者、大王様の郎従ががしらなり。顔よし。絶えず黒衣をまとひ、うす笑ひて候。立ち振る舞い慌たたしきも、任にてはことなほざりなり。言ふならく、稀代のいろをとこなり。」


壮大に男爵を紹介してみた。王太子妃様がほほほと笑い、侍女の方も手で笑いを抑えるようにニヤニヤしているけど、意味がわからなかった男爵は戸惑ったような苦笑いを浮かべていた。


さっきはあんなに格好良かったのに。せっかく頭が切れそうな見た目をしているし、男爵にはもう少し教養があってほしい。王子の顔に似合わない無駄な教養を半分分けてもらえればいいのに。


居心地の悪そうな苦笑いでちょっとグレードが下がった男爵を見ながら猫の顎を撫でてあげると、『グニニ』と満足そうな声を出した。長毛種のこの撫で心地は癖になりそう。


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