XII 大陸の魔女ルクレツィア・ランゴバルド
黒い影の縛り方は案外テキパキしていた。フランシス君は腕ごと上半身がぐるぐる巻きにされている。意外と人道的な縛り方で、息苦しい感じには見えないけど。
「縛りおわったぞ、アンソニー!こっちの端を持ってくれ。」
声の低い黒い影が相棒を呼んだ。
「わかった、今いく。」
侍女には全く警戒してないのか、声の高い黒い影は私を置いてロープの方へ向かった。
フランシス君が無言でこちらに何かを訴えている。わかってる、わかってるからね。
でもルイーズの顔がバレていない状態は維持したい。それに侍女の顔なんてチェックしていないはず。
「いいか、ロープを絶対離すなよ、アンソニー。」
「わかった。」
黒い影二人はロープの片端をそれぞれが持って、フランシス君を前後に挟む形になっている。前に声の低い方、後ろに声の高い方だ。二人ともフランシス君と2メートルくらいの距離を空けている。
私は持っていたスカーフをひょっとこみたいに顔に巻きつけて、アンソニーと呼ばれている声の高い方に近寄った。
「旦那様、ちょっとお待ちください。」
「なんですか。頼んでも魔女は渡しませんよ。」
任務に成功したと思っているせいか、すごく満足げな声。
「首元に何かが付いていらっしゃいます。とってもいいですか。」
「どうぞ。」
首根っこ近くのトリガーポイントを思いっきり押す。
「うわあああっ!」
びっくりしたのか、黒い影はビクついて大きな声をあげた
「なんだ、どうしたアンソニー!」
「し、しびれるっ」
トリガーポイントを押しただけだからしびれても体には悪くないはず。首筋がよく見えないと危ないから、肩を押したままフードとレースを剥がし取る。
出てきた頭は鮮やかな金髪の癖っ毛で、子犬を彷彿とさせるやんちゃそうな顔をしている。目がぱっちりしていて、なんだか前世のアイドルグループにいそうな感じかな。動転している表情のせいか幼く見えるけど、15歳くらいだと思う。
「何すっ、くっ」
「アンソニー!おのれ侍女め、お前は何者だっ!」
声の低い方が叫んだ。声が上ずっているのでそこまで低い声でもない。
お前は何者だ、って聞かれて答える相手なんてそういないでしょうよ。でも私は時間を稼がないといけないし、男二人の相手はできない。
「私の名前は・・・ルクレツィア・ランゴバルド。大陸の魔女よ。」
なんとなく強そうな名前を選んでみた。指をアンソニーの首元に置いて、圧力をかけたままにしている。
「魔女?えっ、こんな可愛いのに?」
まだ息が荒いアンソニーが戸惑った声をあげた。
何それ嬉しい!
ルイーズの世間的な評価は「顔は可愛いけど、」と言った感じ。お嫁に行く年代が早いせいか、それとも多産が期待されているからか、首から下を重視されるのがこっちの世界のスタンダードみたい。ダンスでも体型の品定めをされている気がして、視線にげんなりするときも多かった。
でもどんな世界にもやっぱり面食いはいるらしい。
面食い最高!
「今のもう一回言って。」
「はっ?」
「魔女に惑わされるなアンソニー、予備のロープで捕まえるんだ。」
「わ、わかった!」
そうはさせませんよ。違う方の肩のトリガーポイントをぐいっと押し込む。
「うあっ、やめろっ!」
アンソニー君の必死な叫びごえが廊下に響く。
やめたらロープで巻かれるのにやめるわけがないじゃない。
「大丈夫かアンソニー!」
「あっ・・・触られてないとこまで・・・痛い・・・魔法がっ・・・」
トリガーポイントだからね。でも体には悪くないのよ?
「我慢してろ!いま助けてやる!」
声の低い方はフランシス君を強引に引っ張って、柱にくくりつけようとしていた。
「おのれ魔女めっ、覚悟しろっ!」
声の低い方が威勢のいい声をあげて飛びかかってくる、かと思ったら、ゆっくりジリジリ近づいてきた。まだ警戒しているみたい。
「魔法で・・・体が・・・しびれて・・・あむっ・・・ジンジンするっ」
「アンソニー!今いくぞ!」
「来るなっ・・・ジェラルドっ・・・んっ・・・俺はもう・・・魔法にかかって・・・あっ・・・もうダメだっ・・・」
「わかってる、でも、お前を見捨てるわけには・・・」
「ダメだ・・・逃げろ・・・はあっ・・・俺はもう・・・手遅れだ・・・んあっ・・・お前だけでも・・・」
「・・・アンソニー・・・骨は拾ってやるからな。」
「いいから・・・逃げ・・・いいっ・・・ふあああああっ」
アンソニーはへなへなと私の足元に崩れ落ちた
「アンソニー!!!くそっ、絶対仇はとってやるっ!」
ジェラルドと呼ばれた声の低い方の影は、辛そうに顔を背けると、全力で奥に向かって走っていく。
・・・何やってるのこの人たち。