CXXX 侍女マリア・デ・サリナス
なんとなくいい気分で大広間に向けて歩いていると、廊下からこちらに走ってくる子猫が見えた。滅多に見かけない白い長毛種で、とっても可愛い。
なんて思っていたら子猫がスカートの下に入り込んできた。
「ちょっと!猫ちゃん!出ておいで!にゃん?」
ドアには引っかかるし、階段を降りるのは大変だし、猫は入ってくるし、なんで現世の女の人はファージンゲールなんてするのかしら。それを言ったら前世のハイヒールもそうだけど。
私があたふたしていると、中庭にいた侍女の一人が近づいてきた。
なんだか不安そうな顔をしているけど、ちょっとエキゾチックな顔立ちをした美人さんで、明るい茶色の目と髪をしている。オレンジと黄色のドレスはすこし派手だけど、顔も華やかだから衣装負けしていない感じがして、ちょっと羨ましい。
「あなかしこ、このわたりに子猫や候ふ?」
いきなり古典語で話しかけられるなんて。外国の方かしら。猫とか単語はわかるけど、口語だとよく分からないわ。
でも今の状況を考えれば答えはひとつよね。
「猫、ここ、入りたりけり!」
スカートを指差してハキハキ答える。
「あなや、メアリ王女が侍女におはしたまひけるや? そなた、いにしゑの言葉にてぞ口をきけるか?」
ゆっくり喋ってもらえばわかるけど、早くてわからない。メアリー王女の侍女だと思われたみたいだけど・・・
「否、少しきなれど・・・」
その侍女はちょっとつり目気味のエキゾチックな目をワクワクさせて、後ろを振り返って大きな声を出した。
「姫様、此の方、子猫をぞ見つきたまはれるや!とくとく此処へおひでおはせまし!」
なんだかお姫様の猫だったみたい。スカートの中で走り回っているけど、変な声を出さないように気をつけないと。
なんて思っていたら私のスカートから猫がひょっこり顔を出した。そっと捕まえて抱き上げる。
「あはや!」
姫様、と呼ばれていたからお姫様だと思うけど、金髪で豊満な感じの女の人が駆け寄ってきた。やっぱりファージンゲールのせいで走りづらそうにしている。
猫も可愛かったけどこの人も可愛い。引っ詰めた暗めの金髪にくっきりした青い目をして、すこし丸みがあるけどスッキリした顔立ちをしている。私より年上だと思うけど、多分年齢より若く見える童顔なタイプの美人さんだと思う。近くで見ると豊満なのは胸と腰だけでウェストは細かった。なんだか悔しい。
「かたじけなう。深くくだんの恩を知りて、よろしく報謝すべしと思ふ。あがおもとの便よくば、いざ給へかし、我が局へ。こころざしをばせむ。」
可愛い人、と見惚れていたらお礼をされたみたい。綺麗な声だけど、なんて返せばいいのかしら。よくわからなかったけど何か招待されている気がする。
「ええと・・・事にもあらず・・・おもひはばかりてなむ・・・・心に掛からせ給ふな。」
あやふやなボキャブラリーを動員して、なんとか文を作ろうと頑張る。「大したことないのに恐縮です、気にしないでください」って言いたいだけけど、お姫様相手で非礼にならないようにしないといけないから大変。
お姫様は一瞬キョトンとした顔をすると、なぜかテンションが上がったみたいで、エキゾチックな侍女さんとはしゃぎ始めた。
「あはや、めづらかなり!南からの侍女と誤りしを、よもや此の国の者と思わねども。マリア、いにしゑの言葉にて語る侍女ぞ、此の地にては奇特なる。」
「げに!げに!けんなり!」
お二人でお楽しみのところ申し訳ないけど、とりあえず私は認証式に向かわないといけない。私の下手な古典語の何が琴線に引っ掛かったのかわからないけど、二人が落ち着くまでまたないといけないみたい。
他の国のお姫様となると、不敬にならないように気を遣わないといけない。やんわりと子猫を受け取って帰ってもらうに言うにはどうしたらいいかしら。
抱き抱えている子猫を見つめると、こっちを見つめ返してきた。ミャウと可愛い泣き声をあげる。
あゝ、いと愛しき哉。