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CXXIX 庶民院議員候補オリヴァー・セントジョン

ドアの前で待っていたゴードンさんは今日もダンディだった。これで眼帯すれば海賊映画に出られそう。海賊には黒髭が整いすぎているから、もう少しワイルドな方がいいかもしれないけど。


「おはようございます、ルイーズ様。今日のご格好も落ち着きを保ちつつも華やかでお綺麗です。」


ゴードンさんは髭のせいか表情が読みづらいけど、穏やかな笑顔を向けてくれた。ゴードンさんこそ男爵の黒服が似合うと思うんだけど、なんで近衛兵の制服はアイボリーなのかしら。


「ありがとう。昼になっちゃったわね、申し訳ないわ。今日はよろしくね、ゴードンさん。昨日何か変わったことはあったかしら?」


「はい、よろしくお願いします。ええ、ウィロビー閣下が何を思ったのか新大陸探検隊に志願したらしく、親族が引き止めているようですが、一族の会合が紛糾していたようです。あと、こちらがビスケットです。」


探検隊?アンソニーは何を考えているのかしら。アンソニーが探検できるような気はしない。体は丈夫かもしれないけど。


そんなことよりビスケット万歳!


「わあ、ありがとうゴードンさん!ところで新大陸探検隊って、危険なのよね、モーリス君。」


一応お行儀よく椅子に座ってから、お皿を構えてビスケットを食べる。レディーに食べ歩きは厳禁なのよね。


「はい、生きて帰るのは四人に一人と聞き及びます。アンソニーに何があったのかわかりませんが、話を聞く必要がありそうですね。思いとどまって欲しいところですが・・・」


モーリス君も不安そうにしている。


「今晩もマッサージされに来るかもしれないから待ち構えておきましょう。その時はモーリス君も呼ぶわ。ところで、今から私の認証式だけど、王子様がリアルテニスにかかりきりでモーリス君も暇でしょう?せっかくだからついてくる?」


着いてきてくれたら頼もしいんだけど、モーリス君は無念そうに首を振った。


「いえ、是非ともお供させていただきたいのですが、残念ながら従兄弟のオリヴァーが今度の庶民院議員選挙に出るそうなので、その相談を聞きに参ります。」


貴族でも爵位がないと貴族院には上がれないから、分家から庶民院議員になる人はいる。「庶民」の響きが嫌なのか、あまり多くはないけど。


「なるほどね、お父様が選挙に出るという噂を聞いたから、今度話を聞かせて欲しいわ。じゃあ、今朝は何をしにきたの、モーリス君?」


「昨晩聖女様は大変そうでしたので、僕はポリッジをお届けに・・・」


しゅんとしてしまうモーリス君。


「ごめんなさい、そうだったわ!気にしないでモーリス君!親切に来てくれたのに、何をしにきたのか聞いてごめんね!そうだ、一緒にビスケット食べる?」


「ルイーズ様、残念ですがそろそろ認証式の方に向かいませんと。」


落ち込むモーリス君をすこし宥めてから、ゴードンさんのあとについて部屋を出る。


正確に言うと、出ようとした。


「スカートがドアにひっかかっちゃって出られないわ!」


久しぶりにファージンゲールを使ったせいで、スカートが膨らみすぎていた。


「ルイーズ様、ここではドアを広く開けますが、似たような場面に遭遇したときはすこしスカートをお上げください。」


「ありがとうゴードンさん。」


なんでゴードンさんの方が私よりスカートに詳しいのかしら。一応私も夜会でのファージンゲール装着経験はあるのだけど、お父様か兄さんか結婚前のスタンリー卿がエスコートしてくれたし、こういう日常的な場面でつけるものじゃないのよね。


とりあえずトラップを脱出した私は、スカートをすこし持ち上げながら慎重に階段を降りて、中庭の方に出た。もうお昼になっちゃったけど、今日も天気はいいみたい。散歩に出たのか、中庭には侍女が何人かうろうろしている。すごく過ごしやすそうな微風が吹いていて気持ちがいいけど、骨組みで広がったスカートの中を風が通り抜けるからちょっと心許ない気もする。


ルイスの認証式があった大広間に向かっている途中、向こうから人が駆けてくるのが見えた。ほのぼのとした光景に不釣り合いな必死さで、中庭の侍女たちが驚いている。


知り合いだったらゴードンさんに隠してもらわなきゃ。ヒューさんよりも体格がいいから、私は影にすっぽり収まると思うけど。


その人は私たちを見て向きを変えた。こちらの方角に走ってくる。


私はゴードンさんの後ろに隠れた。


ようやく顔が見える。


ヒューさんだ。


「どうした!?」


ゴードンさんも不審がって声をかける。


「北の国の間者がそっちの方角へ逃げたらしい。見失ったのだが、一緒に探してくれないか。」


有無を言わせない様子で訴えかけるヒューさん。いつもの線の細い感じがしなくて、なかなか殺気立って見える。


間者が逃げたって普通は機密事項だろうけど、大声を上げるってことは切羽詰まっているのね。


「間者がいる中でルイーズ様を一人にするわけには・・・」


ゴードンさんは躊躇しているみたいだった。


「大丈夫よ、道は覚えているし、人もいるわ。困ったら助けを呼ぶから。」


中庭には侍女がちらほらいるし、回廊にも人が動き回っている。間者がテロリストでさえなければ、私に危害がおよぶことはないはず。


むしろ一人っきりの時にチャールズ・ブランドンあたりに遭遇するのが怖いのだけど、多分王子様とリアルテニスをしているはずだから大丈夫。


「本当に大丈夫ですか。」


ゴードンさんは見た目に反して心配性みたい。


「ええ、王族の方に危害が及ぶ前に、間者を捕まえてください。」


私にリスクがないわけではないだろうけど、多分間者が捕まる方が大事な場面よね。


「わかりました。ではお言葉に甘えさせていただきます。」


さっと一礼すると、ゴードンさんは身を翻して、東棟の方向にヒューさんと走っていった。


何をしたわけでもないけど、どこか役に立ったような錯覚を覚えながら、私は広間に向かって一人で歩いた。

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