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CXXIV 弁護士サー・トマス・モア

応接室までの道に大きな荷物が置いてあったため、私と公爵は東棟二階を通って遠回りすることになった。監視官が立っていたが、私たちには目を留めなかった。


「私たちは見た目で高位の者と分かったのかな、ロバート。」


「そうかもしれませんが、あの監視官は主に女が入らないように見張っているのですよ。そう考えてみると、ヘンリー王子付きの従者が魔女に襲われる可能性はありませんね。ブランドンは例外として女を漁っている間に襲われそうなものですが。」


ヘンリー王子の女嫌いがこんなところで魔女除けに役立つとは、皮肉なものだ。


「見た目といえば、魔女の見た目などの情報はあるのですか?」


「栗色の髪、それ以上は知らされなかった。ダドリーはかなりの情報を押さえているようだが、私までは最低限しか教えてこない。奴は徴税官を従えているから、地方の情報は一番に入ってくる。ウォーラムも教会や修道院の網から情報が上がってくるだろうが、うちのような領主貴族は領地の外の噂話に疎いものだ。」


「そうですか・・・」


悩むように考え込む私を、少し楽しそうな目で公爵が見た。


「義兄上、何かご存知なのですか?」


「魔女ルイーズは元庶民院議員サー・ニコラス・レミントンの娘だ。参考になるかと思い。彼の肖像画を家の者に模写させてきたのだが、面白いことに奥方と子供三人の姿もあってな。これが版画に直したものだ。」


公爵は紺で刷られた版画を手渡して、椅子の足の近くで微笑む少女を指さした。なるほど、可愛らしい顔だ。


「まるで魔女らしくない。むしろ天使のようですね。ベスほどではありませんが。」


「そうこなくてはな、ロバート。だがこれは数年前の物だ。16になった魔女はこれより魅力的かもしれない。魔女の能力を考えると悪魔的な組み合わせと言えるだろう。」


魔女なのだから悪魔的なのは驚かないが、もっとやつれた怪しげな見た目を思い描いていたのに意外だった。


「この程度で私の愛が揺らぐことなどありません。それで、我々はどう魔女を排除するのですか。」


「国王陛下のプロジェクトだ、無理に妨害をして不興を買うのも良くない。おそらくは汚職や反逆といった罪状のない政敵に、魔女を差し向けて言いなりにしようとするのだろう。魔女が操った状態で何らかのスキャンダルをさせる可能性もある。私たちは十分に警戒しないといけない。だが可能性として面白いのは、フィリップ大公が訪れる期間に、おそらく魔女が居合わせることだ。恋多き人と評判のフィリップのことだから、魔女と共寝をするのに躊躇しないだろう。彼をいいなりにすることができればこの国にとっても得るものは大きい。」


自分の魂が狙われているかもしれないのに、平然と国益を考えている公爵には頭が下がる。


内戦の後ベッドフォード公爵家が断絶し、サフォーク公爵が亡命、ノーフォーク公爵位は停止されたから、バッキンガム公爵は右に出るもののない筆頭貴族になった。処世術もさることながら、それに見合う貢献をしているのは日の目にも明らかだった。


「我々としては怪しい女に気をつけつつ、フィリップ大公に差し向けられる場合は歓迎する、ということですか。」


「ああ。問題は魔女本人に対して陛下がどれくらいのコントロールができるか、はっきりしない点だ。フィリップ大公を操ったところで魔女が北の国に買収されでもしたら意味がない。ましてや、国王陛下はアーサー様を溺愛していて魔女と寝させたりはしないだろうが、魔女自身が次期国王を操ってこの国を支配する野望を持っているかもしれぬ。魔女本人を見極める必要があるが、魔女の所在がわからない状況だ。」


「アーサー様は私がお護りしますが、なるほど、こうなると魔女本人の情報がないのは痛いですね。」


未知の野獣を戦争に用いるような大博打に聞こえくる。味方か敵かわからない相手と一大事業をするのか、国王陛下は。


「情報か。スタンリーの事例においては、魔女に求婚を始めたことと、魔女の無罪放免に尽力したことを除けば、特に実害はなかった。むしろ、経緯は不明だがなぜか足の痛みが治り活躍の場が広がったらしく、サー・アンドリューによれば国王陛下のスタンリーへの評価はうなぎ上りらしい。高価なプレゼントの類も魔女本人が断っている。もちろん、奥方の実家のヘースティング男爵家にとってはたまったものではないがな。」


「なるほど、被害者の様子から魔女の性質を垣間見るのですね。」


確かに、聞いてみれば魔法を悪用してはいないようだ。言いなりにしておいてプレゼントを断るというのは矛盾している気もするが。


「そうだ、そこで頼みがあるのだが、魔女を護送したウィンスローとその従者に会ってくれないか。侍従長のウィンスローとは会う機会もあるだろう。奴は護送中二日も馬車の中で二人きりだったのだ、魔女がその気になればウィンスローを丸裸にして性の奴隷にしていたはずだが、能力の性質上ウィンスローを一見しただけではわからないのだ。話してみて何らかの異常に気づいたら、すぐに知らせて欲しい。」


「ウィンスロー男爵ですか?よく見かけますが、なぜですか。サー・アンドリューの方が話す機会はあると思いますが。」


公爵は軽いため息をつくと、階段をのぼりながら頭の帽子を直した。


「いつの時代も筆頭侍従と侍従長は仲が良くないものでな。できればロバートに頼みたい。それと、魔女の誘惑に引っかかりそうな輩はいるか。異変があれば魔女が宮殿に登った徴になるのだが。」


「はい、心当たりがあります。あの馬丁上がりのチャールズ・ブランドン。女性を見たら孕ませようとする悪漢ですからね、奴は簡単に堕ちるだろうと思いますよ。誘惑という面では、アンソニー・ウィロビーが少し危うい気もしますが、彼は今、女どころじゃないので・・・」


ああ、アンソニー。島男に惑わされるなら魔女に惑わされた方が名誉もまだ少しは守られただろうに。


「ですが公爵、間接的な手段より、魔女本人の人柄をしる手がかりが欲しいところですね。そもそも魔女の居場所もわからないとなると・・・」


また悩む私を見て、公爵はまた楽しそうに笑った。このかたはいつも、切り札を最後まで隠し持っているのだ。


「今度はなにを隠していらっしゃるのですか?」


「そこでだ、弁護士の話になるのだよ。」


「弁護士、というと?」


得意げに私を見下ろす公爵を、やや困惑したまま見返す。


「ロバートはフィッツウォルター男爵領の復帰に向けて弁護士が必要だろう?私も、アンが結婚していたペンブローク家伯爵家のウォルターが子供のないまま若くして亡くなって、アンが家に戻ることになってな。遺産や持参金の処理で弁護士を雇う必要が生じたのだ。いい機会だと思わないか?」


「いい機会、ですか?」


「私が魔女の父親、サー・ニコラス・レミントンを雇おうと思う。滅多に王都にいないのでここでの知名度は低いが、地元一の弁護士だ。腕は確かで評判も良い。ロバート、君はサー・トマス・モアを雇ってくれないか。彼も王都では名の知れた弁護士だ。庶民院議員を兼ねているから、次の選挙で忙しいかもしれないが。」


なるほど。魔女が弁護士の娘だと最初に言って欲しかったが、ここまで聞くと公爵の作戦は理にかなっている。


「サー・トマス・モアは魔女の知人なのですか?」


「いや、違う。だが魔女の実兄、ライオネル・レミントンがそこの事務所で修行をしている。」


「なるほど・・・」


魔女と接点の多い二人を雇えば、何らかの情報は入ってくるかもしれない。公式に無罪放免になったとなれば、家族の間で禁句ということもないだろう。


弁護士の話を考えていると、遠くの階段を何か人を抱えた黒い男が上っていくのに気がついた。


顔はよく見えないが抱えられた男の服に見覚えがある。鮮やかな青緑の服に灰色のブリーチ。


「モーリス!どうしたんだモーリス!」


意識がないのだろう、モーリスは黒服の男に抱えられたまま連れ去られていく。


「義兄上、少し待っていてください。」


階段まで走り、二段とびで階段を上る。二人が4階まで登ったかわからないのがもどかしい。


3階の廊下、4階の廊下を見回す。部屋に入ってしまったのか、廊下に人気はない。


3階の廊下を走り回ったが、従者の部屋は作りが均一で名札がなかった。モーリスの部屋がどこかはわからない。


モーリスが泥酔するなんてことはない。ああ見えて酒には強いし、自制もできる。無理やり飲まされるやつではない。


何か薬でも盛ったのではないだろうか。


魔女の心配よりも、友人の行方が心配になったが、あとで合流した公爵と一緒に探しても、モーリスや黒服の男の姿は見えなかった。


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